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家の中は、暗くさえなければ普通だった。
そう、暗くなく、どこからか見られている気配さえなければ普通の、クラシックな家である。
「やっぱり、ダメか」
掲示板へ思考入力と音声入力が出来るか試し、それから外界でスタンバっているであろう急遽呼び出した弟弟子への連絡を試してみる。
前者は難なくできたが、予想通り後者は出来なかった。
クリスは、ステータス画面でそれらを試したあと、今度は携帯端末で同じことを試してみる。
ステータス画面と同じで、掲示板へは繋がるがやはり他の場所へ連絡をすることは出来ないようだ。
「ぎゃうっ!」
何かを見たのか、ゴンスケが驚いたような鳴き声を上げ、クリスの顔面へ、へばりつく。
「ゴンスケちゃんは、幽霊は初めてか?」
「くぅるるる」
顔から人外幼女を引っペがし、猫の首を持つように目の前でブラブラさせながらそう問う。
「世の中にはな、説明できない現象ってものが存在するんだ。
つっても、説明はできるけど受け入れられない、説明できないと否定されてしまう現象がな」
魔法で出した光の玉。
それをふよふよ浮かせて操作しながら、勝手口から繋がっていたその場所を観察する。
キッチンのようだ。
皿が収納された戸棚に、作業台兼食事をするためのテーブル。
テーブルに触れてみる。
「…………ふむ」
軽くテーブルに指を滑らせる。
「ぎゃっ?」
「妙だな」
呟いて、魔法を展開させる。
生きている人の気配はない。
この家が放置されてだいぶ経っているだろうことは、外観からわかる。
しかし。
「ゴンスケちゃんは、たしか動画を見るんだよな?
それも、推理やひらめきが必要なホラー探索ゲーム」
「ぎゃっ!」
「俺の手を見てみろ。変だと思わないか?」
「ぎゃう?」
「埃がないんだよ。
普通これだけの年数、放置されてる家だ。
埃や蜘蛛の巣だらけになってるもんだ。
でもそれがない。
まるで、誰かが綺麗に掃除をしているみたいなんだ。
ここも、ここも」
「ぎゃうるる?」
「でも、それなら鍵の説明がつかないんだよなぁ。
県か市か、そこから依頼されて定期的に管理、清掃されてるならわざわざあんな所に鍵を隠しておく意味が無い。
そもそも新しい物のはずだ。鍵も術式も」
言いながら、キッチンを出て廊下へと進む。
その奥に、何かが光ったようだ。
「ぎゃう?」
「なんだ?」
奥にはトイレがあった。
すぐ傍には洗面台。
「一体型じゃないのか?
でも時代が時代だしな、汲み取り式か?」
トイレの扉は打ち付けられていてあかなかった。
そして、クリスとゴンスケが見た光だが、それは洗面台に設置されていた鏡に板が打ち付けられ、さらにこれでもかと封印の札が貼られているものだった。
光はその板の隙間から見えていた鏡に光が反射したものだった。
「なるほど、窓ガラスにも板が打ち付けられているのは、これが理由か」
外からはわからなかったが、窓があるだろう場所に打ち付けられている板のほとんどには、鏡に貼られているのと同じ札か、もしくは板自体に術式が刻み込まれていた。
しかしその殆どが経年劣化している。
「やっぱり、この家に何かを閉じ込めているみたいだな」
何を閉じこめているかまではわからない。
しかし、あの鏡がおそらく元凶かそれに繋がるなにかである可能性が高い。
「ゴンスケちゃん、ご主人様達の臭いや気配はするか?」
クリスの言葉に、クンクン、とゴンスケは臭いを嗅ぐ。
しかし、ブンブン、と首を振った。
「疑うわけじゃないが、ここに入ったのは確かなんだよな?」
「ぎゃうっ!」
「俺達が入る時と、ご主人様達の時。
なにか違いは無かったかな?」
そこで、ゴンスケが手は律儀に繋いだまま身振り手振りで、そして時々ぎゃうぎゃう鳴きながら伝えてくる。
「えーと、イソギンチャクがうにょうにょして?
縛りぷれい?」
「ぎゃっ!?」
尻尾でべしんと、叩かれた。
「ちがう?
えーと、赤のつめ? 髪の毛? 腕?手? がご主人様達に巻きついて、ドアがパタン?」
今度は尻尾を使っての、説明だった。
その方がクリスにはわかり易かったようで、伝わった。
「ぎゃうっ!」
「ふむ。そもそも入る場所からして違うもんな。
正規ルートじゃないから、気配はしても、見えないのか遭遇しないのか?」
しばらく考える素振りをして、クリスは近くの部屋へ入ってみようとする。
そうして、一部屋ずつ施錠されているか確認していき、やがて二階へと上がる。
カチャ。
「ここは、開くのか」
ゴンスケとともに入ったのは、寝室だった。
古びた化粧台があり、鏡は左右に扉がついているものだ。
「札が、ないな」
「ぎゃっ?」
「ここは、あとにしよう」
鏡を開けるのは後回しにして、とりあえずクリスは現状を掲示板へ書き込んだ。




