モンスターゲート
起きた。
おっさんは足が痛くて眠れなかったらしくて「ううう」ってまだ泣いてた。そんなおっさんを横目にして目が覚めたので寝起きが最悪だった。超能力者が竜巻起こそうがアツシくんが死のうが普通に学校あるので学校にいかないといけない。昨日風呂入らなかったからシャワーを浴びて歯を磨いて血の匂いとか洗い落とす。髪の毛の隙間からじゃりじゃり砂粒が出てきておっさんまじでうぜえと俺は改めて思う。
いつも通り親はいないし、おっさんが叫び声あげて警察とか呼んだらそれはそれでまあいいかと思って俺はおっさんを放置しておっさんのスマホと財布だけ取り上げてから制服に着替えて家を出る。ねむい。だるい。おっさんのやつほど派手ではないけど俺のも能力使ったらそれなりに疲れる。
学校に着くと朝会で冴ちゃんがアツシくんが死んだことを眉間に皺寄せながら話してクラスメイトはびっくりして固まる。世間的にはやっぱり事故ってことになってておっさんの能力すげー便利だなといまさら思う。やっぱおっさん殺そうかな。俺は普段そんなこと考えるような凶暴な人間じゃないとはずなんだけど、アツシくん目の前で殺されて完全にハイになってる。どっかで一旦落ち着かないといけないって気持ちといいからこのまま突っ走れって気持ちがないまぜになって俺の内心をぐちゃぐちゃに掻きまわす。一分ごとに言ってることが違いそうな感覚に襲われる。やめようと殺そうが交互にやってくる。なんだこれおもしろい。
チャイムが鳴って十分の休憩時間。
「なんか怖い顔してる」
笠原優香が俺の顔を覗き込んだ。いっかい染めたけどこの色、飽きました! って感じの頭頂部とデコのあたりで色の違うプリン頭の丁度境界線あたりが目の前で揺れる。茶色と黒の境目。その下から細い目がじーっと俺を睨む。無視しようかと思ったけど見てくるのが鬱陶しくて根負けして「俺さぁ、アツシくんが車にはねられるとこ見てたんだよね」とここまでは言う。そのはねられたっていうか潰された理由がサイコキネシスおっさんであることはさすがに言えないし、信じないだろう。……いや、アツシくんと付き合ってた未来予知に理解のある笠原なら案外あっさりと「そういうもんなんだ」って納得するかもしれない。
「まじ?」
「まじ。俺と遊んで別れて帰るときに丁度」
「うわ。きっつ」
「おまえ、わりと平気そうだよな?」
「まだあんま実感ない」
「そっか」
「たぶん通夜あたりで悲しさのピークくる。そんとき慰めて」
「任せろ」
口だけはそう言っとく。でも本音は誰か俺のことを慰めて欲しかった。
それから宙に浮かんでるようなぼんやりした気持ちで授業が終わって放課後になって俺はホームセンターに向かう。護身用の刃物とかも買おうかなと思ったけどうまく使えるとは思えなかったから予定通りのものを買うことにした。ゴムと棒と紐。弾はうちにある。
帰っておっさんの様子を覗いてみたら、いなかった。
そうか、手を使わなくても落ち着いたら念動力でナイフ剥がして手の拘束を解くことくらい簡単にできたのかと俺はいまさら気づく。俺ばかだなーと思う。でもまあ手遅れだからしゃーないし先に作業の方を終わらせよう。それにしてもおっさん、いまごろ財布とスマホなくて苦労してんだろうな。あとで捨てとこ。
さて。
俺はホームセンターで買ってきたゴムと棒切れとパチンコの玉を組み合わせてパチンコを作る。うちの親父がバカはまりしてるコロナ禍で時短要請に協力しなかった方じゃなくて、弾を飛ばす武器の方のスリング・ショットの方のパチンコだ。こういうのっておっさんみたいなタイプの能力持ってるやつにはもしかしたら効かないかもしれないけれど、それ以外だったら結構バカにならない威力になるらしい。俺は親父の部屋に入ってパチンコの玉をくすねる。ほんとは持って帰っちゃいけならしいんだけど自称パチプロのうちの親父はちょっとずつ玉をパクッてきて結構な量を家に置いていた。一握りくらいの玉をあちこちのポケットにちらして布製の筆入れの中にまとまった量を確保する。緊急時にはポケットの方を使えばいいというか実際はポケットの方ばっかり使うハメになって筆入れの中にいれた方は補充用になるんだろう。
親父は滅多に家に帰ってこずにパチンコ仲間の家をふらふらしてておかんの方はそんな親父に愛想をつかして滅多に帰ってこずに男の家をふらふらしてるから、俺はおっさんの処遇にはそんなに気を払わなかったのだ。
よく知らないけど検死が必要らしくてアツシくんの体は三日の間、帰ってこなかった。
それで四日後にようやく通夜があってアツシくんの体は腹の真ん中からぶっつり真っ二つに別れていることなんてわからないように取り繕われて表面上はすっごいきれいになって木で出来た棺に収まっている。小窓から見える顔はすごく安らかでただ眠っているようにさえ見える。
笠原は宣言通り号泣しててクラスの女子が笠原を取り囲んで肩だいたり背中さすったりで慰めている、もらい泣きしてるやつもいる。もらい泣きってできる女子の感受性の強さが俺にはちょっとよくわからない。当然俺の入る隙間はなくて任せろといったくせに俺は笠原を慰めてやれない。まあ別にどうでもいい。
冴ちゃんが険しい顔して焼香を終えたのに続いて、俺もお香をつまんで燻っている火のなかにぱらぱらと散らす。手をあわせる。終わったら、さっさと催事場を出る。この空気がなんか嫌だった。
ちょっと移動して駐車場で脇の建物の壁に背中つけて感傷に浸ってた。
そしたらスーツ着た背の高い、煙草吸ってる二十歳ちょいくらいの女の人がやってきてにこやかに「ねえ」声かけてくる。なんとなく「判定」が働いて結果がうっすらわかったんだけど行動選択の結果が「死ぬ」ばっかりで俺は、は? と思う。「絶対判定」は“正解を選べる”というご都合主義の塊みたいな能力だけど弱点というかどうしようもない部分がある。それはそもそも「正解が存在しない択」にはなにも干渉できないことだ。
「未来予知くんの友達で予知の結果聞いた子だよね」
咄嗟に違いますって嘘つこうとしたけどそれでも死ぬらしくて仕方なく俺は「そうです」と答えて死を少しでも先延ばしにする。
「お姉さんは?」
「きゃっ。おねえさんだって。うれしいこと言ってくれるね」
どうやら見た目より高齢らしい。じゃあおばさんって言い直してみようかと思ったら判定が「絶対やめろ」レベルのレッドシグナルを出した。そんなしょぼいのが地雷なのかよ、このババア。
「安島どこいったか知らない? きみ」
「やすはら?」
「サイコキネシスの。宮原くんとキミのこと狙ってたやつ」
ああ、おっさんそんな名前だったのか。おっさんの安っぽさにはよく似合った名前 (全国の安原さんすみません)だと思う。
「知らないです」
「三日前の時点ではきみの部屋にいたのよね?」
「はい」
「スマホはきみが持ってる?」
「はい」
「返してくれるかな?」
「いいですよ」
って、答えないと殺して奪うらしかったからおとなしくおっさんのスマホを差し出した。
中身はあらかた見てあるし。おっさんと顔つきが似てる小さい子供の写真と猫の写真ばっかりだった。LINEグループに例の物騒な連中がいろいろ書き込んでいてそれはプリントアウトしていて持っている。
「ふうん」
ババアは俺をじろじろと全身眺める。
「やけに素直ねぇ?」
「美人の言う事は聞いとけって教わったんで」
「やだ美人だなんてお世辞のうまい子ね!」
ほんとにお世辞だけどな。
ババアが照れる。後ろの排水溝でなにかがぬるりと動いた。
「まあ死体を漁る手間はハブけたかな」
ずるんとなにかが立ち上がりかけて、「あの、うちの学校の生徒がなにか?」タイミング悪く冴ちゃんが駐車場の入り口からこっちに歩いてきた。まずい。巻き込んだ。排水溝の中のなにかは一旦排水溝に戻る。
「んー」
ババアはすこし考える。冴ちゃんが黙ってる俺の肩に手を置く。冴ちゃんとしては事情はわからないけど生徒が青い顔してるから助けれるなら助けないと、みたいな感じで出てきたんだろうけどそういうレベルのトラブルじゃないんだ。冴ちゃんと俺の後ろで車のドアが開いて230㎝くらいあるマッチョが出てきた。タンクトップがパツパツで顔に血管が浮き出ている。あきらかに正気じゃない顔つき。
「まあまとめてヤっちゃおっか」
気楽な感じでババアが呟いた。
「モンスターゲート」
それが多分ババアの超能力の名前。
マッチョが叫び声をあげて飛び掛かってきてババアの後ろからぬめった鱗を持った、どでかい蛇みたいなのが排水溝から立ち上がった。「きゃあっ」冴ちゃんが悲鳴をあげて、マッチョが殴ろうと突き出した拳をかわして右手でその手首をとって内側でくるんと体を回して肘を押し当てて左足をマッチョの足首に引っ掛けてダンスを踊るみたいにして、でもダンスパートナーが動きについていけなかったみたいにあっさりとマッチョを投げ飛ばした。それから冴ちゃんは俺の手を掴んで走りだす。後ろで蛇が体を伸ばしてさっきまで俺達がいた場所に噛みつく。冴ちゃんは走りながら「なにあれなにあれなにあれっ!」半狂乱になってるけど俺から見れば控えめに見積もって冴ちゃんの体重の三倍はある大男をヒール履いたままあっさり投げ飛ばせる冴ちゃんの方が「なにあれ!」って感じだった。
「あの角曲がったら交番あるからね! 大丈夫だからね!」
冴ちゃんは足速くて俺はついていくのがやっとなんだけど後ろから追っかけてくる230㎝のマッチョはもっと足が速い。俺は走りながら「冴ちゃん手離して」スリングショットを構えようとするんだけど冴ちゃんが手を掴んでるから両手が使えなくてパチンコ玉を取り出せない。
「だめだめ絶対だめ。だって私がこわい」
俺は(あ、この人、こわいこわいって言いながらお化け屋敷とかジェットコースターとか全然楽しめるタイプの人だ)と思って場違いな状況でくすっと笑う。そもそもあのマッチョ、スリングショットくらいでなんとかならないような気もする。
仕方ないから片手をポケットに突っ込んでポケットの中から一つかみ分のパチンコ玉を取り出して道路にばらまいた。230㎝のマッチョは走ってる途中でパチンコ玉を踏んずけてそれに足を取られて盛大にずっこける。
「うーん。失敗。私、こういうの向いてないわよねえ」
ババアの呟きが聞こえてさっきまで地面にぶっ倒れてたはずの230㎝のマッチョが消えてばら撒かれたパンチコ玉だけが残った。
だから交番に駆け込んだ冴ちゃんが「230㎝あるマッチョに殴られかけて追いかけられた」そこにいた巡査の爺さんに必死に訴えても、爺さんは「白昼夢でも見たんですかい?」ってろくに取り合ってくれない。
それはともかく、『モンスターゲート』。アツシくんの言う黒い毛のチンパンジー作ったのはあの能力なのかもしれない。
顔覚えたぞ、ババア。