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何度か脱皮を繰り返したゴンスケは、なんということでしょう。
大型犬並にでかくなってしまったのでした。
そのビジュアルはと言えば、二本の角に背中には棘のようなデコボコ。大型犬サイズのドラゴンと言われても信じてしまう。
手足も陸亀のようにしっかりしている。
今までの水槽では飼えないので、ポンのように家の中で自由に行動させている。
ちなみにトイレは、猫用のところでしているのを父が目撃した。
そう、教える前に覚えたのだ。
案外、ポンが教えたのかもしれない。
とある休日。母がこう言ってきた。
「散歩に連れてった方が良いんじゃない?」
「たしかに」
俺は母の言葉にうなづいた。
芸達者なゴンスケは、勝手にひとり遊びをして楽しんでいるが、ここまで大きくなると外に連れ出して体を動かした方が良いと考えたためだ。
「ほら、犬用だけど首輪とリード買っといたから」
さすが我が家の魔王。準備が良い。
母に首輪とリードを付けてもらうと、リードを引きずりながらのっそのっそと自ら玄関に向かうゴンスケ。
そして、玄関の扉の前で俺が来るのを待っている。
うーん、やっぱり頭良いなコイツ。
家を出る。
コンビニまで自転車で片道二十分。
一番近いバス停までは片道十分。
あとは、小さな村村が集落を形成する。
その集落以外には長閑な田園風景が広がる。
ここは、そんなどこにでもある田舎だ。
時間はまだ午前。
春ということもあって、過ごしやすい季節だからか。
別の集落から犬の散歩に来ているオーガの爺さんと農道ですれ違った。
トカゲの散歩がやはり珍しいのか、声をかけてきた。
「でっかい亀だなぁ!!」
甲羅が無いのに亀と来たか。
「トカゲです」
「いくらしたんだ!?」
「いや、捨てられてたのを拾ったんです。
そしたらこんなにデカくなっちゃって」
俺の言葉を聞きつつ、爺さんはゴンスケを見る。
「あー、たしかに祭りの夜店で買った亀をこの辺に捨てるやつ多いもんな!」
「……そうですね」
たしかに、田んぼに亀は多い。
そして、デカい。
捨てるのもそうだが、たまに飼われている亀が脱走するというのも聞いたことがある。
それが野生化しているとか。
たまに田んぼにいるやつを捕まえて飼うやつもいたりする。
外来種らしく、最近規制が厳しくなり業者が棄ててるという噂も聞く。
爺さんの連れているワンコにゴンスケは興味津々だ。
食べたりしないよな?
俺は不安になったが、そもそもポンを食べていないので少なくとも生き物は食べないのだろうと考え直す。
あ、犬をみるの初めてだからか。
ワンコはワンコで、ゴンスケのことを警戒しているようだ。
ワンコ、唸り始めたし、さっさと散歩終わらせるか。
俺は適当に爺さんとの会話を終わらせると、ゴンスケの散歩を再開した。
のっそのっそと、マイペースにゴンスケは歩く。
と、時計代わりに持ち歩いている携帯端末が震えた。
そこには、ただ呟くことを目的としたSNSの、フォロワーが呟いたお知らせが表示されていた。
「……不便はないんだよなぁ」
義務化こそされていないが、俺みたいな高校生前後の世代から下の世代は産まれた時に脳みそへ特殊な術式を埋め込んで、それまでは一部の冒険者にしか見えていなかった自身のステータス、その項目と数値が可視化されるようになった。
どうして、そんな機能が昔からあるのかは謎である。
しかし、このステータス可視化は、持病のある人にとって利点である。
例えば、所持品の確認をしなくても適切に処置できる。
俺より上の世代では、持病のある者はほとんどこの処置を施しているらしい。
その背景から、持病のない者には、いまだに偏見があるとか。
ちなみに、俺は処置されていない。
義務でなかったというのもそうだが、このステータスの可視化はもう1つ、機能が付与されている。
それが、任意ではあるがインターネットへの接続機能である。
この二つの機能は大人の事情でセットになっている。
とりあえず、俺は持病が無かったし、インターネットは早すぎるという理由でこの処置はされていない。
されていないと、学校ではかなり浮く。
流行りのゲーム機などを買ってもらえないと、仲間外れにされるとか遅れる理論だ。
仲間外れこそなかったが、たしかに小学校、中学校では一部の同級生達の話に着いていけず肩身が狭かった。
いま思えば、明らかにハブにされていたと思われることも多々あった。
だが、それで仲間外れにしてくる奴らはだいたい把握出来た。
そもそも、この処置の有無の良いところは、されている場合は任意で個人情報を提示出来るということと、もう一つ、処置されていない者のステータスはどうあってもわからないというものだ。
どんな能力値なのか?
名前、体力、知力、取得技能などがまるでわからない。
個人情報をばら撒くことができないとも言える。
たとえば、一部の人が取得、あるいは購入できる技能に【鑑定】というものがあるが、これを持ってしても分かるのはせいぜい、種族と性別だけである。
名前も、能力値もわからない。
わざわざ、対抗策を練る必要が無いのだ。
農道が公道へと合流する交差点。
まばらではあるが、それなりに車の通りがあるそこをUターンする。
と、ピタっと、ゴンスケが動かなくなった。
「疲れたか?」
俺が聞くと、俺の方へ向き直りたまにポンが甘えて来る時にするように頭を俺の腹へグリグリと押し付けてきた。
角が当たって痛い。
「抱っこは出来ねーぞ」
何しろ大型犬のデカさだ。
俺が言うと、相変わらず円な瞳を向けてくる。
そこには不満がやどっていた。
「せめて、手の平サイズならなぁ」
俺が言った時、自転車がほかの集落からこちらに向かってくるのが見えた。
「あ、テツじゃん」
ききぃっと、錆び付いたような、それともただ古いからなのかそんな金属音を響かせて自転車は止まった。
それは高校は違うものの、産まれた病院から始まり、保育園、小学校中学校と同級生だったダークエルフの男である。
「ん、久しぶり」
俺は適当にそう返して、いまだに俺の腹に風穴を開ける気かもしれないゴンスケに向き直る。
「うわ、すげぇドラゴンじゃん!
お前んとこの婆ちゃん山で取ってきたの?」
「ドラゴンじゃねーよ、トカゲだよ」
「いや、ドラゴンだろ。
ステータスの種族のところにドラゴンって書いてあるぞ」
コイツーーダークエルフのマサは処置をしているのでステータスが見えるのだ。
「それも、レア中のレア。ラノベとかだとSが沢山つく系。
現実だと星五つくらいつくレアな神龍だぞ」
「……マジ?」
俺はゴンスケを無理やり引き剥がして、マジマジとみる。
ゴンスケは、『お、やっと抱っこしてくれる気になったか』と期待に満ちた目で俺を見返してきた。
マサが続けた。
「まじまじ。あと雌だぞそいつ。なんだよ、ゴンスケって。
なに雄の名前つけてんの?」