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夏休み最終日。
エンドレスループでもしねーかなと、毎年毎年考える今日この頃。
ショルダーバッグの中には財布。それとは別にアストリアさんに渡す中央大陸で買ったお菓子の詰め合わせの入った紙袋を確認する。
「それじゃあ、行ってきます」
早朝、俺は玄関でそう言ってから家を出ようとしたが、
「きゅうるるぅい? きゅうい、きゅきゅうい」
トコトコと、そんな鳴き声を上げながら、どうやら居間でポンと寝ていたらしいドンベエがやってきた。
小さなコウモリのような翼を広げて、何かを訴えている。
「どうした?」
「きゅうるるる……」
さらにドンベエはトコトコと俺に近づき、後ろ足を立てて前足で俺のズボンにすがりついてきた。
やけに甘えてくるな。
「きゅるるる」
また鳴いて、今度はそのまま頭を擦り付けてくる。
「お前も遊び行きたいのか?」
「?」
今度はきょとんとした顔を向けてくる。
違うよ、と言いたげにズボンの裾を加えて、台所へ引っ張って行こうとする。
「腹減ったのか?」
そう言うと、今度は正解だったようで、ピンっと尻尾を立てて、さらに翼も広げてみせた。
「きゅうるる!」
仕方ないので、靴を脱いで台所まで行き片付けてあったキャットフードを取り出すと、餌皿へ入れる。
ドンベエはそれを夢中になって食べ始めた。
さて行くか、と再び玄関に向かおうとすると今度は起きてきたドラゴン姿のゴンスケに、不思議そうな顔をされる。
こんな早くに出かけるのが珍しいのだろう。
ましてや、服がクエスト用の汚れてもいい服装ではないから、どこに行くんだ? という顔をされた。
「ゴンスケ、ドンベエの分のご飯とるなよ」
そう言って靴を履こうと、ゴンスケの横を通り過ぎようとしたが、ゴンスケの尻尾に妨害されてしまう。
「なんだよ」
「グゥルル」
唸られてしまった。
「帰ってきたら遊んでやるから、意地悪はやめろ」
ダンっ!
と、ゴンスケの尻尾が廊下に叩きつけられた。
「ぎゃうっ!」
通さない、と言っているようだ。
「ゴンスケ、尻尾をどけろ」
「ぎゃうっ!」
プイッと他所をむいて、ゴンスケは尻尾を高速で廊下に叩きつけ始める。
ダンっ! ダダんっ!
ダダダダダンっ!
ダンダダんっ!
「なに、お前も遊び行きたいのか?」
「グゥルル」
また唸った。
違うようだ。
俺を遊びに行かせたくないらしい。
「ゴンスケっ! めっ! 尻尾を叩きつけない!」
古い家なので、尻尾を叩きつけるごとにまるで地震のようにミシミシと揺れている。
しかし、ゴンスケは尻尾を止める気は無いようだ。
すると、ゴンスケの背後から近寄る影に気づいた。
オーガなので当たり前なのだが、その顔をさらに悪鬼のようにした祖母がゆらり、とゴンスケの背後に立ったのだ。
どうやら畑から帰ってきたようだ。
いつもは台所脇の勝手口から入ってくるのに、今日は珍しく玄関から入ってきた。
祖母は、その存在に気づかずに尻尾を叩きつけるのをやめないゴンスケの頭に、ゲンコツをはなった。
がんっ!
「家が壊れるだろ! このぽんこつドラゴン!!」
「ぎゃうるるるる~」
尻尾を止めて、体を丸めてゴンスケは痛がる。
「ほら言わんこっちゃない。それじゃ、行ってきます。
ゴンスケは反省しとけよ」
「ぐぅ、ぎゃうるる」
しょんぼりするゴンスケの横を通って、俺は玄関に向かう。
祖母が、
「はい、行ってらっしゃい」
そう言った。
俺は軽く手を振って、靴を履き、紙袋を手に家を出た。
それから自転車に跨り、一番近くの駅へ向かう。
片道三十分かけ、自転車を漕いでバス停に向かう。
さらに目的地である都心内の駅まで、いつも使っているバスで向かう。
学校までは五十分だが、駅はさらに遠いのでプラス四十分、一時間半ほどかかる。
そうしてたどり着いたのは、俺の通う学校がある都心部というか王都。
そこそこデカい駅の一つだった。
近くのコンビニに寄って、おにぎりを買って近くの公園でもそもそと食べる。
そうして食べ終えると、今度は時間を潰すために近くを散歩する。
なにしろ、待ち合わせ時間は午後零時だ。
今は午前八時をまわったばかりである。
こういう時、ほんと田舎から出てくるのはキツいと思う。
散歩をしていると、インターネットカフェを見つけたので、そこで残りの時間を潰すことにする。
漫画を読んで、飲み放題のジュースを堪能し、気づけば午前十一時を過ぎていたので、インターネットカフェを出た。
そして、俺は駅の中にある本屋へ向かった。
「あ、ご、ごめんなさいっ! 遅くなって」
駅中の本屋の前。設置されているベンチに座って、集合時間より早く来た俺は並んでいた文庫本の新刊を買って読んで時間を潰していた。
そんな俺に、女の子が声をかけてきた。
アストリアさんである。
俺は、持参していた黒のショルダーバッグにその文庫本を突っ込むと立ち上がって返した。
それとなく携帯端末で時間を確認すれば、待ち合わせ時間の五分前だった。
「いや、全然おそくないよ。
むしろ早いくらいだから。
それより、今日はありがとうアストリアさん」
「あ、ううん、こっちこそ誘ってくれてありがとう」
「…………」
「なぁに?」
「うーん、もしかして忙しかった?」
「な、なんでっ?」
俺は、アストリアさんを見る。
化粧で隠しているものの、目の下にはクマがある。
目も、いつもの桜色ではなく少し充血しているように見えた。
寝不足だろうか。
俺はそれとなく、彼女の背後に視線をやる。
少し離れた場所で私服で佇む、二人の男女がいた。
何も知らないと雑談しているカップルに見えるが、護衛さん達だ。
俺は軽くそちらに頭を下げる。
すると、向こうも軽く手を振ってくれた。
アストリアさんがそれに気づいて、
「あ、あの、今日はね。少し離れてくれてるの。
二人だけでなるべく遊んでほしいって」
どうやら、気遣いされてるようだ。
なんか、すみません。ありがとうございます。
「そうなんだ。
じゃあ、これ、忘れないうちに渡しておくよ。
皆さんで食べてね」
そう言って、アストリアさんにお菓子の詰め合わせの箱が二つ入った紙袋を渡す。
アストリアさんは紙袋の中を確認すると、もうひとつ紙袋があることに気づいた。
「ありがとう。コレは? 一つだけ小さいね」
「あ、それもお土産。髪留めなんだけど。良かったら使ってね」
お菓子だけだとアレかなぁと思って、実用的な土産も買ったのだ。
要らない、と言われたら姉にでもあげようと思っていたのだが、アストリアさんは興味を示してくれたようで、
「ありがとう! 開けてもいい?」
「どうぞ」
ちなみに、ツカサとリーチ、あとマサにはキーホルダーを買ってきた。
マサは厨二臭いデザインが好きなので、悪趣味な髑髏のデザインのキーホルダーを渡したのだが喜んでいた。
ツカサとリーチには学校が始まってから渡す予定だ。
「……綺麗」
髪留めを手に取って、アストリアさんは呟いた。
良かった。気に入ってもらえたようだ。
さすがエステル、変人でピンクゴリラでも元貴族令嬢なだけはある。
その髪留めは、ヘアピンとは違い、もう少し多めの髪を束ねたりするときに使われるものらしい。
まるで鳥の嘴のようなそれには、全体的に白のカラーリングがされており、小さなアストリアさんの瞳と同じ色の石が花びらのように散らしてデザインされていた。
「これ、宝石だよね? いいの? 豪華すぎない?」
さすが、良いとこのお嬢さんだ。
気づいたか。
「あー、うん、宝石は宝石なんだけどクズ石、つまり宝石店には並べられない安物らしいんだ。
でも捨てるのも勿体ないからって加工したやつらしいよ
だから、値段も高くなかったから気にしないでくれるとうれしいなぁ、と」
正確には、あまり突っつかないでもらえると有難い。
そのために値札もとってもらったんだし。
姉あたりは、きっとなんだかんだ言って来るだろうし。
「あ、ありがとう。大事にするね」
「うん、そうしてもらえるとうれしいなぁ」
思った以上に喜んでもらえたようで良かった。
しかし、それをもう一度紙袋に戻して嵩張るからと護衛さん達に預かってもらいに行く時、少しだけアストリアさんの顔が曇ったのが気になった。