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なんで、この人着いてきたんだろ?
「なに?」
自転車を漕ぐ俺の横をゴンスケがふよふよ飛びながら着いてくる。
その背には、姉。
ゴンスケ、なんでこの姉は檻に入れないんだ。
たぶん、一番凶暴な人類だぞ。
「なんでいんの?
つーか、なんでゴンスケに乗ってるの?」
「久々に稼ごうかなって思って。
どうせ、ギルド行くんでしょ?
あと、一度で良いからドラゴン乗ってみたかったし、っと。
そういえば、忘れてた」
「?」
姉をちらり、と見る。
自転車を運転中なので、前方不注意にならない程度でまた前を見る。
ちらり、と見た姉は握りこぶしに、はぁっと息を吐きかけていた。
そして、俺の頭に激痛が走る。
何が起きたのかと言うと、まず、ゲンコツの衝撃が襲った。
その痛みが出る直前にさらに、グリグリと拳をねじ込まれる。
「いたい、いたいっ! 自転車漕いでるんだぞ!
田んぼに落ちるだろ!!」
「アハ、これで許してやるんだから有難く思え」
「全然ありがたくねーっつーの!!」
「でもさー、こう言っちゃなんだけどわざわざギルド行かなくても、ギルドの手続き済んでるならアプリダウンロードしてそこからクエスト受注すれば良いじゃん。
あんたの場合、そっちの方が無駄なトラブルにまきこまれないでしょ?」
「…………は?」
「?」
「え、いまなんつった?」
「無駄なトラブルにまきこまれないでしょ」
「その前」
「クエスト受注すればいいじゃん」
「違う、それよりも前」
「でもさー」
「…………」
「あ、やっぱり知らなかった系?」
そこで、姉がパチン、と指を鳴らす。
「よし、ゴンスケ、ちょっと止まって。んでアンタは携帯だしな」
そこから、自転車を停めて、田んぼの真ん中で、姉の指示に従ってアプリをダウンロードする。
無料だった。
そして、渡されていた登録カードに記載されている番号を入力したり、とにかく画面の指示に従ってアプリに個人情報を登録した。
「よし、んじゃ、次。マイページに行って、で、このアイコンを押して、そうするとタグ入力の画面が出てきたでしょ?
そこが検索ページだから、依頼のレベル選んで、タグ検索すれば、一発」
わぉ、便利。
一気に、自分好みの仕事がずらり、と並んだ。
「アドレス登録しておけば、新規クエストが入ると通知くるから、ついでに、ここを押して、成功報酬も振込手続きしときな。
楽だから」
確かに、これは楽だ。
なんでカリエルさん、登録の時に教えてくれなかったんだろ?
父と同じでアナログ人間なのかな?
まぁ、組織のリーダーだからって経理できるとは限らないしな。
むしろ、無知なことが多いらしいし。
「うわ、携帯、あっつ!」
「そういう時は、これ」
言いつつ、姉が取り出したのは銅貨だった。
自転車の籠の中に、6枚ほど銅貨を敷いて、携帯を置く。
これだけで熱が逃げるんだとか。
「間違っても、保冷剤使うんじゃないよ。
機械の中に結露が出来て、携帯死ぬから」
なんで、そんなに詳しいんだよ。
もしかして、壊したあとなのか?
確認するのは、地雷な気がしたので言わなかった。
***
遠く、けっして気取られない位置からテツとその姉を監視していたはずのエステルは、急に二人を見失ったことに驚いた。
念には念を入れて、さらに気配を消す術式を展開していたにも関わらず、だ。
通常なら、まず感知されない自信がエステルにはあった。
そのタイミングは、ちょうどテツの姉が指を鳴らすような動作をした時だった。
「マジかよ。アイツの姉ちゃん優秀すぎるだろ」
おそらく、幻術の類いだ。
それも、簡単な視覚を勘違いさせる系の。
いったいどこで気づかれたのやら。
もしくは、テツの姉の索敵能力がずば抜けているのかもしれない。
なにしろ、この東大陸で五指に入る英雄の子供だ。
そして、テツもそうだがあの姉もジュリの血を継いでいるわけで。
「今日は諦めるかな。マスターのとこに涼みに行こう」
こう暑いと、病気になる自信がある。
ついでにモーニングでも食べよう。そう考えながら、エステルは綺羅星へむかうのだった。




