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【運動服はいらないから、そちらで処分をお願いしたい】という先方の言葉に、ルリシアはこの上ない幸福感に満たされた。
つまりは、自分の裁量で扱って良いというわけだ。
「大切にしよう」
そう呟いて、綺麗に洗濯され、洗剤とお日様の匂いのする運動服を抱きしめる。
これは、彼女が彼を感じられる唯一のものだ。
出来ることなら、あの日のようにまた彼の逞しい腕に抱かれたい。抱きしめられたい。
でも、それは叶わない。
先方の言葉を伝えにきた、彼女付きの侍女はさらに伝言を伝える。
テツとウルクは彼女に会ってくれるようだ。
彼ら親子とは、ささやかな食事会を開くことで話はまとまった。
纏めたのは、ルリシアではなくお目付け役でもあるこの侍女だ。
乳母でもあるので、実質保護者のようなものである。
先日の件では、とても心配させてしまった。
だからこそ、何かをする時は彼女を通すことが、この留学中に義務化されてしまったが、仕方ない。
「ルリシア様。
ルリシア様を救った方々に、私も改めてお礼を言いたいので同席させていただきます」
「ええ、もちろんです」
「ただ、気になる情報が一つ」
「何かしら?」
「ルリシア様を介抱したという少年ですが、少し調査したところあまり素行がよろしくないようです」
「え?」
そこから侍女は、テツとその周辺の調査報告の結果をルリシアへ伝える。
「そんなの嘘です」
「ですが」
「あの方は、素晴らしい方です。
そのようなことをする筈がありません。
何かの間違いでしょう」
「本当に素晴らしい者なら、謹慎中にも関わらず冒険者として活動などしませんよ」
「でも、そのお陰で私は命を拾い、ここに居ます。
まさか、それまでも否定すると言うの?」
「そうではございません。
ただ、彼は庶民、貴女は次期女王。
立場が違います。
はっきり言いましょう。その少年は、ルリシア様には相応しくありません。
想い、焦がれるまでは自由です。
しかし、それが行動に出ては他の者達に示しがつきません。
たしかに、ルリシア様はその少年と少年の父親によって命を救われました。
ですが、それだけのことです。
そもそも、下の者が天上の存在であるルリシア様に尽くすのは当然です。
ルリシア様を助けた事実、それは変わりません。なので、私もお礼を言いましょう。
ですが、それ以上の交流はルリシア様が穢れるだけです」
「そんな言い方って」
侍女のいつもとは違う、厳しく差別的な言葉にルリシアは眉を寄せる。
「彼ら親子を、側近にするよう我儘を言ったそうですね?
ルリシア様、馬鹿なことは考えないでください。
そんな無理は通りません。
どんなに強かろうと、下賎な生まれでは貴族のように選ばれた存在には、遠く及ばないのですから」
たしかに、貴族の子弟に施される教育は一級品だ。
立ち居振る舞いから、騎士志望の者なら実戦訓練も積んでいる。
でも、それは所詮訓練であって、経験ではない。
「…………何故、そこまでテツさん達を嫌うの?」
彼女は、仮にだが、テツが訓練を受けた貴族の子弟と戦った場合、テツが勝つと信じていた。
「穢れているからですよ。身分を引いても、その少年は穢れているんです」
「何を根拠にそんなことを言うの?」
「その少年は、先天的に魔力が無いんです。
神に愛されることなく産まれてきた存在なのです」
侍女の言葉に、ルリシアは初めて戸惑った。
「そんなはず、ないわ。
だって」
「ルリシア様。
ここに、貴女様を助けた少年の診断書のコピーがあります。
特別に取り寄せました。
ぜひ確認を」
「だって、彼、ドラゴンを飼ってるのよ?
あの日、救急隊に引き渡されるまでの数分間、山の中を歩きながら、テツさんは私に話してくれた。
画像だって見せてくれた」
主人であり、未来の女王であり、誰よりも聡明な少女の言葉に今度は侍女が戸惑った。
しかし、侍女はそれを顔に出さずに否定した。
「冗談ですよ。それは、その少年の冗談に決まってます。
ルリシア様は、その時酷くショックを受けていました。
だからこそ、そんな会話で気を紛らわそうとしたんです。
無い知恵を絞った末の、気遣いです」
「でも、画像が」
「今の時代、インターネット上の画像を提示するくらい簡単でしょう。
もう一度言いますが、ルリシア様は担がれたんですよ」
本当にそうだろうか?
あの画像も、楽しそうに三毛猫のポンとドラゴンのゴンスケの話をしていた、彼の笑顔も優しさも嘘だったのだろうか?
「彼には、先天的に魔力がないのは事実です。
そんな彼がどうして、ドラゴンに好かれるというのですか。
ルリシア様もご存知でしょう?
本来、ドラゴンという存在はとても気高く、この地上で最強の存在です。
我が国の聖龍騎士ですら、駆るのは亜流種ばかり。
純粋なドラゴンを手懐けるなど、下々の存在には無理もいいところです」
ここまで侍女が、主人を助けた恩人を貶すのには訳がある。
侍女は、ルリシアがその恩人の少年に恋をしているのだと気づいたのだ。
それを危険視し、諦めさせるために敢えて選民思想の強い言動をとっている。
主人を助けてくれた、少年には少し悪いと思う。
しかし、見たことも会ったことすらない少年にはその程度の認識しかない。
ルリシアは今まで恋などしたことが無かった。
だからこそ、初恋の芽が小さいうちに摘み取らなければならない。
考えすぎだろうとは思う。
でも、実らない、未来のない関係はルリシアを苦しめるだろう。
「ルリシア様、護衛の話でもそうですが。
彼らでは、貴族と対等の身嗜みを整えることすら困難だろうと考えられます。
自分達とは違い、しっかりとした、それなりに費用のかかっている装備、そしてプライベート時の格好を見て、その差に落ち込んでしまうかもしれません」
二人には考えも及ばないことだが、ここにテツ達がいたらまず間違いなく『余計なお世話だ』とツッコミが入る所だろう。
「……………………」
ルリシアは何も言わず、ただ胸に抱いた彼との唯一の繋がりである運動服が入った袋をさらにきつく抱き締めた。




