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それにしても、
「いないなぁ、ドラゴン」
デカいスライムやら、他の魔物には遭遇するのに、目当てのドラゴンには全然である。
「ん? どうした? ゴンスケ?」
人間姿のゴンスケは、何故か足を止めじいっと後ろを凝視している。
「ぎゃうるるる?」
コテン、と首を傾げて不思議そうにやはり一点を見つめている。
「…………なんか、いるな」
森の奥を、馬のマスクが見つめる。
そうなんだ。
居るんだ。
「ゴンスケ、気になるのか?」
「…………ぎゃぅっ!」
俺が問いかけると同時に、ゴンスケはひと声鳴いて走り出した。
その姿が龍に変わる。
「案外、お化けだったりして」
「は?」
ゴンスケの背を見送りながら、レイはそう呟いた。
「ん? なんか変か?」
「いやいや。
おばけって。アンデッドだろ?」
「アンデッドは魔物。魔物は基本【いる】ものだけど。
お化けや本物の幽霊なんかは、その実在を証明するのが難しいらしいぞ」
いや、実在する変態お化けなら知ってますよ?
俺の目の前にいて、現在進行中で俺と会話中ですが、なにか?
「それに、ここならお化けが出ても不思議じゃないしな」
「?」
「知らないか? 山岳信仰とか」
「えーと、山や自然を信仰の対象にする。やつ?」
「そ、それ。
まぁ。そういう考え方のひとつ、だと思えばいい。
これは、世界各地にある宗教のなかに見られるらしいんだけど。
俺の故郷じゃ、山や森なんかはこの世とあの世の境、なんて言われてるし。
霊峰、なんてのもある」
「れーほー?」
「まぁ、信仰の対象になってる山のこと。
で、山だけじゃなくて、ドラゴンだって国や大陸が違えば神様として崇められてる。
動物や魔物も場所が違えば、神様になれる」
「はぁ、で、それとお化けが出ることとどう繋がるんだ?」
「言っただろ、山や森なんかはあの世とこの世の境目だって。
つまり、ここじゃ生死が曖昧なんだよ。
で、多かれ少なかれこういう自然がある場所には、死に場所を求めて訪れるやつもいたりする」
「それって」
「どんな神聖な場所とされてても、集まっちまうらしいからな。
様々な理由で死に魅入られたり、そこに救いを求める人間がさ。
俺は、ここに何回かきたことがあるけど、毎回見つけるんだ」
何を、とは言わなかった。
でも、アレだな。
この口振りからするに、どちらも見つけてそうだ。
だから、興味本位で聞いてみた。
「それは、どっちを?」
「両方」
やっぱりか。
「気づいていないやつもいたな。
ただ、俺もここを出ないとそれが生きてるのか死んでるのかはわからないんだけどな」
と、そこで、レイの視線を感じる。
マスク越しに、俺を見ているようだ。
「やっぱり、お前。感情薄くね?」
それを言うなら、反応が薄いだ。
俺はそれなりに感情があるほうだ。
「いや、なんか怖がらないなぁって」
「あー、怖い怖い」
「適当すぎるだろ」
「あ、でも、そうするとアレなんだな」
俺は、思いついたことを口にする。
「ここだと、矛盾が成立するわけか。
生きていながら死んでることにもなるし、死にながら生きてることにもなる」
そうなると、嘘ですら本当になる場所とも言える。
まぁ、でも魔力すらない俺にはそう言ったものが見えるわけでも、わかるわけでもないから、どちらにしろ構わないことだけど。
あ、でもこういうのは、魔力関係ないんだっけ?
昔、何かで読んだ気がする。
「そういうことだっ、と、戻ってきたな」
言われて、視線をゴンスケが消えた場所にやる。
ズルズルと、真っ黒い塊を誇らしげに咥えたゴンスケが見えた。
あ、この表情知ってる。
ポンや歴代の猫が、ネズミやモグラをとってきた時の表情だ。
ぱんっ、とレイが手を叩いて喜んだ。
「さすが、ゴンスケ!」
それは、携帯端末のバイブレーションのようにガタガタと震えていた。
怯えてるようだ。
蝙蝠のような羽の生えた、真っ黒い体のドラゴンだった。
「間違いない、黒竜種の子供だ」
大きさは、雌の成猫くらい。つまりはポンくらいだ。
「気性が荒いって割に、怯えてるように見えるけど」
いま、その黒竜種の子供はレイにつまみ上げられ、見ているこっちが可哀想に思えるくらいガタガタと体を震わせていた。
しかも、ゴンスケとレイを何度も見ている。
まぁ、今ゴンスケは体が大きい龍バージョンだし、レイは化け物と呼ばれても仕方ない変態姿だから怯えるのは当然か
「かなり怯えてるな」
「きゅ、きゅきゅーい。
くきゅぅうい」
泣きながら、いや、この場合は鳴きながらじたばたともがいて逃げようとしている。
「ぎゃうっ!」
「きゅっ?!」
ゴンスケの鳴き声に、体を一際ビクつかせて黒竜種の子供は震えるのをやめた。
バタついていた手足が、だらりと垂れ下がる。
「あ、気絶した」
どうやら、怯えすぎて気を失ったようだ。
「気性が荒いんだよな?」
「そのはずなんだけど」
レイも不思議そうに、その手の中にいるドラゴンを見つめていた。




