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さて、遊びに来てくれたは良いもののどうするかなぁ。
事前にサクラや、ルリから聞かされてたようになにか悩んでる素振りはあるみたいだし。
原因が俺だとして、でも原因の内容がわからないまま謝るのは、なんて言うか違うよなぁ。
お土産は喜んでくれたけど、でも、やっぱり心から嬉しい感じはしないし。
うーん、下手に話題にだして気不味くなるのは避けたいし。
とりあえず、まずはご飯かな。
「それじゃ、お昼だし。動くのは食べてからにしよっか。
何食べる?」
「へっ?!」
「なにか食べたいものとかある?」
聞いてしまった後に気づく。
そう言えば、アストリアさんお嬢様だった。
高級料理の名前が出ないか、と内心ヒヤヒヤしながら返答を待つ。
アストリアさんは、少し顔を赤らめモジモジと指を擦り合わせながら、返してきた。
「そ、その、あの」
「うん」
「さ、サクラちゃんに聞いたんですけど、あ、あとあと、その時のカラオケで食べたんですけど」
「うん」
「は、ハンバーガーとフライドポテトが、その、食べたいです」
よ、良かったぁぁあああ!
平凡!
実に平凡なチョイス!!
「よし、じゃあどこで食べる?」
「?」
「ハンバーガーとフライドポテトってファミレスでも出してるし、喫茶店にもあるし、どこでも食べられるんだけど。
駅中の店ならクーポンあるけど」
「あ、えとえと、テツ君が決めてほしいな。
私、よく知らないから」
「じゃ、クーポンあるし駅中の店にしよっか」
俺は、こっち、と先に歩き出す。
「う、うん!」
アストリアさんがそれに続こうとして、途中の段差に気づかず転びそうになる。
「おっと、大丈夫?」
俺は腕を伸ばしてそれを支える。
「あ、は、ははは、はい!」
見れば、アストリアさんは少しヒールの高い靴を履いている。
服装も、以前食事のマナーを教わりに彼女の家に行った時のようなラフなものではなく、肩を出すタイプの服装だった。
ただ袖の方はすこしヒラヒラした、なんというかゆったりした服である。
髪型も、いつもは下ろしているのに今日は高い位置に結わえ、赤を基調とした布に金糸の入ったリボンで束ねられていた。
そう言えば、レイも旅行中にヘアゴムをリボンに変えたりしてたな。
アイツのはヘアゴムにも、そしてリボンにも金糸が編み込まれてたっけ。
魔法の術式だとか自慢してたような、あれ?
これエステルから聞いたんだったか?
まぁ、さすがにアストリアさんのリボンに編み込んであるのはただの金色の糸で、術式などではなかった。
「俺、足早かったかな。手、繋ごっか」
よく姉には、こうして拘束されていたし、歩幅を合わせるのにはこっちの方が良いだろうと考えた。
俺はこっちの方が慣れてるし。
「うえっ!?」
「?」
「あ、あの、その」
あー、やっぱり抵抗あるか。
そりゃ、そうだもんな。
友達になったけれど、この子ゴンスケ目的だったし。
小学校の頃、よく言われたもんなぁ。
魔力ゼロが移るって。
俺は出した手を引っ込める。
「ごめん。図々しかった」
「あ」
俺が謝ると、何故かアストリアさんの方が泣きそうな顔になった。
「ち、ちがうの! そうじゃなくて!
ごめんなさい。私、こういうの初めてで、どうしていいか分からなくて」
「そっか。うん、俺も姉ちゃんやマサ以外だとこうして遊びに来るの初めてに近いから、同じだ」
「え、そうなの?
そのサクラちゃんとは遊びに行ったって聞いたけど。
あと、リーチ君やツカサ君とは遊んだりしないの?」
「サクラの時は現地集合だったし、リーチとツカサとは、あ、言われてみればこうして外に出て遊んだことなかったな」
リーチ達とは、何回か家に遊びに行ってゲームして、持ち寄ったお菓子とジュースを貪り食うだけだった。
マサとは、高校入学から謹慎食らう前までは疎遠だったものの、またなんだかんだ連んでいるし、さすがに遠いからこんな都心にまで遊びには来ないけれど、近場ならカラオケにもゲーセンにも一緒に行くことがある。
「そうなんだ」
「ま、立ち話もなんだし。店、行こっか」
そうして、俺は彼女を、初めて食べるというハンバーガーショップへと案内した。
手は繋がなかったものの、また転んで今度こそ怪我されても大変なので、なるべく彼女の歩幅に合わせるように注意しながら歩いた。
そのあいだも、俺はそれとなくアストリアさんの顔色を伺った。
やはり表情が暗い。
それに、時折視線を寄越していて、俺と目があった。
その度に、何かを言おうとして、でもやめるというのを繰り返しているように感じた。
やはり、こちらから尋ねるべきだろうか。
そうこうしているうちに、店についた。
ちょうど昼のピークだからか、店は混雑していた。
「席は、空いてないか」
「あの、いつもマサ君? と遊ぶときはこういう時どうしてるの?」
「うん? マサの時は店混んでるとその辺ぶらついたり、駄弁ったりして時間潰して、空いてる時間に出直すかな」
「……そうなんだ」
「アストリアさん、あのさ、この際だから聞いてもいい?」
「なぁに?」
「元気ないみたいだけど、もしかして体調悪い?」
「ええっ!? ち、ちがうよ、そういうんじゃないよ!!」
「そう? なら良かった」
俺が言うと、アストリアさんはどこか泣くのを我慢しているような表情を浮かべる。
そして、一度俯いて、やがて勢いよく顔を上げたかと思うと俺の手をいきなり握って、店を出てしまった。
そして、人けがまったくない非常口とトイレがある場所までやってくると、さらに強く俺の手を握る、その白く細い手に力を込めた。
「アストリアさん、どうしたの?」
「………なさい」
彼女がなにか呟くように、か細い声で言った。
「ごめんなさい」
もう一度、今度はハッキリ聞こえた。
その彼女の手は、震えていた。
そして、俺を見つめる彼女の、あの綺麗な桜色の瞳には涙が溢れ、こぼれ落ちた。
俺は、訳が分からなかった。
だから、条件反射のように彼女の背中をさすった。
落ち着かせるように、やさしくさすった。
「大丈夫、大丈夫だから。
アストリアさん、どうしたの?
アストリアさんが、俺に謝ることなんてないでしょ?」
アストリアさんは、俺の言葉にまるで小さな子がイヤイヤをするように首を振った。
それとなく、彼女の護衛さんたちがいる方を見たら、こちらに来る気は無いようで、話を聞いてやってくれとでも言いたげな視線を寄越してきた。
「テツ君、ごめんなさい、ごめんなさい」
気が昂っているのか、アストリアさんはごめんなさいを繰り返す。
仕方ないので、最近はゴンスケやドンベエが人間バージョンになって駄々を捏ねた時にするように、そして、あとで引っぱたかれようと覚悟を決めて彼女を抱き寄せ、その背中をポンポンと叩き、また擦りながら落ち着かせることに努めた。
「大丈夫、大丈夫だから」
とりあえず、落ち着こう?
そう声をかけた時、
「おいエステル、こっちにあんじゃん、トイレ」
「あ、ほんとだ、じゃあちょっくら行ってくるから。
荷物よろ、大愚」
「おう、ここで待ってる」
という、もうほんと少し前まで嫌でも聞いていた、聞き覚えのありすぎる声が届いた。
そして、明らかにこちらに近づいてくる足音と、護衛さん達の慌てふためく気配。
あー、うーん、どうしたものかな。
「あ」
そんな、エステルの声が近くで聞こえた。
俺は、アストリアさんの背を擦りながら、そちらを見た。
ピンクゴリラこと、想像通りの人物が、いた。
俺を、と言うよりは、俺とアストリアさんをきょとんと見つめていた。