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その日、道路の片隅に捨てられていたコンビニのビニール袋を見つけた。
別にポイ捨てなんて、珍しいことじゃない。
地域のボランティアの人達が、清掃してくれるだろう。
わざわざ、俺が自分の家に持って帰って捨てる気力とかは無く。
そして、そこまで人が良いわけでもない俺が、そのビニールに近づいたのは、口を縛られ、本来はゴミしか入っていないはずのそれがゴソゴソと動いていたからだ。
この件に関して、隣の家の婆さんからある話を聞いていた俺は、まさかな、と思いながらビニールの口を開いた。
つぶらな瞳が、俺のことを見上げてきた。
「きゃうっ!」
俺を見ながら、それは、一声鳴いた。
「猫じゃなかった」
隣家の婆さんに先日聞いた話は、ゴミ捨て場で子猫の声がするので興味本位でその姿を探したら、なんと生きたまま生ゴミとして捨てられていた、というものだった。
飼うほどの責任は負えるかというと、正直自信はない。
でも見過ごすほど冷徹でもない俺は、その話を思い出し、こうして理不尽に前の飼い主が捨てたらしい、その生き物を助けることができた。
しかし、それは子猫なんぞという可愛らしいものではなく、爬虫類ーートカゲだった。
学生ではあったものの、トカゲだったら昔金魚を飼っていた時に使っていた水槽で面倒を見れるかなと思ったのだ。
「えー、トカゲ? こういう場合ふつう猫とか犬でしょ」
帰宅し我が家を支配する魔王たる母上殿に、一応話を通すとそんなことを言われてしまった。
「でも、蛇じゃない?
足ないじゃないのよ」
「ここにあるよ、ほら」
「きゃううるるぅ!」
俺は言いながら、ビニールから拾ったトカゲを取り出して腹を母に見せた。
そこには申し訳程度に足が前後合わせて四つくっついていた。
どうでもいいけど、トカゲって鳴くんだな。
「毒持ちじゃないの?」
母はトカゲが鳴くことは特に気にせずに、そう疑問を口にした。
「軽く調べたけど、この種類は毒持ってないって」
「でも、トカゲの餌ってたしか虫でしょう?
誰が餌やると思ってるの?」
「俺だけど。
でも、野菜とかでも良いみたいだし、もし何らかの事情で俺が餌やりできなかったら、母さんに頼むかもだけど、そしたら野菜上げればいいだけだし」
そんな緩いやり取りのあと、我が家のペットとしての先輩である三毛猫、ポンにじゃれ殺されてしまわないよう、俺は急いでネットの情報を参考に、保護したトカゲーーゴンスケの住処を用意したのだった。
その翌日。
ゴンスケ氏、脱走を試みてポンの口の中でぐったりしている所を祖父に発見される。
その祖父にあやうく丸焼きにされる所で、俺が保護した。
「じいちゃん、コレは俺のペットだから食べないでくれよ」
「ぎゃぅるるるる~」
ゴンスケは、俺の手の中で力のない鳴き声を漏らす。
うちの祖父は亜人と人間のハーフである。
ちなみに、亜人の血が勝ったのか立派なオークである。
そんなオークの祖父とオーガの祖母の間に生まれたのが、どこからどう見ても人間な、そして十人並な容姿の父である。
ちなみに、その父の嫁であり我が家の魔王たる母には嘘かホントか天使の血が流れてるらしい。
母方の祖母が天使で、祖父は魔族らしい。
らしい、というのは俺はその母方の祖父母に会ったことがないからだ。
母曰く、禁断の恋で駆け落ちした祖父母はその後、母をもうけ、その母には厳格な教育を施していたらしいが、父と出会って恋に落ちた。しかし母は結婚を反対されたため、今までの鬱屈した諸々の生活のこともあり、父と駆け落ちしたのだ。
遺伝の神秘だよね。
その後、なんやかんやあって父方の祖父母と同居するに至ったらしい。
絶縁状態なのか、それとも母方の祖父母はすでに亡くなっているのかわからないが、とにかく現在交流は無いのである。
ちなみに、そんな混血しまくっている俺だが、十人並な父の血が濃かったらしい。
平々凡々な容姿の人間である。
「なんだ、おやつかと思った」
百歩譲って、ポンのおやつなのはわかるが、飼い猫のおやつを横取りするなよ。
「ちゃんと名前書いとけ」
いや、筆記具じゃないんだから。
そうしてゴンスケの様子を確かめる。
意外なことに怪我はしていないようだ。
足元にきたポンが、憎らしいくらい誇らしげに俺を見つめてくる。
脱走兵を捕まえてやったぜ、ほら褒めろ。
今すぐ褒めろ。
なんなら、モフらせてやるぞと言いたげである。
仕方ないので、今日は久しぶりに捨てる歯ブラシでブラッシングである。
とりあえず、ゴンスケ氏は水槽で安静にさせて、様子見だ。
怪我はないし、単に疲れてるように見えるし、何より近所の動物病院が午後からしか今日は開いていないのだ。
しかし、心配は要らなかったようだ。
数分後には水槽の中で元気に動き始めた。
と、ポンを構っている俺をゴンスケ氏は水槽越しに見つめてくる。
そして、何をするかと思えば、水槽の側面に張り付いてヨタヨタと空気穴以外はぴっちりと閉まっている天井ーー蓋の手前までよじ登る。
何をするのかと俺が見ている先で、ゴンスケ氏はその尻尾を人間の手に変化させて内側から蓋をこじ開けたのだった。
いや、こじ開けたと言うと語弊がある。
押し開けたのだ。
なるほど、お前こうやって脱走したのか。器用だな。
というか、最近のトカゲって魔法使えるのかすげぇなぁ。
品種改良とかそんなんで使える奴がいるんだな。
俺が感心していると、水槽から顔を出してゴンスケ氏はこちらを凝視してきた。
すぐ逃げるかと思ったが、そんな素振りがない。
ポンを警戒しているのだろうか?
と、そのポンが気だるそうに、もう歳なのでしゃがれた声でみゃーと鳴くと、恐る恐るという感じで、ゴンスケがこちらに近づいてきた。
猫の言葉がわかるのだろうか?
また、ポンが鳴いた。
すると、ポンの頭に器用に乗って動きを止めた。
「きゃうっ!」
また鳴いた。
そして、ちらり、とゴンスケ氏は俺を見た。
しかし、それは一瞬でゴンスケ氏はポンの頭の上で寝始めたのだった。
「なんなんだ?」




