未来予知
宮原敦くんは未来予知ができる。俺とアツシくんは小学生の頃からの知り合いで同じ朝日ヶ丘第三高校の一年生でそこそこ仲がいい。アツシくんの未来予知はちょっと不思議な特技くらいの知名度でほどほどに知られていて中学生の頃から「意中のあの子に告白したいんだけど成功すると思う?」とかそんな相談が時々きていた。アツシくんは笑って「生理的に無理って言われるからやめとけ」って言ったけど自分はその子からの好感度が高いと思いこんでいたヤマモトくん(だったはず)はそのまま告白しにいって「生理的に無理。声がきもい。話し方が下品。前から思ってたけどずっと言い出せなかった。ほんとうにまじできもいと思ってるから二度と話しかけないでほしい」って言われて帰ってきて、慰めようとしたアツシくんとその彼女がグルになって自分をハメたんだと思いこんでアツシくんをぼこぼこにした。
自分の未来のことはあんまり見ないようにしてたアツシくんは顔中が腫れあがりながら腹抱えて笑ってた。「こうなるとは思わなかった」っておもしろそうに。
俺とアツシくんが知り合ったきっかけは、小学生の時に大きな地震があってうちの庭に面したガラスが砕け散って飼ってる犬が驚いて飛び出して行ってしまって、俺と親は犬の写真の載ったちらし作って配ってた。「探してます」、「見かけたら教えてください」必死こいて配ってるちらしを受け取ったアツシくんが俺を見て、つまんなそうにちらしを放り捨てた。
「おい、なんで捨てんだよ!」
俺は怒ってアツシくんに食って掛かったんだけど、アツシくんは冷めた目で俺を見て「心配しなくても二、三日で帰ってきてもりもり餌食ってひさしぶりにあったお前の周りを飛び跳ねてるよ」と言って俺の手を引き剥がして帰っていった。
実際にアツシくんの言うとおりにうちの犬は誰の手も借りずに一人(正しくは一匹だけど、犬は家族だから)でうちに帰ってきて開け放してあったガラス戸のとこからうちに上がり込んで丸まって寝てた。俺が帰ってきたら「わんっ!」って高い声で吼えて俺の周りを嬉しそうにぐるぐる飛び跳ねた。
それで俺はアツシくんに「なんでわかったんだ」って訊きに行ってアツシくんが自分のことを少し教えてくれた。
「未来予知ができるから」
で、話が現代の高1の俺たちに戻ってくるんだけど、そんなアツシくんがなんか暗い顔をして沈み込んでいた。「なんかあったん?」俺が聞いても俯き加減に首を振るだけ。でもなんかあったんだろうと思って俺はアツシくんが“なんか”の内容を話してくれるのを待っていた。学校はいつも通りでクラスの雰囲気もいつも通りで、変わったことと言えば「おまえの変な能力ってどの程度のことまでわかるん?」訊かれたアツシくんが「おまえが冴ちゃんのスカート捲る勇気あるならパンツの色くらいならあてられる」って言ってアツシくんが「水色に近い青。フリルがついてる」予言した。訊いた方のスーパーバカが“冴ちゃん”の愛称で呼ばれている担任の向島冴(二十七歳、既婚、かわいい系)が黒板向いてる隙に後ろから近づいていってスカートを捲り上げようとしたけど、冴ちゃんのスカートは思ったより硬い生地で捲れなくて、後ろから触れられて身の危険を感じた冴ちゃん(合気道三段)が「ひゃあっ!」悲鳴をあげながら咄嗟にバカをぶん投げて、バカを教室の床に叩きつけた。バカは教室の床の上でのびていた。
今日あった変なことと言えばそれくらいだった。ちなみにバカには投げられて倒れた際にスカートの中がうっすら見えたらしい。「フリルのついた青だった……」バカにもアツシくんのすごさがわかったようだ。
放課後になってアツシくんが暗い顔のままだったから俺は「カラオケ行こうぜ」と誘う。
アツシくんは少し考えてから頷く。駅前のカラオケボックスで適当に何曲か歌って多少疲れてから「んで、どったん?」訊ねる。
「日本、滅びる」
「まじ?」
「うん」
「どんな風に」
「でっかい地震がくる」
アツシくんは言うけど阪神淡路大震災とか東日本大震災とか大きな被害を出しながらもなんとか乗り越えてきてノウハウを溜め込んでる日本って国が「地震で滅びる」というのが俺にはうまく想像できない。
「そういうレベルじゃないやつ」
アツシくんが言うには「京都あたりの経度で日本列島が横一文字にぱっくりが裂ける」のだそうだ。それはものすごい地球の深くと繋がっていて、そこからマグマとか噴き出して一緒に手足が異常に長い二足歩行で真っ黒な体毛に覆われたバケモノみたいなやつがわんさか出てきて人間を食い殺していくんだそうだ。天災でおおざっぱにたくさん殺してそのチンパンジーの親戚みたいなやつが残ったやつを細かく殺していくらしい。
「言っても信じないだろ、こんなの。漫画の読みすぎって言われるだけで」
アツシくんは漫画が好きでジャンプで連載してるものは全部読んでるし家には文庫本が大量にある。テストを未来予知で切り抜けれる(頭いいやつの未来を見てその答案を丸写しする)からバカだけど点数が取れるアツシくんは俺達が勉強に割くコストを漫画読む時間に丸々あてている。
アツシくんが溜め息吐くけど俺は信じてた。
アツシくんはどーでもいい嘘はつくけど未来のことで嘘はつかない。
「外国逃げようぜ」
「どこ逃げてもダメだよ」
「なんで?」
「同じようなことが外でも起きるから」
そうなのか。
「どれくらい先で起きるん、それ」
「わかんない。でも経験的に、100年とかそれくらい後に起きることは見えないから長くても五年、十年以内だと思う。短かったら明日かもしんない」
明日。
俺は明日地面がぱっくり割けてマグマが噴き出してあっちこっちの人間を大量に殺してチンパンジーの親戚が人々を殺してまわる景色を思い描こうとした。が、うまく想像できなかった。一番近いかなと思ったのは長崎原爆資料館で見た写真だった。あと「この世界の片隅に」って映画で原爆で焼かれた町と死んだ人が蛆だらけになって子供が逃げ出すところが思い浮かんだ。やさしい世界って余裕があるから生まれるんだなとなんとなく思ったことを思い出した。もしも終末期的な状況に陥ったら、モラルに優れてるって言われてる日本人のモラルってどれくらいの期間持つんだろうか。人間って“助けがこない”ことが確定した絶望にどれくらい耐えられるんだろう?
喫茶店に場所を移してアツシくんの話をもう少し聞いた。
窓の外が暗くなってきてアツシくんが「聞いてくれてありがと。ちょっと楽になった」立ち上がる。
一緒に出なかったのはもう少しアツシくんの言ったことについて考えたかったから。
考えたところでどうなるもんでもないのはわかってたけど、それでも。
そしたら急に俺の隣に無精ひげの生えた三十代くらいのおっさんが座って窓の外を見ながらふいに「ねえ、きみ。車のリコールってどう思う?」と言った。
は? 俺はおっさんの横顔を見る。耳にブルートゥースのイヤホンとか刺さってたんなら通話とかなのかと疑えたんだけど、おっさんは別に電話とかしてたわけじゃなさそうだった。くたびれたジャケット着て疲れた目を眼鏡で隠したふつうのおっさんに見えた。身長は高くて痩せている。下も黒のスボン。どこからどう見ても安物。
「アクセルの故障かなぁ? 急発進するんだ。いやだなぁ。事故後の検証でなんら問題ないことがわかるんだけど、原因不明ってのが不気味でメーカーは一応回収対応に出ざるを得ない。保険は使えるけど、やだなぁ。すごい損失だろうなぁ」
おっさんがぼやく。
窓の外で運転席に誰もいない車が急に発進した。アクセルを全体重かけて踏みつけてるとしか思えないスピードを出して空いてる道路を使って助走をつけて、なにげなく俺の方を振り向いたアツシくんに向けて飛び込んだ。ぐちゃ。なにが起こったのかわかんない顔をして目を見開いたアツシくんが壁と車の間でサンドイッチにされて、潰れた。死んだ。
……アツシくんは滅多に自分の未来は見ないんだ。見たらつまんないからって。
「あーやだやだ」
おっさんが呟く。
「あの子、なんか超能力あったんだよね? おじさんたちね、地震起こそうとしてるの。だから邪魔する人、殺さなきゃいけないのよね。で、きみも地震のこと知っちゃったんだよね? あぁ。やだなぁ。子供を殺すのは気が重いなぁ」
指先でコーヒーについてきたスプーンを弄ぶ。
そのうち俺はおっさんのスプーンが触れられていないときにも謎の力で動いてることに気づく。「キッチンから急に包丁が飛んでくるなんて怖いなぁ。本当に怖いなぁ」カウンターの向こうから急に包丁が俺の方にスッとんでくる。
ところでアツシくん。俺、アツシくんとは結構仲良かったしいろんなこと話したけど言ってないことが一個だけあったんだ。
何回か言おうかなと思ったけど機会なかったし突然いうのも変かなと思って。
そもそも俺、自分のこれが「そう」なのかわりと怪しんでたんだけど。
なぁ、アツシくん。
俺も超能力あるんだよね。