歩んだ先にいたもの達
お待たせしました。4章を開始します。
事件発生から38日目の朝。
迷宮へと集うなり、自分へと治癒魔法をかけ背筋を伸ばし「よし!」と声を出す女が一人。
気合を入れた女は、隣に立つ男をチラ見した途端にニヘラっとした残念な笑顔を作ってしまう。
頬にほんのりとしたものが浮かぶと、両手で顔を隠して体ごと反らす姿は、良治でなくても『お前は誰だ?』と言いたくなるもの。その女が誰なのかと言えば、無論、柊 洋子の事である。
そうした彼女の様子を一部始終見ていた須藤と香織の視線が、原因と思われる男の元へと向けられると、本人は逃げるようにそっぽを向いた。
「(逃げたっすね)」
「(逃げたわね)」
「(どこまで進んだんすかね?)」
「(私が知るわけないでしょ)」
即座に知られてしまったようだが、余計な一言を言うつもりは無い様だ。
目を向けられた鈴木 良治は、全ての事に気が付かないフリを決め込んだ。
その良治の作業服を見れば、ドラゴンに焼かれた痕も無ければ、会社のロゴもない。何故なら会社から購入したものではなく、ホームセンターで購入した一般のものだから。
顔を反らしても2人は良治を見ている。
いや、チラ見をしては、やはり顔を反らす洋子も含めれば3人であるのだが、その3人に付き合ってもいられないと、わざとらしい咳を一度してから須藤と香織へと顔を向けた。
「17階はどうする?」
須藤と香織の2人に対して尋ねたのは、固有スキルを扱いきれていないと考えたからだろう。返事次第では数日ぐらい練習に時間を使っても良いと考えたが、
「……行きましょう。敵について知った方が訓練もしやすいわ」
そう返事をした香織であったが、その声から迷いが感じられた。
予想どおりスキルの扱いに自信がないのだろうとは思えたが、須藤が顔を前に倒した。
「いいのか?」
「ジャンプと違うんすよね…。相手がどんな奴なのか分かった方が良いっていうのはあるっす」
どうやら2人共同じようだ。
燃費が悪いスキルであるが為に、発動させるタイミングを考えなければならない。そうしたものを肌で感じ取りたいという欲求のようなものがあるのだろうか?
須藤や香織がどう考えているのか正確には掴めなかったが、2人共が実戦を求めているのなら当事者の意見を聞くのも大事。そうした結論を出すと、良治の手が剣の柄へと置かれ、
「じゃあ挑んでみるか!」
と意気込みよく言った。
決断が済むと、洋子が自分の頬を強く叩いた。
4人が足を進ませ始めたのは、その後すぐの事。
17階へと進める階段前に差し掛かった時、突然良治が足を止めたが考えを変えたからではない。
「大剣術士さん達もドラゴン討伐に挑むようだ」
「書き込みがあったんですか?」
当然のように洋子が隣に並び、顔をあげ尋ねる。
17階に挑む事を書き込む為にスレッドスキルを使った所、そのタイミングで大剣術士達も書き込んでいた。
(こっちも負けずに頑張らないとな)
自分達だけが頑張っているわけではない。
それが何よりの励みになっている。
良治も大剣術士達に負けないかのように、17階へと挑む事を書き込むと階段を上り始めた。
今までのパターンから考えれば、また風景が変わるはず。
次はどのような場所だろう?
湧き上がる期待感に胸を膨らませながら階段を歩いていると、出口が見えてきた。
「もしかして地上っすか?」
足を止め言ったのは須藤であった。
良治は、また荒野のような場所だろうか? と考える。
暖かな風が、頬を優しく撫でていった。
同時に匂ってくるのは草花の香り。
やはり地上?
しかし荒野の時のような乾いた空気ではない。
足を止めた4人であったが、ほぼ同時に走り出し17階へと到着した。
「おぉー!?」
「凄い!?」
「やってくれるっすね……」
「……いくら何でも変えすぎでしょ」
香織だけは呆れた言い方をしているが、表情は他の3人と似たもの。
目前に広がっているのは、雲海の上に作られた中世を思わせる街並み。
崩れているのもあるが、赤茶のレンガで建築された街並みからは、人が住んでいたかのような息吹すら感じられる。
「……良いな!」
「分かるっす!」
目を輝かせる良治に、須藤が力強く賛同。
男2人はロマンを強く感じたのだろう。
女2人は、鼻を動かし草花の香りがどこから来るのか探している。
視線を街の外に向けると木々が茂った場所があり、そこからと推察した。
街から離れると大地の切れ目が見える。
広がる雲海と街並みから、良治は空中都市遺跡を連想したが現実にあるものとは違うだろう。参考にはしていると思えるが、こちらの方が真新しい。多少の修繕程度で今でも人が住めそうだ。
それぞれが風景を楽しんでいると、例によって管理者の声が響きだした。
『何を考えているのか、よく分かる表情をありがとう。頑張って作った甲斐があったよ!』
「「「「……」」」」
耳にするなり気分を害されたように顔を歪めてしまうのは、条件反射的なものからだろう。
『1300円になった17階プレイヤーさん達に対し伝えておくべき事と言えば、その階から8人PTが可能という事だけだろうね』
「……洋子さん、確認頼む」
「はい」
洋子がスマホを取り出し操作をしてみると、メンバーリストが表示されない。
メンバーを追加できない。あるいは良治達以外誰もいない。そのどちらかだろう。大剣術士達がどうなるのかは分からないが、彼等が突破できればハッキリするはずだ。
『今回は、それだけだから安心してね。強制移動も必要なさそうだし頑張ってくれたまえ!』
その声を最後に業務連絡が途絶えた。
……
……
全員がそろって大きく息を吐いてしまったのは、面倒な要素が追加されなかったからに過ぎないが、この管理者の事である。油断はできないと、気を引き締めなおした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばし風景を眺めていた4人であったが、誰となく歩き出す。
管理者の声を聞くのは嫌であったが、風景は素晴らしいものだ。
匂ってくる草花の香りも、気持ちを落ち着けてくれる効果があると言われても納得してしまうようなもので、沈みかけた心を戻しつつ歩いていると、通りかかった建物の影からゆらりと赤い火の玉が出てきた。
武器を手にし身構える。
出現した小さな火は4人の前で膨らみ始め炎となり、見覚えのある形状を作り出した。
「マジかよ……」
「またなのか!?」
良治達の前で作られた形状。
それはドラゴンとしての形であったが、炎が固まりはじめると異なる部分もでてきた。
作りあげた体を覆うは赤き鱗。
さらに、その背から2つの炎が舞いあがり翼を作り出した。
「……火の竜? またボス階なの?」
「そんなはずは……」
「パターンを変えて――うぉっと!」
それぞれが武器を構えながら位置取りを始めた時、視界を防ぐかのように風が吹き荒れ塵が舞った。
何が? と思う彼等の耳に、甲高い鳴き声が聞こえてくる。
声の発生源は上空。
気になり見上げた彼等の目に、大きく翼を広げた翼竜のような姿があった。
良治達からすれば、それらは見慣れたサイズともいえる。
トロルやミノタウロスで十分に慣れた大きさであるし、下であったドラゴンと比べれば圧迫感も薄く感じた。
「火竜と風竜……でしょうか?」
「だと思うっすけど、一体で十分だろ! 二体もだすなよ!」
「まったくだ!」
須藤が不満を口にすると、良治もそれに乗ったが、今度は水が地中から湧き出し同じように竜の形を作り出し始める。
先に現れた火竜とは少し形状が違い、今度は翼がなかった。
さらに石道を割って、土が盛り上がる。
膨れ上がった大地が形作るは、下であった恐竜じみたドラゴン。
計4体の竜を前にし、良治達は唖然としてしまう。
「……さすがにこれは」
「参った……」
単純計算で2倍の戦力。
だから自分達も8人というわけか。
理解は出来たが、嬉しくはないと良治の眉間にシワが出来た。
「攻撃する時は、反属性が有効と思います」
「火には水みたいなものか。どれから戦えば……っと! くるぞ!」
洋子の意見を聞いている最中に火の竜が動き出す。
口を大きく開き、その奥に赤いものが見えた。
「洋子さんは金剛鎧を優先で! 俺達はとにかく土鎧だ! ブレスはかわせ!」
叫んだ直後、ヘルハウンドとは比べものにならない火炎の息が吐かれ、戦闘が開始される事になった。