絶対判定
俺は超能力を使った。「絶対判定」を行う。
コーヒーカップを掴んで投げた。しゃがめ!とか逃げろ!とかおっさん盾にしろ!とか選択肢はあったのだが、それが最善だと「直感的に」判断した。飛んできた包丁がコーヒーカップに当たって脇に逸れて別の包丁にあたってそれも進行方向を変えた。がんがんがんと窓ガラスに包丁が突き刺さる。「ちべた」カップの中に残ってた冷めたコーヒーが掛かった近くの席の女子中学生が言う。ごめんでもやらなかったら俺に包丁が刺さって血まみれだったからコーヒーくらいは許して。あと賠償はおっさんに請求してくれ。
包丁を外したおっさんが怪訝な顔をしながら「なんで外すかなぁ。やだなぁ。手を汚すのは嫌だなぁ」ぼやきながら服ん中に隠したナイフを抜く。こっちの能力には多分まだ気づいてない。俺はテーブルからフォークをとっておっさんの顔の前に突き出した。そうするのがいいと思ったから。おっさんは一瞬怯んで踏み込めずにナイフが届かない。行き場所をなくしておっさんの手が服の中で止まる。その一瞬で俺は椅子を蹴飛ばしながら喫茶店を飛び出す。振り返るとおっさんが客に気づかれないうちにナイフを服の中に戻して、店員にぺこぺこ頭を下げながら勘定を支払っていた。店員の方はなぜかすっ飛んでいった包丁の意味が全然わからなくて、おっさんに平謝りしていた。
店を出たおっさんがまだ通りの向こう側にいる俺を見つける。
俺はくいっと首を動かしておっさんについてこいと示す。おっさんがスマホを取り出してどこかに連絡しようとして、舌打ちする。コーヒーを被ってダメになっていたからだ。最近のスマホは防水性能とか高いんだけど、おっさんは落としたのか画面に派手に罅が入ったやつをそのまま使ってたから防水性能なんかとっくにおしゃかになっていた。少なくとも乾かさないと元通りには使えない。
おっさんが仕方なくと言った風情でついてくる。
近くでピーポーピーポーと救急車とかパトカーとかの間抜けなサイレンの音がしている。
俺は「逃げる」とか選択肢が見えてはいたんだけど、それが正解だと思えなかった。
逃げたところで、さっきのアツシくんみたいに車が突っ込んできたりで日常の中で突然事故に見舞われて俺は死ぬのだろう。だからここでおっさんが射程距離にいるうちに倒すしか選択肢がない。俺はおっさんを人気のない公園に誘導する。ここがいい。ここが一番いい、とそう思った。
俺が立ち止まると、おっさんも十メートルくらいの距離を開けて立ち止まった。
「高橋翔平くん。きみ、大して取り柄のない一般人Aだよね?」
「そうです」
「なんで包丁、避けれたの」
「さあ」
『絶対判定』、というのが俺の超能力です。ぶっちゃけ俺もよくわかってないんですが。俺には“ものごとの正解”がわかるんです。複数の行動の選択肢があるときに「どうすれば一番いい結果になるのか」が直感的に理解できるんです。
残念だったのはアツシくんの能力みたいに学校のテストには応用できないこと。たぶん「ちゃんと勉強していい点数をとった」方がいい、と、この能力には判定されているんだと思う。もちろん選択するのは俺自身なので、俺はこの能力の判定をわざと裏切ることもできる。というか日常的には結構そうしている。勉強した方がいいからするなんか人生つまんねーじゃん、と思っている。
おっさんは、はぁ。深いため息を吐いて「やだなぁ。突然巻き起こった竜巻に子供が巻き込まれるなんてのはやだなぁ」と言った。
突然強い風が吹いてきて公園の中で渦を巻いて砂場から風が巻き上がって、本当に竜巻が巻き起こった。おそらくだけど、おっさんの持ってる力は一般的にテレキネシスとかサイコキネシスとか言われているやつだ。日本語で書くと「念動力」。読んでそのまま、物理力を加えることなく念じるだけでものを動かすことができる。おっさんはそのイメージを「言葉で補強してる」んだと思う。言語化しなくても動かすことができるのはスプーンを動かしてたやつでわかっているけれど、言語化することでより強力な力を用いることができる、たぶんそんな感じだ。「たぶん」とか「おそらく」とか「だろう」が多いのが嫌になる。不確定要素だらけ。俺は滑り台の下に逃げ込んだ。ここが一番いいと思った。この公園の滑り台は最近の公園のやつにしては珍しく比較的大きな石とコンクリで作られた頑丈なやつで足の部分も柱じゃなくて壁みたいな作りの漢字の「冊」みたいな形になっている。突発的な砂嵐を足の間に入ってやり過ごせる。
ずざざぁ、ずざぁぁぁぁ。
砂を巻き込んだ風が外でえらい権勢をふるっている。俺は自分が外にいたらどうなってたのかを考えて身が竦んだ。アツシくんがサンドイッチの具になったのを思い出して歯の根があわなくなって体が震えだす。でもいまは恐怖に身を竦ませていると「いい結果にならない」とわかっていたから、俺は目を閉じて耳を手で覆って吹き込んでくる砂粒に塗れながら風が弱まるのをじっと待った。
そうしていたら風が弱まって俺は頭を出しておっさんを見る。
おっさんは膝に両手を置いて息を切らしていた。疲れていた。竜巻を引き起こすのに大きな力を使ったからだ。いまがチャンス。俺は滑り台の下の一番奥から、助走をつけて抜け出して、走った。おっさんは俺が襲いかかってくることを予想していなかった。懐のナイフに手を伸ばす暇もなくて、俺のパンチが顎の先にクリーンヒットした。がむしゃらだったけどそこを狙うのが一番いいと思った。後付けの知識だがここを強く叩かれると、頭蓋骨の中で脳みそが揺れて脳震盪を引き起こしやすいのだそうだ。おっさんは白目を剝いて動けなくなった。
俺は「ふうううう」と長い息を吐いてアツシくんが死んだ混乱とか暴力奮ったあとに残る興奮とかを何割か吐き出したあとに、おっさんの腹に蹴りをいれて、手を掴んで引きずって家に帰った。
“一番いい道”を通るとたまたまその時間にその道には人が誰も通っていなくて、俺は誰にも見つからずにおっさんを二階にある自分の部屋に放り込むことができた。




