114
***
男は、画面に映し出された少年を見ていた。
懐かしい顔だった。
情報通り、男の知るあの子供が成長した少年だった。
他の子供と違い、あと少しで人形にならなかった子供だ。
面影は残しつつも、少しずつ薄くなっていった感情が戻っているのがわかった。
子供――テツ・アキレアの価値があの頃にわかっていたら、何がなんでも手元に置いておいたのに、と後悔しない日はなかった。
男は十年ほど前、魔力ゼロの子供だけを集めた施設で、テツの担当をしていた職員だった。
あの日。彼の所属していた研究施設が、それまで行っていた研究が明るみに出て解体、閉鎖されることが決まった時。
優秀だと判断した子供たちは、少ないながらなんとか確保することが出来た。
テツはその中に入っていなかった。
当時は、本当にただの魔力ゼロの子供でしかなかった。
人形になり損ねた、そして人間未満の、他の子どもたちの中でもとくに劣っていた子供だった。
そのまま親元に返したとしても、人間から堕ちてそれでも人形になりきれなかったもの達に待つのは、環境への適応障害と苦痛と死だ。
実際、テツと同期の子供達で、親元に返された者のほとんどは自ら死を選んでいた。
残された子供も、やはりテツ以外は精神疾患があるとして病院で暮らしている。
それなのに、テツだけは普通に学校に通い、義務教育を終えて高校にまで進学していた。
その精神的な強さも気にはなったが、男が改めてテツの存在を知った時。
その価値を知ったとき。
ただただ悔しかった。
惜しいと思った。
そして、欲しいとも思った。
いまだ誰も到達できていないとされる、完璧な死者蘇生の完成例。
手元に置いて、今度は絶対に手放すことなくあの体を隅々まで調べあげたい、と思った。
奇跡が、彼の体には宿っている。
精神的には落ちなかったとはいえ、テツは施設でのことを忘れている訳では無いだろう、と男は思っていた。
トラウマになっているだろう、と。
だから、この世界に隔離している成功例の子供達を使って、かつての頃のテツなら泣いていたであろう言葉を投げかけた。
心が傾くだろう言葉を、従うだろう言葉を投げかけた。
しかし、それは結局、無駄に終わった。
男は、指でそっと画面を撫でた。
そこには、実姉である女と会話しながら、いけ好かないあの神がいる塔へ向かっていた。
あそこは、すでに男の領域ではなく神の領域だ。
だから、手出しは出来ない。
「今は我慢するさ、テサウルス・アキレア。
お前は俺のことを忘れてるかもしれないがな。
でも、お前を手に入れるのは、俺だ」
今更だとか、そんなこと欠片も考えず、かつて研究施設の職員であり、また責任者でもあった男はそう呟いた。
そして、【欲しいものを手に入れる】という目的。
そのために、それを確実にするためにやるべき事は山ほどある。
中でも最優先事項は、テツ、というよりもその父親であるウルクを憎んでるあの女だ。
魔族の、サキュバスの女。
あの女をなんとかしなければ、余計な邪魔が入りかねない。
男は、そのサキュバスの女とは面識は無かったが、存在は知っていた。
かつて、テツが彼の管理下に置かれた時に、その家族構成の情報も一緒に入ってきた。
父親の名前に見覚えがあり、調べてみたらかつての英雄だった。
さらに、男はこんな実験をしているものだから、裏の世界の事情にも通じていた。
テツの存在、その価値を知ることになった切っ掛け。
どこぞの宿泊施設が反社会的勢力によって占拠された事件。
ちょっと前に起こったその事件、表向きには留学中の隣国の王女を狙ったものだとされている、あの事件。
裏の世界では、その計画を事前に知ったサキュバスが便乗し、どさくさに紛れてウルク、というよりもその息子にちょっかいをだしたことは知れ渡っていた。
結局、ドラゴンが突っ込んでくるという想定外のことが起こって、テロリスト側からしても、サキュバスからしても失敗に終わったあの事件。
しかし、その一件のお陰で元職員であるこの男はテツの現在と、その価値を知ることができた。
サキュバスはテツを自分の手を汚すことなく殺したがっている。
その目的を完遂させるわけにはいかなかった。
テツの価値が確定した今となっては、テツが殺されるようなことはあってはならないからだ。
「そう、また檻に繋いで飼ってやるよ。
愛しい愛しい、俺の失敗作」