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「へ?」
「いや、この前助けたお姫様がな、どうしても改めてお礼がしたいんだって。あと、お前のジャージも返したいらしい」
さらに翌日。
俺は父からそう切り出された。
「うーん、でも父さんは依頼報酬入ったし、俺も予想以上にお金稼げてるから別に。
あ、ジャージは要らないから勝手に処分してくれって言っといてくれればいいよ」
「それがなぁ、なんと言うか父さんの再就職のためにも会ってほしいというか」
なんだなんだ、いきなり。
「どゆこと?」
父の説明を要約すると、俺のゴタゴタのせいで父にまで嫌がらせなどで迷惑がかかっており、再就職がままならないのだという。それを何とかするために、俺からも逆にお姫様へ圧力のお願いをしてほしいということらしかった。
「うわぁ、そんなことになってたんだ。なんかごめん」
「いや、別に謝らなくてもいいけど。
で、どうする?」
「どうするって、なにが?」
「いや、父さんの再就職のために協力してくれるかなって」
「協力したいけど、かなり無理があると思う」
「え、なんで?」
「だって俺、土下座動画が拡散されてるし。
全部父さんがやったことにした方が説得力あると思うんだけど。
ほら機械殺しらしいじゃん?
その報酬はともかく、護衛の話も、そもそも俺学校あるから出来ないし」
あと根本的な問題として、俺何もしてないし。
あ、お姫様おんぶして運んだか。そういえば。
「そうだよなぁ。とりあえず、報酬は受け取る気はあるけど目立ちたくないってことでいいか?
それと、マシンじゃなくてマジンな」
「まぁ、厚意を無駄にはしたくないし。くれるって言うなら貰いたいけど、今どき貴族階級なんてネタでネットで買えたりするし。
あぁ、そうだ、ついでにジャージもいらないから返さなくていいというか、適当に捨ててくれって伝えて貰えるとありがたい」
「一国の王女、それも次代の女王様にお古のジャージの処分任せるって、結構度胸あるよな、お前。
でも、わかった。
そういうことで話を進める。あと、ネットのネタ階級と比べるなよ、こっちのは正式だぞ。
あ、そうだ最後にもう一つ」
「なに?」
「お姫様ーールリシア様に会うことに関してはどうなんだ?」
「硬っ苦しいのは苦手だから出来るなら顔を合わせずに済むならそれに越したことはないんだけどさ」
「それは、たぶん無理だな」
父の断言に俺は息を吐き出した。
拝謁だか謁見だかの席で、絶対無礼を働く自信がある。
絶対、重苦しい場で屁とかこくよ俺。
よし、とりあえずアレだ、すかしっぺの練習をしておこう。
音さえ出さなければ、きっと大丈夫なはずだ。
***
ほぼ毎日、あのネズミの父親は役所と職安に来るのだという。
蓄えがあるからか、まだまだ余裕そうだという報告を聞いた彼は苛立ちを隠せず、近くにあった物を適当に床へ投げつける。
さっさと一家そろって惨めに死ねば良いのに。
報告によると、ネズミの父親は冒険者ギルドにコネがあったらしく、それで食いつないでいるようだ。
早く死ねば良いのに。
あんなドブネズミ、存在しているだけで害悪だ。
あの謝罪会見から日が経った。
彼も、そして、彼が叶わぬ想いを寄せる彼女ーーアストリアも今はふつうに学校へ通っている。
しかし、アストリアからは軽蔑の目で見られ、挨拶すら許して貰えなくなった。
どうして、正しいことをした自分ばかりがこんな目に合わなけれならないのだ。
あのドブネズミさえいなければ。
そう考え続けた彼が、その一線を超える考えに行き着くのは、必然だった。
気に入らないものは、要らないものは捨てれば良いのだから。
ネズミは害獣だ。
害獣は要らないのだ。
そして、ネズミは悪質な病気を広げる。
だから、退治しなければいけない。
用意周到に準備して、そして、
「目障りな害獣は、退治してやる」
一人、自室で呟いた時。
――――クスクス
鈴を転がすような、少女の笑い声が聴こえた気がした。
キョロキョロと自分以外は誰もいないはずの部屋を見回す。
「あなた、面白いことを考えているわね?」
と、今度はハッキリと声が届いた。
ハッとする。
気づくと、彼はベッドの上にいた。
自分のベッドの上だ。
見知らぬ妖艶な女性越しに、毎日見ている天井が目に映ったからそうだとわかった。
「それに、彼のことを知ってるみたいだし。
ねぇ、お姉さんにもう少し詳しく教えてくれない?
そしたら、あなたの願いを叶えてあげる」
この女性は誰なのだろう?
そんな疑問すら、自分の中で溶けて消えてしまう。
ただ、あのネズミへの復讐心が膨れ上がる。
「いいえ、違うわね。
あなたに、願いを叶えるだけの力を貸してあげる」
甘く、優しく囁かれる。
復讐心とともに、ふわふわとした、夢心地の感覚に支配される。
「そうね、せっかくの手掛かりだし。特別にお膳立てもしてあげるわ」
夢の中に誘われつつある彼には、その女性の歪んだ笑みは見えていなかった。




