72
「ふんふん、なるほどなるほど」
「きゅうい、きゅきゅうい」
ゴンスケの尻尾で出来た檻の中で黒竜種の子供は、必死に先程合流したばかりのエステルへなにかを訴えていた。
「なんで、エステルは怖がられないんだ?」
俺は不思議に思ってポツリと漏らす。
すると、起こした焚き火でナメクジの串焼きを焼いていた、レイが教えてくれた。
「そりゃ、エステルもほとんど魔法使えないから。魔力が無いわけじゃないらしいんだけど。使える魔法が限られてるんだと」
「ふぅん、あ、魔力の絶対量が少ないとか?」
「まぁ、そんな感じらしい。あと、アイツ脳筋だから基本」
「脳筋、ねぇ」
「無人島にアイツが持ってきた土産、覚えてるだろ」
「あー、まぁ、一応」
「それに、こういうことは分担するのが一番なんだよ」
「分担?」
「そ、役割分担。
ドラゴンも、人間のオスメスくらいは見分けがつく。
テツでも、良かったけど。
でもどうせなら、見た目だけでも優しそうな、んで見た目のいいやつに話を聞いてもらった方が、嘘でも本当でも話しやすいだろ?」
そういうものだろうか?
わからない。
「どうせ、種族関係なくほとんど見た目しか見てないんだ。
中身にまで興味をもつ存在の方が少ないくらいだしな」
まぁ、初対面の場合、見た目、つまり視覚情報で第一印象が固定されると言うし、そういうものか。
「よし、わかったぞ」
エステルが焚き火まで戻ってきた。
「ドラゴン、なんだって?」
「人間殺して、その首を持って来るように言われたらしい。
そしたら、家族にしてやるって、さ」
は?
一瞬、本当に一瞬。
俺は、自分の内臓が冷えたような感覚になった。
体の中が一気に冷却されたような、そんな冷たさを感じたのだ。
「黒竜種版、はじめてのおつかいってところだな」
レイとエステルの会話が遠くに聞こえる。
種族が違うから、考えや生き方が人間のそれと違って当たり前だ。
だから、気にするほどでもない。
俺は、ちらり、と檻の中でやはり怯えている黒竜種の子供を見る。
ゴンスケは興味津々のようだ。
しかし、その尻尾の檻の中にいる黒竜種の子供はただただビクビクしている。
「? どうした?」
エステルが声を掛けてきたが、俺はそれには応えず、ゴンスケに近づく。
正確には、ゴンスケの尻尾。その檻の中にいる黒竜種に。
黒竜種の子供は、不思議そうに俺を見上げてくる。
俺は、しゃかんで、檻の中にいるドラゴンを見た。
「きゅうい?」
黒竜種の子供はこてんと首を傾げる。
檻の中から見上げる景色を、俺は知っている。
あの頃の俺は、こんな澄んだ目をしていただろうか?
わからない。自分のことは、見えないから。
「なぁ、お前から俺はどう見えてる?」
そんな意味の無い呟きが漏れるくらいには、俺はきっと動揺していたのだと思う。
「ぎゃう?」
ゴンスケには、この呟きが聞こえていたようだ。
スリスリと頭を擦りつけてくる。
――出来損ないでも、夢を見れるくらいにはお前の家族は優しいらしいな。夢をみて希望を抱く程度には、まだまだお花畑なんて、幸せで羨ましい限りだ――
夢を見るのは、罪なのだろうか?
子供の頃、檻の中から見上げた先にいたあの職員の声が木霊する。
忘れていた声が。
思い出したくもなかった、声と記憶が頭の中で鳴り響く。
「なぁ、お前から、俺はどう見えてる?」
もう一度、呟いてみる。
俺は、幸せらしい。幸せなほうらしい。
出来損ないな悪い子だけど、それでも、家族にしてもらっているだけ、まだ幸せな人間らしい。
そんなことをあの職員の男は言っていた。
変わらず黒竜種の子供は俺の事を不思議そうに見返している。
というか、そもそも本当に見えているのだろうか?
魔力の有無で存在が決まるなら、きっと俺はこのドラゴンからすればいない存在だ。
まっすぐな、そして、やはり不思議そうな色を宿した瞳が俺を映す。
と、
「ぎゃうっ!!」
ゴンスケが俺を押し倒して、じゃれ着いてきた。
檻が揺れて、黒竜種の子供が驚きの鳴き声をあげる。
「ほらよ」
そんな倒れた俺に、レイがナメクジの串焼きを手に近づいて、それを口の中に押し込んできた。
サクサク、ごくん。
砂を噛んでいるみたいだ。
レイが俺を覗き込んでくる。
「…………」
それは、無表情だった。
真剣な顔でも、真顔でも、そして神妙な顔でもない。
全くの無表情。
「なに?」
俺は訊ねた。
「いや、腹減ってるかなと思って」
レイはそう答える。
でもやっぱり、その表情にはなにも無かった。
「で、テツ、何考えてた?」
「ん? 幸せについて考えてた」
「急にどうした」
声だけは茶化すように、でもその表情は無のままレイに重ねて訊ねられる。
「いや、ほら、ふとした時に昔の嫌なこと思い出すことってない?」
「あー、あるな。
あるある。
そういう時って、運動不足なんだよな。
血の巡りが悪くなってるんだよ」
言って、もう一本持っていた串焼きを、レイは食べた。
その串を放り投げて、今度はちょっと悪い笑みを浮かべると言った。
「丁度いいから、体動かすか。
ゴンスケも」
「ぎゃう?」




