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昨日のシャワー責めのことを話したら、リーチに爆笑された。
ツカサはどちらかと言うと苦笑いだった。
その二人はいつも通りだったのだが、他のクラスメイト達は遠巻きに、俺のことを見ている。
「ところでさー、なぁんか教室の空気変じゃね?」
俺が聞けば、ツカサが呆れたように言ってくる。
「当たり前だよ。テツ、昨日話しかけてきた女子生徒、あれ誰かホントに知らないの?」
「リーチが財閥の令嬢とか言ってたな。
そんな特進クラスのことまで知るか。
学年が同じでも、クラス違うと顔なんて覚えないだろ」
「…………入学式の時、代表で挨拶してたのに」
「へぇ、そうだったっけ?」
「…………そうだったんだよ。
あの子は、ローランド公爵家の娘だよ。令嬢だよ、令嬢。
母親は降嫁した元王族だし。
めちゃくちゃ血筋の良い、お姫様だよ」
「おー、めっちゃお嬢様じゃん。それがなんでこんな一般高校にいるんだ?」
「いや、たしかに僕達は総合学科だけど、元々この学校は貴族のために作られた学校だからね。
特進クラスは貴族ばかりだよ。まさか貴族教室、とか、貴族学級なんて呼べないから特進クラスって呼ばれてるだけで」
「………え、ここ名門だったの?」
「ごめん、僕、なんでテツがここを受けたのかすごい不思議なんだけど」
「なんでって。
もともと受けようと思ってた家政科がある学校が無くなったから。
もう一つ家政科のある学校は、いろんな人からお前は馬鹿だから無理って言われて、農業高校かここかってなって。
生活態度だけは良かったから校内推薦が取れて、推薦でここ受験したら受かった」
「マジか」
リーチが驚いている。
「うーん、たしかに普通科呼称なだけで、そもそも、ここ総合学科ではあるから色んな勉強するならわからなくはないけど」
「たしかに、お前、家政科系の授業取ってたよな」
「あと、現代文と古文も。基本文系?」
「まぁ、一番わかりやすいし」
「歴史も好きだよなぁ」
「まぁ、それなりに」
と、いつもの様に他愛のない話をしていたら。
「ねね?
なんの話してるの? ドラゴン?
もしかしなくてもドラゴンの話?」
また、現れたよ。
「えーっと、ローランドさん?」
「アストリアで、いいよ」
財閥令嬢で王族の血が入っている、アストリア・ローランドさんは、笑顔で言ってくる。
「アストリアさん、様の方が良い?」
「みんな『さん』付けで呼ぶから良いよー。
んーでも、呼び捨ても憧れてるんだよね。
ここは、クラスこそ分けられてるけど平等を謳ってるわけだし」
「…………それ、本気で言ってる?」
俺はそれとなく、教室を見ながら返した。
屈託のない笑顔が返ってくる。
「だってドラゴンの話なんてそうそう出来ないし。
友達なら砕けた口調の方が接しやすいし」
「…………そう。
ドラゴン好きなの?」
この子、わかってないんだろうなぁ。
「うん! ドラゴンだけじゃなくて犬も好きだし。猫も、ハムスターも金魚も好きだよ。でもウチは生き物飼えないんだ。
お母様と弟がアレルギー持ちだから」
「なるほど」
「ね、また、画像見せて」
あー、そういうことか。
リーチとツカサは、口を挟むタイミングを伺ってるようで黙ったままだ。
「良いけど、あ、そうだ何ならアドレス教えてくれると助かる。
送ったほうが手間が無いし」
「え?」
「ん?」
俺とアストリアさんの視線がかち合う。
「SNSやってたりするなら、むしろそっちの方に送った方が良いか?」
連絡先を教えたくない心理だろうか。
一応、雲の上の存在だしなぁ。
それを踏まえて提案すると、とても驚かれた。
そういえば、こういうお嬢様ってSNSとかすんのかな?
「あ、あ、け、携帯だね!
ある、あるよ!」
メールアドレスと電話機能とは別の通信アプリの方の連絡先も交換する。
「よし、登録完了。
ツカサもどうせなら交換すれば?
お前ん家、魚飼ってるだろ」
「うえっ?!」
いきなり話を振られたからか、物凄く驚いた反応が返ってくる。
どうせ、画像を送るだけだ。
まぁ、そりゃ、気後れするよなぁ。
公爵令嬢だしなぁ。
それに、どうせ今だけだろうし。
長くても三年生までの関係だ。
「そうなの?」
「あ、その、熱帯魚を」
「どんな魚がいるの?」
ツカサが困ったように、俺に視線を送ってくる。
「お、あった。コレだよ。ツカサん家で飼ってるの」
俺はちょっと前に遊びに行った時撮った、ツカサの家の熱帯魚の画像を見せた。
「わぁ、綺麗。宝石みたい」
「アストリアさんなら、友達の家とか遊び行くと普通に飼ってそうなのに。珍しいの?」
「その、あまり気軽にお邪魔は中々できなくて」
学校は同じでも住む世界が違うからなぁ。
俺たちのようには遊べないんだろうなぁ。
「あ、貴方の家も何か飼ってる??」
彼女と連絡先を交換したあと、顔を青ざめさせるツカサ。
そのツカサが見えていないのか、あえて気にしていないのかアストリアさんはつぎにリーチへ訊ねた。
「うち?
うちも親の都合で飼ってない」
「そうなんだ。やっぱりパン屋だから?」
俺が聞くと、手を振って否定される。
「違う違う。旅立たれると悲しいからだってさ。
母ちゃん、子供の頃に色々飼ってたらしいんだけど、その数だけ泣いてきたみたいでさ」
「あー、なるほど」
「…………」
箱入りお嬢様にはちと刺激が強かったらしい。
悲しそうな表情で黙ってしまった。
そんな俺たちの横で、ツカサがまるで時限爆弾でも渡されたように自分の携帯を見ながらバイブレーションと化していた。




