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周囲は真っ暗だった。
俺は携帯の懐中電灯のアプリを起動させる。
非常灯の灯りが点々と非常口へと続いている。
「大丈夫ですか?!」
ルリシアお姫様と侍女さんへ声をかける。
誰もいなかった。
そういえば、隣にいた父の気配もない。
いや、誰の気配も無いのだ。
他にも従業員や、客がいたはずなのに、誰の気配もない。
暗くなる前、地震のような揺れと魔法の特大炸裂弾が爆発したような音が聞こえた気がするんだけど。
まさか、皆さっさと避難したとか?
「でも、父さんが俺を放置するなんて考えられないし」
うーん??
俺は首を傾げる。
携帯で電話をかけようとするが、圏外だった。
なんなんだ?
「貴方、あの男の子供でしょ?」
不思議がっていると、そんな、艶やかな声とともに灯りがついた。
ルリシアお姫様達が座っていた場所に、なんか牛みたいに乳がデカくて、エロい格好をした女の人が座っていた。
「…………だれ?」
「本当、憎らしい。あの男そっくり」
いや、ほんと、お姉さん誰?
「私から愛しい人を奪ったあの男に、本当にそっくり」
いや、だから誰だよ。
「だから。ね?
同じことをするって決めたの」
すみません、起承転結でもなんでもいいから、わかるように話してください。
独り言?
もしやこれは大きな独り言なのか?
メンヘラっぽいお姉さんだもんなぁ。
「あの男の大事なもの、その未来を奪ってやるって」
なんだろう、芝居かかってきたぞ。
面白いから動画撮るか。
「だから、奪ったのに。
一度は、復讐してやったのに。
それなのに、ねぇ、なんで?
アナタは奪われたでしょ?
ねぇ、そうでしょ?」
いや、同意を求められても返答に困るわ。
だから、お姉さん誰?
それと何の話だ?
「寒くないですか、その格好?」
動画を撮りながら、俺は試しに聞いてみた。
と、あからさまに不機嫌そうな顔を向けられる。
「その人を小馬鹿にしたような言動も、本当に不愉快。
だから、今度こそ終わらせてあげる。
この悪魔」
いや、見ず知らずの人にいきなり不愉快や悪魔呼ばわりされてもなぁ。
「まぁ、でも、これは復讐だから。恨むなら貴方の父親を恨みなさい」
パチン、とエロい格好をした女性が指を鳴らした。
と、景色が変わる。
景色が完全に変わる直前、耳元でエロい格好をした女性の声が囁いた。
ーーあぁ、でも、この言葉も二度目だったわねーー
誰と勘違いしてるんだろう?
***
「くぅるるる?」
「どうしたの? ゴンスケ??」
テツの母は、急にそわそわし出したゴンスケヘテレビから視線を外して、そう、声を掛けた。
餌はさっきやったし、散歩は朝早くにテツが終わらせている。
「うぅぐぅるる」
ゴンスケはしかし、そわそわしている。
テツの母がそちらを見た時、特徴的な音とともにテレビの上部に字幕でニュース速報が出た。
「ん?」
その速報を読み終わると同時に、画面が生中継の映像へと切り替わった。
映し出されたのは、今日息子と夫が食事会に招かれているホテルだった。
映像は空から撮影しているようだった。
テレビ画面の中では、黒煙が上がり、わらわらと建物から逃げ出してくる人達の姿が映し出されていた。
騒がしいレポーターの声が雑音混じりに届いてくる。
「二人とも大丈夫かしら?」
テツの母親が呟く横で、
「グゥルルルルアア!!!!」
一際大きく、鳴き声とも唸りともつかぬ叫びをゴンスケが上げる。
と、その体が眩い光に包まれた。
「おや、まぁ。
今回の脱皮は派手ねぇ」
午前の畑仕事を終えた祖母が、缶コーヒーを片手に現れて光に包まれているゴンスケを見ながらそう言った。




