一枚の写真
事件発生から37日目の木曜日。
良治達はドラゴン討伐を果たした。
しかし、すぐに17階へと進んだわけでもない。
新たな能力を調べる為に、残った時間を16階で過ごした。
得られた力に自信がつかないと先に進もうとしないのは、ジャンプスキルの時と同じなのだろう。
大剣術士達の方はと言えば、ミミックを捜索しながらドラゴン討伐について考え1日を終えた。
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良治が強制退社後に出かけたのは、勝利の美酒を味わう為でも無ければ、夕飯の買い出しでもなかった。彼がいたのは、電子音が聞こえてくる店内の受付近くである。
店の名は『ファイナル8』
全部で8F建てのゲームセンターだ。
半年程前に建設されたビルで、それが全てゲームセンターとなっている。
良治が見ているのは、1Fの受付近くにある店の案内板。
1Fと2Fは、最新機のゲームやプリクラ。
3Fと4Fは、メダルゲームやクレーンゲーム類。
5Fと6Fは、レトロゲームと休憩所。
そして7Fと8Fは……
(バッティングセンターもあるとはな……)
近場にそういうものが無かった良治にとって、嬉しい情報である。
他にもミニボーリングや、テニスの壁打ち。それにゴルフの打ちっぱなしといった、様々なものがあり良治の興味を惹き付けた。
何故ここにいるのかと言えば、洋子を悲しませてしまった事が関係している。
元から考えていた御礼の事もあり、ここならどうだろうか? という考えで入ってみると、バッティングセンターもある事を知り驚いた。
しかし……
(毎日ダンジョンゲームをしているのに、休みにゲームセンターというのは駄目じゃないか?)
両腕を組み、案内板を凝視しながら悩む。
さすがにドン引きされないだろうか?
今日、また馬鹿だと思われてしまったのだし、これでゲームセンターに誘った日には何を言われるか分かったものではない。
かといって、洋子が喜びそうなものと言えばゲームしか思いつかない。
(上は運動場のようなものだし、あまり気乗りしないようなら、こっちの方で……)
毎度、温水プールでトレーニングをするというのも飽きるだろう。
自分だけならともかく、そういう訳でもない。
この7-8Fの施設は3時間フリー券というのもあるし、ここでトレーニングするのも悪くはない気がする。
ゲームセンターという事をまず言って、それで不満が出るようなら、ここでトレーニングという事にすれば?
そんな事を考えている良治を、すぐ側にいる受付店員が見ていて、
(何だこの客は? 案内板を1人で見てここまで悩む客とか珍しい……まさか、本店の調査員じゃないだろうな?)
と、怪しんでいた。
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――柊 洋子の部屋
「行きます!」
その電話がきたのは、一日の疲れを風呂で洗い落とし、空色のパジャマに着替えた時の事だった。スマホを通じて良治の話を聞くなり即座に返事をしてしまう。
『いいのか?』
「はい! ファイナル8は私も気になっていたんですよ! ええ、もう!」
ぐっと握り拳を作りだし、瞳を爛々と輝かせる。
気のせいか肌のツヤが増したかのようにも見える。
(あの店ってレトロゲームも置いてあるようだし、それにこれってデートよね!)
ゲームセンターという事は、トレーニング目的ではない。
温水プールの方がデート的な感じがするが良治的には違う様子。
その良治の方からゲームセンターへと誘ってきている。
それは、つまりデートへの誘いでは?
駄目なら3時間フリーでどうとか言っていたが、洋子は気にしない事にした。
『そうなのか。なら良かった。じゃあ土曜日でいいかな?』
「土日の両方でも構いませんよ?」
『2日続けて行ってもつまらなくないか?』
そんな事はない! 大事なのは一緒にいる事なのだから!
(……なんて事を言ったら駄目よね)
流石に、それを言うのは控えたらしい。
「じゃあ、日曜は温水プールでどうでしょう?」
『……まぁ、そうだな』
「決まりですね!」
『分かった。じゃあ10:00頃、店前でいいかな?』
「はい! 楽しみにしています! おやすみなさい!」
ガチャ……ツーツー
「……やった」
切れたスマホをボーっと見つめながら呟いた。
信じられないものを聞いたような気もして、軽く頬を抓ってみる。
痛みはある。
それに、迷宮にいるわけでもない。
ゲームをしているわけでもないし、スマホは手にしたままだ。
つまり本当に……
「フフ……」
笑い声が自然と漏れる。
あの良治が、自分の方から誘ってくるとは夢のような話であるが、現実として聞いたのだと確信した。
(今日は木曜日だから、明後日か……)
準備は明日の迷宮が終わった後でもいいだろう。
残業がないのだから翌日までの時間が結構ある。
その時間を利用して着ていく服を考えればいい。
良治は落ち着いた感じのものを好むだろうし、それに合わせた方が喜ばれるかもしれない。
それはともかくとして、肉じゃがは……
(ゲームセンターへの飲食物の持ち込みは嫌われるし駄目よね)
それは日曜日で良いと判断。
タッパに詰めて持っていけば……。いや?
(係長の部屋で……)
エプロンを付けている自分を想像。
場所はもちろん、良治の部屋にあるだろう台所だ。
どのような場所なのかは知らないが、料理をしている自分を想像するなり一気に赤面し頬に手をあてた。
(それは無理!)
首を左右に振りながらベッドへとダイブ。
枕で熱くなった顔を隠し体をくねらせた。
そうした動きが突然止まる。
体を反転させ飾り気のない天井を見上げた時には、普段の表情をしていた。
(私が怒ったからだろうな……)
このタイミングで誘ってくるという事は、そう言う事だろうとは思う。
どんな事をして、何を言ったのかを思い出した途端、洋子の頬が再度朱色に染まった。
(忘れよ!)
両手で頬を叩くとパンという音が鳴る。
理由はどうであれデートだ。
恋愛事から逃げているように思えた良治が、自分から行動した事は大きな一歩と言える。当人に自覚があるかどうかは別だが……。
(もう寝よ。考えすぎて体調不良になったら笑えないわ)
1人納得すると、ベッドから立ち上がり部屋の電気を消した。
暗くなった部屋の中から、ベッドに潜り込む音がし数分後……
「……土曜日。フフ……どっしようかな~♪」
彼女が眠れたのは、結局明け方であった。
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――成労建設会議室。
「……これが問題の写真ですか」
「まだ内密だぞ。係長にも知らせるな。迷宮の方に集中させたい」
「分かっています」
その部屋にいるのは部長の浩二と社長の友義。
良治達はいない。
会社に残っている社員もいないだろう。
そんな夜分に会議室にいる2人が何の話をしているのかと言えば、浩二が手にする写真についてだ。
この写真は、会合関連で入手したもの。
友義もそうだが、会合に参加した社長達の中には、現役の議員と繋がりを持つ社長が数人いる。
その繋がりを使い警察から入手出来たもので、世間には公表されていない。
写されている場所は、とある河原付近。
3人ほどの男が一か所に集まり、何かを話している光景だ。
問題となるのは場所ではなく男達の姿にこそある。
白い布を体に巻き付けただけの衣装というのは、日本で見られるようなものではないだろう。それが映画の撮影というのであれば話は別だが、彼等は役者ではない。
その証明というべきか、彼等の頭上に光り輝く輪が浮いていたのだから……。
これで3章が終了となります。
引き続き4章をご覧いただければと思います。