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四天王、とも呼ばれているとか。
誰のことかって?
エステルの上司だ。
魔族の社会のことは、外国、それも海の向こうの事なので知ろうと思わない限り、知らなかった。
ただ、他大陸よりも様々な技術が進んでいる、ということは知っている。
授業で習った。歴史の授業でも習った。
中央大陸。
そこには、魔族の国があるという。
他の大陸には、何故か魔族の、魔族だけの国は無く、中央大陸にだけその国はあるらしい。
遥かな昔、伝説の中ではよく悪者になる魔族。
近代に至るまで、暗黒大陸などとも呼ばれていた。
それこそ、世界大戦が起こるまで。
東西南北の四つの大陸にある様々な国々は世界大戦の時、中央大陸にそれぞれ喧嘩を売った。
それを先代だか先々代の四天王達ーー魔王軍の四大幹部達にけちょんけちょんにされたらしい。
英雄や勇者といった存在が手も足も出なかったとか。
都市伝説、とりわけ陰謀論者の間でまことしやかに囁かれている話の中には、伝説や神話にあるように、この世界とは別の世界から中央大陸を攻略しようと、英雄、または勇者を呼び寄せたらしい、なんてものもある。神族も力を貸していたなんてのも有名過ぎる都市伝説だ。
中央大陸の魔王軍はそれを、けちょんけちょんのぎったんぎったんに、返り討ちにしたとか。
さて、そんな都市伝説を交えて、俺は中央大陸の現状について説明されていた。
「軍事政権かって言うと、そうでもないんだよなぁ。
なんて言うか、人間の国に雇われている傭兵とか護衛っていうか。中央大陸を守るために魔王軍があちこち常駐してるって方が近いんだよ。
中央大陸だと、他種族と魔族は同盟関係にあるし。
他の大陸の国同士の同盟よりも、その繋がりは強い。
でもさ、そのことが、気に食わない奴、派閥があって。
今回の騒動はその傍迷惑な派閥が起こした」
エステルの説明曰く。
捕らわれてしまった彼女の上司さんは、現在の四天王、もとい四大幹部の中でも最強と謳われる存在だとか。
ちなみに、中央大陸の四方ーー東西南北の地にそれぞれ配属されてる四大幹部は東王、西王、南王、北王と呼称されているらしい。通称なので正式名称は別にある。
長くてエステルさんも覚える気がなくて、南王呼びらしい。
「最強なのに捕まったんだ」
俺が漏らすと、
「たぶん、しばらく徹夜してたからなぁ。
一週間の休みの間、トラブルが起きても良いように調整してたし。寝不足か、寝たように死んでいるところを襲われた可能性がある」
エステルがそう説明してくる。
ちなみに、死んだように眠っている、が正しい表現だろう。
突っ込まないけど。
「休み?」
「そ、有給消化。
休みの間、あの人、舞台とミュージカルと映画のハシゴするって言ってて、綿密に計画立ててた」
エステルの上司さんとは、いちど話をしてみたい。
他の国のそういう作品って、メジャーなのしか輸入されないからなぁ。
「だから、今回のことが無事に終わったら、その後が怖い」
「どゆこと?」
「南王様って、俺が道場破りして唯一勝てなかった相手でさ」
んん?
道場破り?
軍事施設に道場破りしに行ったのか、この女。
怖いもの知らずだな。
「あ、道場破りの時はちゃんと事前に、アポとったぞ。
東西北の、幹部さん達はなんとか倒せたんだけどなぁ。
南王様だけは、なんつーの? 勝てばいいや精神だったからさ、負けた」
それ、道場破りじゃない。ただの果し合いの申し込みだ。
そして、負けたんだ。
というか、四大幹部の人達優しいな!
「で、まぁ、立場的には上なあの人は普段いろいろ抑えてる分、ブチ切れるとどうなるかわからないんだわ。
主に俺や同僚達の休みが無くなる可能性もある」
あ、世界を滅ぼすとかじゃないのか。
「助け出されたら、少なくとも今回の件の首謀者の一族郎党は根絶やしにされるだろうな。
そうなるとちょっと困るんだよ」
「ぎゃう?」
そこで、ずっと海蛇の蒲焼を、エステルがもってきた葡萄酒と共に貪り食っていたゴンスケが首を傾げた。
レイは、こちらの会話を気にすることなく鍋を食べている。
「その方が面倒がないだろって?
独裁政権ならそれでもいいんだろうけど、一応ルールがあるんだよ。
今回の事件についてのことを話し合って罪や罰を決めなきゃいけない」
「ぎゃうぎゃう?」
「そう、面倒なんだよ。なんせ南王様は、と、これ以上は言えないな。漏洩になる」
「えーと、それと俺達が海に落とされたのはどう繋がるんだ?」
「少しでも経費を浮かすために、とくに魔法が使えない魔王軍の奴らはお前らみたいにドラゴンとかで海を渡るのがほとんどなんだよ。
とくに近年だと飛行機の方が安全だけど、でも高いから、昔ながらの移動手段を使ってるやつが多かったりする。
そこを狙われたんだよ、お前らは」
自転車じゃあるまいし、変にケチったのが裏目に出たのか。
ん? 魔王軍にも魔法が使えないやつがいるのか?
なんか変なの。
「ま、海に落ちれば足止めにはなるだろうし。直接手を下さなくても、力のない奴は海の魔物に襲われて死ぬ確率の方が高いしな」
「これ、真面目な話、聞いてていいの?」
「あ、大丈夫、機密に関することは言ってないから。そういう魔法がかけられてるんだよ、俺達には」
「なるほど」
「ちなみに、機密に触れそうなことを言いそうになると、言葉が『あぁ、もうダメご主人様! この犬めにご慈悲を!!』と変換される」
その変換設定にした人、絶対頭おかしい。
「ま、大体の説明はこんな感じか。
でも、ほんと、あの人が捕まるなんて。絶対今年は世にも酷い天災が起こりまくる気がする」
「えーと、じゃあ俺はどこか適当な場所で宿でも取って大人しくしてよーかなぁ、なんて」
「え、来ないの?」
行くか、たわけ。
「だって、お前そういうの得意なんだろ? 人助け」
得意なわけない。
「いや、でも、ゴンスケもいるし。あまり危ないことには首を突っ込みたくないなぁ、なーんて」
「絶対防御のドラゴンだから大丈夫だろ?
ゴンスケは、自分のお姫様守れるよなぁ?」
「ぎゃう!!」
自信満々に、鳴くんじゃないゴンスケ。




