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子供らをなんとか落ち着かせて、姉は言葉を投げかけた。
「あのさ、私らたまたまここに迷い込んじゃったんだよね」
姉の言葉に、子供たちが顔を見合わせる。
「迷子?」
「迷子なのかー」
「ねーねー、帰り方教えるから一緒に遊んでよ」
子供たちは口々に言って、姉に甘えてくる。
「帰り方は知ってるから、この近くにある塔の場所知らないかな?」
姉の言葉に二人が黙って、一人が姉を凝視する。
凝視した子が、姉へ言った。
「お姉ちゃん、神様の知り合い?」
続いて残りの二人も、
「ダメだよ。お父さんが言ってたもん。あそこには近づいちゃいけない、って」
「そうだよ。お姉ちゃんは行っちゃダメだよ」
と、口々に言ってくる。
「ふむ」
姉は、一つうなづいて考える素振りをする。
それから、俺をじいっと見つめたかと思うと、口を開いた。
「どうやら、君らはまた痛い目にあいたいみたいだね」
そう呟くや否や、指を鉄砲の形にする。
親指を直角になるように立てて、人差し指をピン、と伸ばした形だ。
姉の、鉄砲の筒を表現している右手の人差し指が、一番近くにいた子供の額に、ピトッとくっつく。
「そうそう、言い忘れてたけど」
そう前置きして、姉がニコッと笑うと同時に小さく『バンっ』と発砲音の真似をした。
直後、子供の頭がデコピンされたように、後方へガクンっと垂れた。
「私、家族の中じゃ、自分が一番優しくないんだよね」
今更だが、うちの姉はサイコパスかもしれない。
いや、子供相手のこの容赦の無さときたら。
「ここに来た被害者の手記にあった子供って、君らの事だよね?
それと、あの白い家でこの馬鹿の肩や背中に張りついてたのも君らだね。気配が同じだし。いや、ちょっと違うか。
でも、同じ存在だ」
やっぱりそうなのか。
子供の笑い声がどうとか書いてあったもんなぁ。
首が背中の方へ垂れた子供が、ガシッと姉の腕を強く掴んだ。
そして、ぐりんっと効果音がつきそうな勢いで首を元の位置に戻すと、ニヤニヤと笑いながら言ってきた。
「あははは、酷いなあ!
お姉ちゃんは、厳しいんだね!!
でも、いいよ、嫌いじゃないよ!
だって、ホントの家族より優しいもん!!
厳しいと八つ当たりの違いくらいわかるもん!
あはははは、あはは、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
狂ったような笑い声が響く。
その笑っている子供に合わせるように、ほかの二人も笑い出した。
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。
あはは。あははは。
あはははあはははは、あははははは。
姉は冷めた声で、手首を掴んでいる子供へ言う。
「あっそ、よかったね」
突き放す声だった。
「それで? 八つ当たりと厳しいの違いがわかるから、なんなの?」
「うん。僕達のお姉ちゃんになってよ」
「なんで?」
「だって、お姉ちゃんならここにいても耐えられるし。
それに狡いあのお兄ちゃんにお仕置きできるもん」
そう言って、指をさされたのは俺だった。
え、なんで俺?
「俺?」
そもそもお仕置きってなんだ?
俺、なんか悪いことしたかな?
あ、家のドアノブ壊したか。アレか?
「そーだよ。あのお兄ちゃんは僕らと同じなのに狡いもん。
狡い人は罰を受けなきゃいけないんだよ!
ここでは、そういうルールだもん」
ドアノブ関係なかった。よかった。ちょっと安心した。
ここ、そんなルールがあるのか。
というか、俺が幽霊と同じってなんの話だ。
「なんの話?」
「お兄ちゃんの話だよ。
お姉ちゃんは知ってるんでしょ?
お兄ちゃんが、魔法が使えないってこと知ってるんでしょ?
知ってても、お姉ちゃんはお兄ちゃんのことが好きだから、だから嫌わないんでしょ?
そんなの狡いよ。僕らは家族に嫌われた。世界に嫌われた。そして作り直されて、やっと普通に近くなった」
姉の問いに、姉の手首を掴んでいる子供が答えた。
それに続く形で、ケタケタと笑い続けていた子供の片方が口を開いた。
「痛い思いをたくさんした。
やめてって、言ってもお父さんはやめてくれなかった。
たくさん死んでいった。たくさん消えていった。
たくさん痛くなって、たくさん泣いて、声が枯れるまで泣いて、失って、やっと僕らはヒトに近づけた」
そこで、最後の一人が笑うのをやめて、俺を見ながら言った。
「でも、そのお兄ちゃんは最初から人扱いされてるって聞いた。
僕らと同じで人じゃなかったのに。人未満の存在だったのに、人として認められているって教えてもらった。
そんなの間違ってる。僕らがこんなに辛い目にあってきたのに、一人でも抜けがけは許さない。許されない。
お兄ちゃんには、僕らと同じように不幸になってもらわなきゃ、正しくない。
魔法が使えるかどうかもそうだけど、お兄ちゃんだって一度、」
そこで、姉が動いた。
子供に手首を掴まれたまま、構わずに、俺に向かって喋っていた子供の首を掴んで、へし折った。
ペキン、っという、首が折れたにしては軽すぎる音が聞こえた気がした。
「耳障りだから、もう黙れ」
姉は静かにそういった。命令口調だった。