8
自室にて、姉ちゃんの言っていた動画を確認する。
三十秒ちょっとの動画はすぐに見つかった。
たしかに、数日前のコンビニでのやり取りの動画だった。
投稿するなら一声かけてくれれば良いものを。
横からゴンスケが画面を覗き込んでくる。
「おい、邪魔するなよ」
「ヴるるるぅ、るるっ!! るるる!!!」
「ん?」
少し不満そうな声だ。
ちげぇよ、とでも言っているようだ。
「るるるるぅ! ぐぅるるる!!!」
「あぁ、いつものやつが観たいのか」
尻尾を長い紐に変化させて、携帯端末をペシペシ叩き始めたゴンスケにそう言うと、俺は待ち受け画面まで戻しアイコンを見せながらゴンスケに聞く。
「ほら、どれが観たいんだ?」
動画サイトのアプリはいくつか入れている。
ゴンスケは紐に変化させた尻尾を、今度は人の指に変えてそのアイコンの一つをタップした。
「げ、お気に入り登録増えてるし」
俺はジト目でゴンスケを見た。
こいつは、俺が風呂に入ってたり何かしらで携帯を放置している時に、勝手に操作して動画を鑑賞し、気に入ったものはお気に入り登録をしている。
無料だから別に良いが、なんというかゴンスケのやつ自分を人間と思い込んでいそうだ。
父は猫だと思ってる、なんて冗談混じりに言ってるが。
ゴンスケが手の平サイズだったころは、大画面だった携帯端末は今やとても小さいものとなってしまった。
ゴンスケが好きだと思われる動画は、ホラーゲームの実況と食べ物でくだらないことをする系だ。
ちなみに、動画を見て気に入ると犬のように尻尾をブンブン振り回し、俺が被害を被る。
欠片だがオーガとオーク二つの亜人の血が流れている恩恵か、人間種族ではあるもののそこまでの怪我を負わないのは良いことだと思いたい。
ちなみに、最近は父がレンタルしてきたドラマや特撮などを一緒に観ている。
マサは雌だと言っていたが、たぶん、いや絶対雄だ。
ゴンスケは器用に、そしていつもの様に変化させた尻尾を使って動画を選び再生する。
とても楽しそうだ。
平日、昼間はポンについて回っているらしく、ゴンスケも昼は寝て夕方から夜動くことが多い。
そのため、俺が帰る頃になると玄関先でスタンバっていることが多い。
一時間ほど動画を楽しんでいたゴンスケから携帯端末を没収する。
そして、部屋の電気を消す。
「がぅるる!!」
まだ見てるんだ、何しやがる、その持っているブツを返せと唸ってくるが、無視する。
「俺はもう寝るんだよ」
「ぎゃうぎゃう!!」
「うっさい、居間にでも行って深夜アニメでもみてーーぶっ」
元に戻した尻尾で顔面叩いてきやがった。
「ぎゃうぎゃうるる!!」
ペシペシ。
ペシペシペシペシペシペシ。
俺は尻尾の攻撃から逃れ、布団を被る。
ベシンベシンっ!!
ぼふんぼふんっ!!
畜生、布団の上から叩いてきやがる。
しばらく布団の中で篭城していると、攻撃が止んだ。
諦めたか?
俺が思ったとき、布団の上に重さを感じた。
と、思ったらその重さが消えた。
おい、まさか。
ドッシン!!
腹に超重量の衝撃が襲った。
「ぐえっ」
呻く俺に構わず、超重量の腹への衝撃が第二波、第三波と続く。
ドッシン!!
ドッシン!!
ドッシン!!
我慢だ!
ここで、甘い顔見せたらゴンスケのやつ付け上がりかねないからな。
「ぎゃっう! ぎゃっう! ギャウルルルゥ!!」
「あーーーーっ!! くっそウゼェェエエエ!!」
「ギャァァァアアアうるるるぅうううう!!」
俺は布団を蹴飛ばして叫び、ゴンスケと対峙する。
ついでに電気をつける。
ゴンスケも負けず劣らずに叫び返してきた。
だから、俺たちは気づかなかった。
ゆっくりと、魔王の足音が俺の部屋へ向かっていることに、気づけなかった。
「ぎゃうっ、るるるぅ?」
叫び続けようとしたゴンスケの声が小さくなる。
その視線は俺の背後、部屋の扉へ注がれている。
カチャリ。
静かにドアノブが回って、開く音がした。
「…………テツ? ゴンスケ?
なに、騒いでいるの?」
静かな口調。
しかし、背中を向けていてもわかる、怒気と殺気。
ぎぎぎ、と俺はまるで首が錆び付いてしまったかのようにゆっくりとそちらを振り向いた。
「あ、その」
「何を騒いでるの?」
「ご、ゴンスケが、動画を無理矢理みようとして」
「ぎゃっ?!
がうるる! ぎゃうるる!」
違う、テツが意地悪したんだ、とでも言っているのだろう。
母は、俺たちを交互に見ると部屋に入ってきた。
そして。
ゴンッ!
ゴンッ!
一発ずつ、ゲンコツを貰ったのだった。
母さん、素手でそれなりに硬い鱗で覆われてるゴンスケにタンコブ作った。
母さんが天使と魔族のハーフってほんとかもしれない。
「静かに。それと喧嘩両成敗」
「くぅるるる」
ゴンスケのやつ涙目だ。
「ご、ごめんなさい」
と、そこに、ポンがやってきてゴンスケへ一声鳴いた。
「るるぅ」
にゃうにゃう。
「がぅぐぅるるる」
と、ゴンスケの鳴き声は最後まで聞かず、ポンは部屋を出ていった。
「ぐるぅ」
ゴンスケはしょんぼりして、丸まってしまった。
母も部屋を出ていく。
「はぁ、寝よ寝よ」