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「ヌコ?」
「ぎゃう??」
ゴンスケはクリスの背中をよじ登り、肩車の形におさまった。
この方が画面がよく見えるのだ。
一人と一匹はキョロキョロと周囲を見回す。
と、家鳴りが聞こえ始める。
そして、キーンっという耳鳴りがし始める。
クリスもゴンスケもたまらず耳を抑える。
その直後、女性の断末魔のような悲鳴が一人と一匹に襲いかかる。
やがて、その悲鳴もおさまる。
チリンチリンと、綺麗な鈴の音が脳内で鳴り耳鳴りがおさまった。
「なんだったんだ?
君にも見えていないのか?」
「ぎゃっ!」
ゴンスケは胸を張る。
「うーん、動物ってこういうの普通に見えてると思ってたけど違うのか」
クリスの何気ない呟きに、ゴンスケがその背を尻尾でベシベシ叩いて抗議する。
「ゴンスケちゃん。
この黒猫に関して、なにか知ってる?
文面から察するに、君の守護霊っぽいけど」
クリスは言いながら、携帯端末の画面を頭の方にやる。
「ぎゃう」
知らない、とゴンスケは首を横に振った。
ゴンスケに猫の知り合いは、少ない。
ましてや、守ってくれる存在などポンくらいだ。
しかし、ポンは三毛猫だ。黒猫ではない。
書き込みの文面を見るに、どうやら見えない黒猫は二匹いるらしい。
靴下のように、足が白い猫。
そして、ゴンスケを守っているらしい胸に白のV字のある猫。
「しかし、黒猫ね。
国によっては、魔女の使い魔だったり死や不吉の象徴だったりするんだよなぁ」
黒だけじゃなく、そもそも猫自体が悪魔の使い扱いされ駆逐された歴史が異国にはある。
それゆえ黒死病のパンデミックに繋がったという皮肉な流れを引き起こしたのは有名すぎる話だ。
現代では、黒猫をペットにして可愛がる人は大勢いる。
しかし、中には写真ばえしないという理由で捨てる者も後をたたないとか。
しかし、ゴンスケの守護霊っぽい黒猫は。
「多分、違うよなぁ。大事にされてたとか??
ゴンスケちゃんが覚えてないだけで、黒猫を助けたことがあってその恩返し??」
「ぎゃうるるる?」
もう一度、クリスは部屋の中を見る。
先程と、なにも変わっていない。
否、圧迫感と視線、気配が無くなっている。
宗教によっては忌避されてきた歴史をもつ猫だが、別の国、文化圏ではむしろ崇拝の対象だったこともわかっている。
とある砂漠にある国では、猫は女神の化身だったり神の使いとして扱われてきた歴史がある。
ポーチュラカの一部地域でも猫神として祀られ、信仰の対象や観光資源になっている場所がある。
だから、黒猫イコール不吉とはならない。
それに、猫と言うのは九つの命を持っているとも言われているし、霊感があるとも言われている。
恩返しと言うなら、世界各地にこういった話は多い。
動物だけじゃなく、薄汚れていた神様の銅像をとある貧しい青年がボランティアで綺麗にしたら、翌日食べ物やら金銭が自宅前に届けられていた、なんてのもある。
「まぁ、ヌコに関しては悪い存在じゃないっぽいし」
クリスが言った時。
チリンチリン、とまた綺麗な鈴の音が聴こえてきた。
音源を探る。
「聴こえるか?」
「ぎゃうるるる」
ぴょんっと、ゴンスケはクリスの肩から降りて、同じように音の場所を探る。
くいくい、とクリスの手を取って引っ張る。
「そっちか」
引っ張られるまま、クリスも歩き出す。
それは、部屋の片隅。
札が一枚だけ剥がれている場所だった。
「ふむ」
それは、一見すると札に見えるがなんの力もないただの紙だった。
剥がす。
裏は白紙だ。
魔法の光の玉の明るさを最大にする。
その光に紙を透かす。
次に、極小の火の玉を出して炙ってみる。
やはり、なんの反応もない。
次に魔力を流してみる。
すると、文字が浮かび上がってきた。
「良心の呵責に耐えられなかった、か」
書かれていたのは、恐らくこの地で人体実験に関わっていたであろう研究員の神への罪の告白だった。
浮き上がる文字は、指を滑らせるとまるで現代で普及している携帯端末のように、次々と新しい文面が浮かび上がってくる。
「ぎゃっう! ぎゃっう!」
真剣に読み始めたクリスへ、自分にも見せろ読ませろとゴンスケが声を上げる。
やがて、
「…………ゴンスケちゃん。
君のご主人様は、この世界を憎んでいるかい?」
無感情な瞳でゴンスケを見つめながら、クリスはそう問うた。




