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床に引きずり倒され、服を破かれてしまう。
怖くて、痛くて、叫びたいのに声が出ない。
彼女に馬乗りになったのは、凶悪犯で有名な男達の一人だ。
首筋から胸へ男は舌を這わせる。
どうしてこんなことになったのか、彼女は屈辱と恐怖に耐えながら思い出す。
それは、現実逃避だった。
一国の王女たる彼女が心を壊さないための、現実逃避。
襲われたのだ。
お忍びで、留学中の国の街が見たい、そんな些細なわがままだった。
その情報がどこからか漏洩したわけではない。
襲撃は偶然だった。
彼女を乗せた車は高級車で、さらに見る人が見たら特殊な加工がされている車だとわかったはずだった。
並の盗賊だったらまず襲ってこない、そして万が一にも襲われたとしても、乗っている者を守ってくれる車だった。
しかし、現実は想定外の力量を持った盗賊に襲撃された。
そして、盗賊達は彼女の側仕えだった者と御者、精鋭であるはずの護衛、計三人を殺し、彼女の目の前でおぞましい行為を見せつけた。
そして、彼女もその行為を強要されている。
違いは死んだままか生きているかくらいだろうか。
盗賊は全部で三人。
一人は、この掘っ建て小屋へ彼女を連れてきて今まさに行為に及んでいる男。
残りの二人は、車に残ってあのおぞましい行為を続けるようなことを言っていた。
欲の捌け口にさえなれば、なんでも良いのだろう。
『すみませーん』
と、外から若い、すこし幼さが残る声が聴こえてきた。
まさにこれから、彼女自身も見たことはおろか触れたことすら無い場所を蹂躙されるところでの待った、だった。
『誰か、いませんか?
あれ?』
扉には鍵はかかっていなかったようで、声の主が不思議そうな声を出す。
そして、扉が開く音が彼女にも届いた。
「あ」
声の主が、驚きと戸惑いが混じったような声を出した。
「なんだ、ガキかよ」
盗賊は呟いて、すぐ側に置いておいた斧を手にし、彼女から離れると下半身はそのままに声の主へ襲いかかった。
「へ?」
声の主が、さらに間の抜けた声を漏らした。
「に、にげてーーーーっ!!」
彼女が咄嗟に大声を上げる。
しかし、遅かった。
咄嗟に体を起こした彼女は見た。
凶悪な斧が、声の主らしき少年へ振り下ろされるのを。
がっきん!
世にも不思議な音がして、彼女は目を点にする。
本来なら、斧が少年の脳天を叩き割っているはずだった。
そして、少年の頭の中身がぶちまけられ、凄惨な光景が広がるはずだった。
「…………へ?」
「え?」
盗賊の男と、少し遅れて彼女も間の抜けた声を出した。
そのすぐ脇には、折れた斧が落ちている。
「?」
彼女とそう歳の変わらない、斧を振り下ろされた少年も、不思議そうな顔をしている。
なんとも言えない沈黙が流れる。
その一瞬の沈黙の間に、少年は盗賊の男と奥にいたあられもない格好の彼女を交互に見る。
そして、
「はい、おじさんちょっとどいてねー」
なんて言いながら、盗賊の男に足払いをかける。
大の男がそれだけでひっくり返った。
ひっくり返った男のムコウズネを両方とも、少年は蹴りつけた。
盗賊の男が痛みでのたうち回る。
しかし、それに構わず、少年は上着のポケットから携帯端末を取り出すと、電話をかけはじめる。
よく見ると、少年はそこそこ大きなカバンを背負っている。
すぐに相手が出たようだ。
「あ、父さん?
うん、手配書のリーダー見つけた。
で、なんか女の子もいるみたい、うん、うん、わかった」
少年が電話を切ると、少年が安心させるような笑顔を浮かべて彼女へ声を掛けてきた。
「ちょっと失礼するよ」
なんて言って、彼女に触れてくる。
いまだ呆然としている彼女はされるがままである。
少年は、そのまま軽々と彼女を抱き抱える。
と、盗賊の男が痛みから復活した。
「んの、糞ガキがァァ嗚呼!!」
盗賊の男が殴りかかってくるが、それをひょいと躱して少年は小屋を出た。
小屋の外に出ると、少年と顔立ちが似た三十代から四十代ほどの男とすれ違う。
その手には、刀剣。
東の果てにある島国で独自の進化を遂げた、刀と呼ばれる武器だ。
「お、無事だな。
後ろは振り返るなよ?」
「わかってるよ、父さん」
少年と刀を持った男のやり取りに、彼女は、彼らが親子なのだと知る。
父親の言葉のまま、少年は振り返らずにそのままゆっくりと歩いてその場を遠ざかる。
しかし、彼女はつい見てしまった。
入れ替わりで現れた、少年の父親によって盗賊の男の首が宙に舞うのを。
少し離れた場所で、少年は彼女を降ろすとカバンからレジャーシートを取り出し広げる。
そこに彼女を座らせる。
「怪我はある?」
「…………ふっ、うぅ」
ふるふると、彼女は首を横に振りながら泣き出してしまった。
「大丈夫、もう、大丈夫だから」
言いながら、少年はカバンからひざ掛け用らしき少し小さめの毛布を取り出すと彼女に掛けた。
次に、水筒を取り出して備え付けのカップに中身を注いで、さらに別の小瓶からアルコールを少し垂らして渡す。
カップからは湯気が立っていた。
「温かいものを飲むと落ち着くよ」
しゃくりあげながら、彼女はそれを受け取り一口、口に含んだ。
「あ、ありあとう、こらいます」
泣きすぎて、呂律の回らない口調で彼女がお礼を言った。
そんな彼女に、彼はカバンから次々と清潔そうな布やら水の入ったペットボトルやら、運動服のようなものを出しながら返す。
「気にしなくていいよ。
念のためにジャージの替え持ってきといて正解だった。
落ち着いたら、これ汚れを落とすのに使って、そしたらこっちのジャージに着替えてね、あ、ちゃんと後ろ向くから安心して」
「ずび、は、はひ」
ちびちびと、カップの中身を飲んでいると血まみれの父親がやって来た。
なるべく、彼女を見ないようにして父親は少年へどこかへ電話をかけるよう指示を出していた。




