第三章 5.帰城
思った通り、厩舎番は城を出たときとは違う人間に交代していた。だから私は、また金を握らせる。厩舎番はそれを当然のように受け取った。
どうやら異変は起きていない。私は息を吐く。
背後に隠れていた王女を連れて、厩舎を出て、中庭に向かう。道すがら、王女は外套を脱いでいた。
そのまま中庭で解散、となる予定だったが、そこに先客がいた。
「おかえり」
楡の木に背中を預けて表情を動かさずそう言ったのは。
第五王子。
私の身体は硬直して動かなくなった。
「アレスお兄さま」
だが王女は、私の前に立ちはだかるように歩み出た。
「私の話を聞いてくださる? お兄さま」
「ああ、聞くよ。ゆっくりとね。もちろん、アイトンからも」
いけない。私が王女の前に出なければ。彼女は私を守ろうと私の前に出たのだ。それは私がやらなければならないことなのに。
なのに、足が、動かない。
どうして。どうしてこんなに情けないんだ。
王子は楡の木から離れ、王女の傍に歩み寄ると、その肩を抱いた。だがそれは優しさに満ちたものではなく、逃がさない、といった意味合いのものに見えた。
「アイトン、後で話を聞こう。面談室の方で待っていてくれ」
「……かしこまりました」
いつもとは違う、厳しい口調。私は王子がこんな風な声を出すことを知らなかった。
「アレスお兄さま、聞いて」
「だから聞くと言っているだろう?」
二人は連れ立って、後宮の方に向かっていく。
私がこの城から逃げ出すことはできないことを、逃げ出したところで逃げ切れるはずもないことを、王子は知っているのだろう。
一人取り残された私は、王子が言う通り、あの面談室に向かった。




