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「で、学校の方はどんな?」
姉に山菜採りを手伝ってもらっていると、唐突にそんなことを聞かれた。
「別に」
「あれだけの騒ぎの中心にいて、まさかなんにもないの?」
「姉ちゃんなら、察してくれると思ってたけど」
「…………アンタも化け物扱いされた?」
「いんや、リーチやツカサ曰く、どちらかと言うと腫れ物扱いが近いかも」
「そう、そのリーチとツカサってのは、同級生?」
「友達」
答えながら、まだ二人と知り合ってそんなに経っていないな、と気づく。
「あえて、こう聞くけど、その子達は大丈夫なの?」
「うん」
「そう、ならいい」
姉は、それだけ言って、もうそれ以上は聞かなかった。
俺は姉の交友関係をよく知らないし、姉も俺の交友関係を知りたいとも思っていないんだろう。
それでも、今、確認したのは多分、荒れていた頃を思い出したのかもしれない。
詳しくは知らないが、姉はかなり酷い裏切りにあって、いつかの父には負けるものの全身を真っ赤にして帰ってきたことがあった。
その時、驚いた母に事情を聞かれて、姉が返した言葉が、
『化け物じゃないもん。化け物って言う方が化け物なんだもん』
だった。
可愛く言ったつもりだったのだろうが、返り血で染まった状態で言っているものだから、軽くホラーだった。
アレは怖かった。
なんて言うか、そういう事件を起こした人にしか見えなかった。
力のない俺は、ド底辺の将来性皆無のクズ男。
才能に満ち溢れる姉は、化け物呼ばわりだ。
力なんてあってもなくても、結局貶される。
どんなに、ルールが整っても、心までは縛れないから。
魔力の有無なんて、結局理由付けに過ぎないんだもんなぁ。
本当に、馬鹿馬鹿しくてくだらない。
ちなみに、血塗れの件で姉は何もしていない。
警察まで出てきて、現場検証して、あわや裁判かとなったが、途中まで姉が有罪の方向で話し合いが進んだものの逆転した。
証拠不十分というやつだ。
なぜなら、色々矛盾が出てきたからだと聞いた。
その時、何があったのかと言うと、様々な理由で姉のことが気に食わなかった人達が、徒党を組んで姉に襲撃を仕掛けた。
乱闘になるなか、姉は一度も反撃せず、ひらりひらりと避けていたに過ぎなかった。
刃物すら持ち出していた相手方は、お互いがお互いを傷つけあうというなんとも皮肉な結果になった。
死者が出た、とも聞いたが、詳しくは教えてもらえなかったので本当のところはわからない。
でも、手を下したか否かという点においてだけ論じると、姉は何もしていない。ということが証明されたと聞いている。
二十人ほどに取り囲まれ、しかし、一切手は出さず、もちろん足も口も出さず、ただリンチから逃げていたに過ぎない。と聞いた。
その結末が、姉を疎ましく思っていた者達の病院送り、または本当かどうかは別としてあの世送りとなったのである。
怖い怖い。
それにしても、そうか、そうだよな。
ツカサとリーチの二人とつるむようになって、たぶん、マサの次に長い付き合いになってた。
春に知り合って、今夏休みだから。
もう四ヶ月経ったのか。
マサとの付き合いが、未満児の頃からだから、十四年か。
マサとの方がやっぱり長いなぁ。
その次が四ヶ月。
マサ以外でこれは驚異的な記録だ。
今まで、俺にとってそこまで長く続いた人間関係は無かった。
そういえば、リーチのことはマサから聞いていたものの、実際に会うのは初めてだったし、ツカサとはほんと、ここまでの付き合いになるとは思っていなかった。
何も知らない人にこの話をすると、たった四ヶ月で、と言われそうだが、それくらい魔力ゼロだと知れてしまうと、一瞬前までは親しげに会話をしていた相手でも、知った後には離れて行くことが多いのだ。
たまに、意地の悪い者が、魔法が使えないとわかるとあえてマジックアイテムを渡してきて使えない様をみてゲラゲラ仲間達と笑う、なんてこともよくある事だった。
正直、何が面白いのかはわからなかったし、馬鹿馬鹿しいと口にした時もある。
すると、どうなるか?
殴られるのだ。(痛くはないが)
あとは口で非難される。
そして、必ず、大人が出てきてこう言うのだ。
『テツ君、謝りなさい』、と。
姉であったなら、きっと大変なことになっていただろう。
謝ることに抵抗は無いから、別にいい。
訓練所で、職員の人達にそう教えこまれていたから。
土下座して、頭でも踏みつけさせておけばそれ以上ややこしいことにはならないし。
あとは、綺羅星のマスターに教えて貰った悪質なクレーム対応のやり方も参考にした。
基本、サービス業の場合客に対して話を聞いて今後の対応を考えなければならない、しかし中にはただ従業員を言い負かしたいだけの者もいて、話にならない。
下手に意見すれば、揚げ足取りのネタの提供にしかならない。
では話を聞くために、そして、悪質クレーマーを黙らせるにはどうすれば良いか?
これは、下手にプライドのある人間には向かないらしいが、とても簡単なことだった。
その方法の一つが、こちらの意見を言わずに、ただ相槌を打って体力を削ること。
言わせたいことを言わせて、疲れさせることが一つ。
あとは、それとなく肯定したように見せかける。
たとえば、『他の人からも同じ意見が出ていたので、検討する』などだ。
ここで、サービス業側が下、相手が上だと思わせると成功率はグンと上がる。
この二つ目だが、マスター曰く八割の悪質クレーマーがそれ以上の追及をやめるらしい。
ただ、相手が意地の悪い者だったり逆に付け上がったりすると、『いますぐ自分の言う通りにしろ』と言ってきたりする。
この場合、最終手段として『どうしても、今は決めかねるから、あとで連絡する。連絡先を教えて欲しい』というと、諦めるらしい。
電話での悪質なクレーマーなんて、わざわざ非通知設定にして返信出来ないようにしているらしい。
その小細工が逆に凄いと思ってしまう。
とくに、悪質なクレーマーは自分に何かしら責任が生じるかもしれないとわかるとあっさり引き下がるらしい。
それでも、なおグズグズ言う場合は仕事を妨害したとして警察に訴える、というとこれまたあっさり引き下がるとのこと。
俺が採用しているのは、相手を肯定する方法だ。
正確には、相手の言うことを聞ける範囲できいてやり、満足感を与えたように見せるのだ。
まぁ、説明したところで負け犬、もしくは底辺の遠吠えだと言われてしまうだろうが。
そもそも説明する機会なんてそうそう無いので、まず気づかれないし、相手に『勝った』と思わせることができたら、こちらの勝ちなのだ。
マスター曰く、『糞面倒い輩と勘違い連中の戯言は、どんな形であれ黙らせる、言わせなくした方が良いに決まってるしね。
こちらに届かなくした方が、精神的にも良いし。
世の中には【出入り禁止】ってモノがあるんだよ』との事だった。
マスターも、ああ見えていい性格してるよなぁ。
ただ、この方法には一つ落とし穴がある。
それは、食い下がらずに満足した場合、他の場所で同じ失礼を働く、というものだ。
まぁ、礼儀礼節がある、常識さえ備えていればやらない行いなのだが、世の中にはそういう意味で底辺人間より最低最悪な虫けら以下の人間もいるとのこと。
俺より下がいるってのも、世界って広いなぁと実感する。
なにしろ、世の中にはサービス業と違って金銭のやりとりの全くない場所でも他人に対して、悪意ある貴重なご意見をわざわざ言う人間もいるらしいし。
それが何処なのか、マスターは教えてくれなかったが。
「ところで、テツ」
姉に呼ばれ、思考を止めてそちらを見る。
姉が困った顔をしていた。
「ゴンスケいないんだけど、大丈夫?」
「あ、平気平気。臭いで戻ってこれるから」
そういえば、続いた関係と言えば、サクラにもしばらく会ってないな。




