魔王(仮)は殺されたい!
初めての小説。初めての投稿。
拙いものですがご容赦願います。
彼は朽ちた玉座に座す男を見上げる。頬杖をついて自分を見下ろす男はひどくけだる気で、さっきまで寝ていたのか、右頬に服の痕がついていた。
傍らに立つ紺碧色の髪の青年が残念なものを見る目ーその目も髪と同じ色を宿しているーでそれを一瞥し、男の頬に手をあててぼそりと何かを唱えると痕が消えた。
魔力の無駄遣いであった。
ひどく馬鹿にされている気がした。
ある日彼は事故で命を落としたと同時に異世界に召喚され、国を、ひいては世界を救ってほしいと懇願された。
魔物に押寄せられ荒廃した国々を見た。
理不尽に家族を恋人を友人を奪われ、嘆き、報復を誓い、しかし一矢報いることすらできずに散った人々を見た。
この悲劇に終止符をうつのが己の使命と定め、彼は剣を取り、勇者となり仲間を率いて国を出た。
その仲間達も道中の戦いで命を落とした。
彼らの遺志を背負い、ひとりこの場にたどり着いた。
その先で待っていたのが寝ぼけ眼に間抜けヅラを下げた男だ。
今まで抑えつけていた怒りが彼の身を焼いた。彼から溢れ出す魔力に影で控えていた魔物たちが怯え、後退る。
莫大な魔力を流し込まれた聖剣の刀身は光を帯び、立ち込める瘴気を祓った。傍らに立つ青年の顔がわずかに歪むのが見えた。
彼はその切っ先を、男に向け
「貴様が、」
「はい。はじめまして。そしてさよなら」
ボ、じゃッ。
爆ぜた。
早々にミンチ肉となった勇者の残骸に魔物たちが群がり、その血肉を貪り始める。
勇者の心臓をめぐり勇者の大腿骨で殴り合いを始める彼らを見下ろしながら男はため息をついた。
「いやぁもうさ、ピンで来た時点でハズレってわかっちゃうの辛いわ」
「貴方様の求めるチートというのは中々現れにくいようですね」
淹れたての紅茶を差し出され、男は素直に受け取った。果実に似た香りが鼻を抜け、熱い液体が喉を焼きながら滑り落ちる。
脳みそは不人気なようで、モツの争奪戦から転げ落ちた魔物たちがちびちびと齧り合っている。
「うまいねぇ。お前の淹れる紅茶がいっとううまいよ」
正直なところ、男は紅茶の良し悪しはわからない。
ただにっこり笑って美味しいよと言うと青年が曖昧な顔で笑うのを見るのが楽しいだけだったりする。
今は亡きー先程の勇者に倒されたー部下が昔々にどこぞの街で拾ってきた人間と魔物の血を持つ子供はいつの間にか男の傍らに立ち甲斐甲斐しく面倒を見るようになっていた。にも関わらず、男は彼の名前をいまだに知らない。
「チートを倒すにはそれ以上のチートをぶつけないといけない。そう簡単に現れるわけがないのはわかっているよ。気長に待つさ」
男は青年に空になったカップを出し、おかわりを催促する。青年は何も言わず、ポットを傾けて琥珀色の液体を白磁の器に注いだ。
勇者の残骸は骨まですっかり食べつくされ何も残っていなかったが、彼が手にしていた聖剣は魔物の手に触れることを拒むかのように聖なる光を放ち続けていた。
男がちょいと人差し指をふるう。かしゃりと音をたて剣が男の手の中に現れた。浄化の光をものともせず、男は刀身に刻まれた聖句をなぞり、引攣れた笑い声を上げた。
ざらりとした悪意がまじるその音を浴びた刀身は見る間に曇り、光が失せる。
「いかが、なさいました」
わずかであれど間近で浄化の光を浴び、青ざめた青年をよそに男はにやにやと錆が浮き始めた刀身を撫でている。
「いや、ずいぶんと懐かしいものだったから」
「懐かしい?」
「この剣、拵えは今風になっているけど刀身はこの国で誂えたもんだよ。ほらこの文字」
「…」
「あは。昔々だものね。んひひ懐かしいねぇ」
錆が広がり赤茶色の棒切れへと朽ちた剣はぶんぶんとおもちゃのように振り回されるとぱきんと根本から折れ、落ちた拍子でさらに大きく砕けた。
「ふ、ふ、ふ。これが最後のひと振りかな?加護でも宿ってるとでも思ってたのかな?」
音もなく聖剣だったものが崩れゆく様を青年はただただ黙って見ていた。
※
昔々の、さらに昔のことである。
ある日男は異世界へ落とし込まれた。
召喚の成功に沸き、感極まった声がひんやりとした空間に響く。
しかしその余韻は早くも打ち消された。
魔法陣の中にいた人間はふたりいた。
ひとりは少年だった。
ぬばたまの黒髪と月夜の川のような黒い瞳がよく似合う美しい少年だった。
彼は自身の身に何が起きたのかを把握しているようで魔法陣の奥に控えている王族たちを認めるなり一礼までしてみせた。
ひとりは青年だった。
特筆するべき特徴がない、どこにでもいるような容貌の男は何が起きたのかわからず戸惑っていた。
この時に全てが決まってしまった。
少年は救国の神子となり、青年は何者でもないものになった。
しばらくの間は文字の読み書きや歴史に地理などの基本的なものを教えられ、それが済むと大金を渡された。神子の召喚成功の報告とお披露目で始まったお祭り騒ぎをよそにひとり王都から放り出された。
王都から離れた小さな町にたどり着き、小さなギルドに入って冒険者とは名ばかりの日雇い労働に就いて細々と生計を立て始めた。ある日無理やりねじ込まれた依頼先に向かう途中でゴブリンの群れに襲われていた行商人一家を助けたのをきっかけに名ばかりだった稼業も機動に乗り始めた。収入が増えて生活が潤い、周りを見る余裕が生まれると、ギルドマスターをはじめ、スタッフたちと中堅冒険者たちが何かと手助けしてくれていたことにも気づくことができた。
辺境で若手がなかなか居付かない、という理由もまぁなくもなかったが、彼にとってはどうでもよかった。
彼はようやく居場所を得たのだ。
助けた一家はよい顧客になった。
護衛任務では必ず呼んでくれる。ゴブリンの群れを一掃したことがやたらと効いたらしい。しかし魔物との遭遇はあれっきりだった。
一緒にやってきたあの少年の威光は辺境の町にも届いていた。前は薬草を取りに行くにも瘴気の発生や魔物との遭遇に怯えていたものだと流行病に効くという薬の原料になる薬草を刈りながら中堅冒険者が言っていた。
その流行病も町に届くことはなかった。王都も終息に入ったという。
神子様々である。
数年経ち、お得意様となった行商人一家から娘を嫁にしないかと話を持ちかけられた。護衛として務めをはたす傍らで静かに親交を深めていたのを彼らはとうの昔に知っていたらしい。
一も二もなく、むしろ喜んでその申し出を受けた。
小さな町では悪いことも良いこともすぐに伝わる。式は随分と賑やかなものになった。
たくさんの人たちに祝福の言葉を受けながら、妻となる人と誓いの言葉を交わして、
その後、
その後、
突然現れた王室直属の魔術師と兵士たちに青年は身柄を押さえられ、罪人よろしく王城へ連行された。ひどい道行きだった。
王都は青年の記憶にある頃より閑散として煤けていた。
身なりだけは整えられ、国王の元に突き出された。
窶れた国王の傍らには精悍さが増した皇太子、彼に寄り添う美しい神子がいた。
彼らの言い分を聞くところ青年は罪を犯したという。
いわく青年が神子から力を奪いそれを己のためだけに利用した、と。
神子を貶める行為は断じて許し難く、本来なら極刑に処するのが妥当。しかし神子は同郷の男の過ちを許してほしいと泣いて赦しを乞うた。なので処刑はしない。神子の慈悲深さに感謝し、奪った力をもって役目を全うせよと王は言った。
青年にとっては寝耳に水である。
神子の力が衰えているなぞ聞いたことがない。現に己がいた所では魔物や瘴気の出現が減ったと誰もが口にしていた。
ふと、そこでようやく青年は気づいた。
神子は彼ではなく己だったのだと。
あの小さな町が瘴気にも魔物にも流行病にも侵されず平穏を保っていたのは己がそこにいたからだと。
この連中は嘘を押し通して自分を使い潰すつもりなのだと気づいた。
しかし気づくのが遅すぎた。
彼らは青年が素直に従うとは思っていなかった。無理やり首を縦に振らせるため、一家を捕らえていた。
否と言えば彼らに国に仇をなしたとして公開処刑に処すると脅しをかけた。
青年は従うほかなく、最後の頼みと一家に別れの手紙をしたためた。
その後はひたすら神子の影として働いた。
うつくしい装束を身にまとい形だけの祈りを捧げる神子に隠れて広範囲に治癒魔法をばら撒くだけならまだ楽な方であった。
辺境の小さな町で発生していた薄い瘴気とは比べ物にならない濃度をもつ瘴気は浄化の力を持ってしても青年の精神と肉体を蝕んだ。瘴気だけに留まらず、そこから産まれ落ちる魔物も青年を脅かしていた。
護衛の騎士はついていたが彼が剣を振るうのを青年はついぞ見ることはなかった。かつては冒険者の端くれ、魔物くらい捌けずなんとすると、死にたくない一心で武器をとった。
貴族や庶民たちの怪我や病を癒やし、瘴気を祓い、魔物をのけ、死んだように眠る。時にはその唯一の休息すらも強引に打ち切られ、騎士の性欲処理まで果たさないといけなくなった。
騎士はあの神子に懸想しているのが皇太子にばれ、距離を置かせるためにこの役割を押し付けられたのだと、青年の腹の内を殴りつけながら吐き捨てた。知ったことかと言ったら行為の酷さが増したのでそれ以降はマグロに徹するようになった。
しばらくして浄化したと思っていた瘴気が己の内に溜め込まれていることに気付いたのは、トイレに吐き出した朝食の残骸に見覚えのありすぎる黒色が混じっていたからだ。
自分は長くはないと悟った瞬間だった。
神子とはようは吸取り紙のようなものなのだろう。瘴気という汚れを吸うだけ吸って死ぬのだ。
突然故郷を家族を友人を奪われ、新たに得た居場所も繋がりすら奪われ、命すら奪われようとしている。
胸のうちにどろりとした火が灯った。
それはやはり胸のうち、否、身の内に溜まるどろりとしたものを燃料に、
ふと妻となるはずだった愛しい人の、忘れかけていた顔を思い出した。
自分を家族として迎え入れようとしてくれた人たちの顔を思い出した。
出自も怪しい自分を受け入れてくれたあの小さな町の人たちの顔を思い出した。
あの人たちのために働こう。彼らが瘴気に、魔物に脅かされないよう。
あの人たちの幸せのためだけに。
その先でこの命が潰えてしまってもそれは無駄ではない。
胸のうちに灯った火が、消えた気がした。
ただ、青年の働きに変化が起きたことに気付いたのは誰もいなかった。
よくよく晴れた空にファンファーレが鳴り響く。
バルコニーに国王と王妃が現れる。
晴れやかな顔で臣民たちを見下ろし、国が瘴気とそこから産まれる魔物たちの驚異から脱したこと、その功労者たる神子と皇太子の婚約を告げた。
奥から盛装の神子と皇太子があらわれ、民衆は大いに盛り上がり、祝福を彼らに捧げた。
苦難を共にした二人ならば、きっと国の未来は明るいものになると民衆の誰もが信じていた。
一人を除いて。
身を削るような瘴気の取込みも終わりが見え始めたころだった。
アンデッド発生の知らせが届き、現地に飛ばされた。行き倒れの死体やまともに埋葬されなかった死体に瘴気が入り込むと人を害するアンデッドとなる。アンデッドは基本的に物理的な攻撃で無力化できる。しかし今回はおそろしく数が多すぎる。なので瘴気を浄化しただの死体に戻すことはできないかと打診があった。
その目論見は成功し、アンデッドはただの死体となって地面に転がった。
兵士たちは再びアンデッドにならぬよう燃やすために死体を一角に積み上げていく。
それをぼんやりと眺めていた青年は気づいた。
気づいてしまった。
腐った顔の中に自分が愛した人の面影があったことに。
一度気づくと芋づるのように朽ちた顔と記憶の中の顔が繋がっていく。
轟々と燃え上がる死体の山々を見つめ続ける青年を皆うす気味悪がった。
死臭が染付くからと撤収をせっつく騎士を無視して青年は死体の山がすっかり骨の山になるまでそこに居続けた。
火は、消えてなぞいなかった。
身の内に溜まったものを燃料にして、今度こそ青年を焼き尽くした。
王族たちが並ぶバルコニーとは別の場所に青年はいた。
護衛の騎士はいない。それを見咎めた下男はいけ好かない騎士の株を下げてやろうと上司にチクるため部屋を出たため完全にひとりであった。
青年は微笑み、祈るように手を組んだ。
彼らは見た。
天高く昇る、太陽とは異なる光を。
ひときわ強く輝きを放つと光の粒となり皆の頭上に降りかかる。
神もふたりを祝福しているのだと誰かが言った。
神秘的な光の雨の中、神子と皇太子は互いを見つめ合い、口付けを交わそうと顔を寄せあった。
彼らは見た。
神子の頭部が異様に膨れあがり、皇太子の上半身を丸呑みした瞬間を。
何が起きたのかわからず硬直する国王たちと民衆をよそに、くぐもった断末魔と悍しい音を立てて異形と化した神子の腹に納められていった。
王妃の絶叫が周囲の硬直をとき、狂乱を呼んだ。
神子だった異形は控えていた兵士たちによって呆気なく斃された。
しかしそれで終わりはしなかった。
バルコニーの下は異形となった人々がお互いに食い殺しあい、地獄の体をなしていた。
血肉と臓物のにおいと断末魔で満ちた場を見下ろして、青年は数年ぶりに心の底から声をあげて笑っていた。
青年が控えていた部屋の外で、下男が騎士だった怪物に陵辱を受けながらその身を食い荒らされていた。
青年の魔力と溜め込んだ瘴気と呪いを練り合わせた光の雨は国の人々を異形へと変えた。
七日七晩で国は滅んだ。
青年も、それを見届けてから自ら命を終える。
はずだった。
※
「知らんうちにチート化してるとか思わないじゃん…」
常時展開化した治癒魔法を前に自死もできず、ならばと時間魔法を己に使っても拡大解釈された状態異常無効は老化すらも否定した。
試しにカチコミしてきたドラゴンの口に飛び込んでみた。とんでもない魔力量を前にドラゴンの肉体が耐えきれず崩壊した。
消化されて溶けた肉体もものの数分で元通りになってしまった。
男は死ぬことができない体になっていた。
もののついでに魔王扱いされるようになっていた。
上がボンクラでも下に有能なのが集まると統制が取れるようで、かつて栄華を誇った国は魔物が跋扈する呪われた土地となった。
男にとっては勝手に群れて勝手に魔王と崇め忠誠を押し付けてくる連中でしかない。
雑に扱って反感を買い、クーデターを起こされたことだってある。喜んでそれを受けたが、返り討ちにしてしまった。というより彼らの攻撃ではろくにダメージすら負えなかった。
反乱分子を片付けてしまったあとにやってきたのは勇者である。人間の脆さは重々承知していた男は半ばうんざりしながら相手をしたが、これが中々善戦した。
勇者は神によりチートを与えられ、あと千歩ほど届かなかったがそんじょそこらの魔物よりも強く、受けたダメージも大きかった。そしてこの経験は男に閃きを与えた。
男はかねてから部下たちが求めていた人間領への侵攻を実行に移した。
殺し尽くし奪い尽くし犯し尽くす魔物たちに人々は立ち向かい、そして呆気なく蹂躙される。
そして救いを求めた人々が願い、異世界より勇者が召喚され、男の前に現れる。
神より力を与えられた勇者はやはり強かった。しかし男を殺すことはできなかった。
死ぬほどでもないダメージを受けた男はそこで侵攻の手を止める。
人間たちが新たに勇者を召喚できる余裕ができるまでは魔王は倒されたことにした。
そして幾星霜を経て再び人間領を侵す。
それを繰り返して少しづつ人間たちを追い詰めている。
「各軍に伝達、侵攻中止。撤退せよ」
伝令を載せたワイバーンたちが一斉に飛び立つ。
「…よろしいでしょうか」
「なぁに」
「今まで、貴方様に傷を負わせることができたのは異世界の勇者だけなのでしょうか」
「いや?そんなことはないさ。さっきも見ただろ?一撃すらくれない勇者もいる。何事にも例外はあるさ」
「例外、つまりは勇者以外にも…」
青年の目が探るような色をみせた。
「昔…ってほどでもないかな?魔族の男にね、きっつい一発貰ったよ。見事だった」
人間の娘を愛して、そして愛された男だった。彼は全てを捨てて人間側につき、男に刃を向けた。
向けたぶんしっかり相手をしたわけだが。
まあ、彼の手にあったのが聖剣だったのは予想外ではあった。
おかげで興奮しすぎて娘もろとも消し炭にしてしまったが。
ゆるりと男の視界に白い靄が過る。
するりと鼻腔をなでる草いきれに似た爽やかな香りは先程青年が淹れた紅茶とはまた別物であることを示していた。
「その、ふたりの顔を覚えておいでですか」
「んー?」
するりと琥珀色の液体を飲み込む。
「私の両親の顔です」
「け、パっ?」
「あぁ、よかった。やっと効いてくれました」
胃の腑を引きちぎられる様な激痛が走り、せり上がる赤黒い血が口から溢れ出る。
「…ど。じて?」
「あらゆる理をひっくり返す。…反転魔法にてございます」
残ったカップに紅茶が注がれるが、爽やかな芳香は血の臭いに簡単にかき消された。
ゆらりと男の体から力が抜け落ち、玉座から崩れ落ちかけたところを青年が受け止める。
「無論、昨日今日手に入れたものではございません。貴方様の反則じみた能力全てを無効化できるまでに至るは長い時間を要しました」
「…」
「幼かった私をここに置いた魔族は私の祖父に当たるお方でした」
「…」
「私は私の両親の仇をとるためだけに、貴方様のお側におりました」
「…」
「長かった…」
「…」
「とても、長うございました。おかげで私はかつての決意が揺らいでしまった」
「…」
「貴方様の孤独を終わらせて差し上げたいと、思ってしまった」
「…」
「貴方様が最期に見る顔は私であってほしいと思ってしまった」
「…」
「貴方様を殺したあと、どう生きていけばいいのかわからなくなってしまった」
「…」
「…なので、貴方様が死んだら私も後を追うつもりでございます」
「…」
「お顔を、お上げください。そして私の顔を見てくださいませ」
「…」
蒼白の顔、緩慢に揺れる目は青年を写している。
血で汚れた唇がかすかに動く。
「恨み言のひとつでも私に残してくださるのですか」
今際の際の言葉一つ聞き逃すまいと、青年は男の口元に耳を寄せた。
か細くなった息が青年の耳をなでる。
「ざんねん」
それが青年が聞いた最期の言葉だった。
青年の肉体は内側から燃え、内臓は炭となり、脳は蒸され、出口を求めた炎が口から這出ようと気道を焼き、舌を燃え上がらせ、開きっぱなしになった口からちいさな火柱が立つ。
薄い腹が焼け落ちるとそこから酸素が入り込みさらに火の勢いが強くなり、またたく間に青年は燃え尽きた。
「さっさと首を落としてくれればいいものを…」
びょうと旋風を起こし、燃えカスを片付ける。
「うまくいかないものだなぁ」
残された紅茶を飲み干し、男は玉座からおりた。