大剣術士のPT
「固有スキルだと!?」
休憩所で良治の書き込みを見ていたのは、大剣術士こと峯田 徹。
16階ボスを初見で討伐成功という時点で驚いたが、報酬の情報を見た時には眼鏡がずり落ちかけたほどであった。
すぐ隣には、編んだ黒髪を肩から胸へと下げた女がいる。
彼女の名は、佐伯 紹子。
2人ともが装備類を外しているのは、ベッドのシーツが乱れている事に関係していた。
「新しい武器じゃないの?」
「違うらしい……。しかし、この方が良いんじゃないか?」
掲示板を読んでいくと、それぞれが得た固有スキルについて書き込まれていて大騒ぎになっている。
香織の場合はミラージュ。
使用者の姿を真似た、1体の分身を生み出すもの。
その分身も武器を振るう事が出来るので、計2人分の攻撃をくりだせる。
スキルや魔法まで発動してくれるのだから、単純計算で2倍の戦力増と言える。
須藤の場合はラージ・ランス。
意図した時のみ槍が光輝き大きくなる。
『如意棒かな?』等と、467が書き込んだが、長さを2倍、3倍と自在に調整できるわけではない。
長さは6m程。太さが約10倍。重量も比例して重くなるようだ。
これは固定であるため、効果発動後に自在に槍を振るうというのは難しい。
一種の外れのように思えたが須藤は大喜び。
なぜなら、ジャンプ突きの威力が増すからだ。
この2人が得られた固有スキルは戦力を増強してくれそうではあるが欠点もあった。
それは魔力の燃費が悪いという事。
スキルという扱いになっているはずなのに、これだけは魔力を消費するらしく、3,4回使っただけで倒れかけたらしい。
香織の場合は3分程度。須藤の場合は1分ほどが1回の使用時間。
どちらも途中で停止することは可能だが、それでも1回の使用として計算されている。長期戦で何度も使う場合は魔石が必須になるだろう。
では、洋子はどうだろうか? となると、彼女が得られたスキルはマップ。
これを知った時に掲示板の流れが止まった。
マップと聞けば、誰しもが地図の自動記録を想像したからだ。
なるほど洋子らしいかもしれないが、地図作りに慣れてきた彼等にとってみれば、今更不要という考えでもあったのだが、説明が書き込まれると全く違う反応を示した。
「これは凄いぞ……」
「そうなの? ちょっと私も見てみる」
徹が驚いていると、紹子も迷宮スマホを手にし彼女も掲示板を見始めた。
洋子が得られたマップというのは、確かに地図作りの自動化が出来る。
歩いた場所が、彼女がもつ迷宮スマホに記録されるようで、いつでも見る事が可能。他人にも見せられるのだから、今まで通り探索範囲の分業化も出来るだろう。
しかし、それだけではなかった。
まず、敵や味方の位置が分かる。
これもまた記録された迷宮スマホに表示されるようだ。
これだけなら便利そうだな、という程度だったのかもしれないが、驚愕したのはこの効果が、PTメンバー全員の迷宮スマホにも表示されるという事と、迷宮階転移とも関係していたからだ。
彼女がPTリーダーである時のみという限定となるのだが、すでに探索済みの場所であれば、どこにでも転移が可能という事が判明している。
使用が出来るのは、従来どおり休憩所の中でのみ。
魔力に関して言えば、転移能力を使った時のみ大きく消費するらしい。
通常の迷宮階転移に対し干渉する為だろうと、洋子は推測しているようだ。
「……自分で転移場所を選べるという事よね?」
「そういう事だろう。迷宮階転移ではなく、迷宮内転移というべきか?」
そういう徹の口元が綻んだのを紹子は見た。
これがあれば、さらに探索が効率化できるという気持ちもあったのだろうが、それだけが理由というわけでもない。
(徹さんも、R係長達と一緒よね……)
徹の顔つきを見た紹子は呆れてしまったようだが、微笑んでいるのは気持ちが分かるからだろう。新たな発見があるたびに喜びを得ているのは、何も良治達ばかりではない。
そんな彼女の前で、高揚した気持ちを顔に出していた徹であったが、すぐに真顔へと切り替えた。
「俺達の場合は、どうなるんだろうか?」
首を軽く曲げて考えるような仕草をすると、紹子も少しだけ考えた。
書き込みを見る限りだと、それぞれに合った。あるいは望んでいたもの。そんな効果のように思える。
なら、自分達はどうなるのだろう? そう考えた時、徹が怪訝な声を出した。
「……なに?」
「どうかした?」
「R係長が得た効果が……」
最後になって、良治が得た効果について書き込まれたのだが……
「スレッドというらしい」
読んでみると、効果がその名の通りのものだった。
迷宮スマホを使わずに、迷宮掲示板に書き込む事や読む事ができる。
戦闘中だろうが可能なようで、PTメンバーであれば良治の書き込みを耳にすることが出来る。これは良治がリーダーになる必要性もなく、聞く、聞かないも、当人達の意思で制御が可能。
「係長らしいけど、なんだか可哀想ね……」
良治が得たのは迷宮スマホを使えば可能な効果。つまりは能力の重複。
掲示板の方では、ちょっとした葬式ムードになっているが、大剣術士は少し違った。
「係長次第じゃないか? 戦闘中に味方と離れても連絡を取り合うのが容易になる。使い方によっては戦況を変えられる可能性だってあるだろう」
「指示者向きって言う事かしら?」
しかし、他のPTメンバーは迷宮スマホを使わないと返事ができないので、それを考えると微妙では? とも思うのだが、良治の固有スキルだけは魔力の消費といったものを感じないらしい。
こうした固有スキルに対し、パワー効果はつかないようであるが、香織が分身してから放つスラッシュについては可能。須藤も試したようだが、まともに振り回せない上に、なんとか放ったパワー+スラッシュ効果は従来どおり。
武器が巨大化したからと行って、スラッシュの威力まで増幅されるわけではないらしい。
「どうする? 私達も16階に挑めるわよ?」
「それは、分かるが……」
紹子が言うように銀の鍵以外で言えば、彼等も変わらない状態。
社長命令の事もあるし、急ぎ16階を突破して、また探索範囲の分業化をしたいところなのだが……
「攻略情報がなぁ……」
「……これ運任せよね」
得られた情報を見る限りだと、サイクロプスの時のようにはいかない。
爆風がどの程度なのか詳しく分からないが、宝箱に頼った戦い方はマズイようだ。
防御に使う魔法は、金剛鎧の方がいいだろうとは思えるのだが、物理攻撃も尋常ではないように思える。近接職であれば、土鎧の無効化の方が安心できるようにも思えた。
足止めをするのに氷結が有効そうだが、使うタイミングが早すぎると攻撃対象となりかねない。其のあたりを考慮して使ったのは基本を守っているように感じられたが、その後が問題すぎる。
融合魔法を使った後の行動は、連携がとれていない。
霧のせいで視界が悪くなったからだろうというのは分かるが、これを真似ろというのは無理がある。
(係長の行動もそうだが、槍の派遣社員の一撃も狙ってやれるような事じゃないぞ)
どうするべきかと、徹の顔が険しくなる。
彼が頭を悩ませていると、
「徹! 紹子さん!」
「ちょっと、満君!」
聞きなれた声がし、さらに頭を悩ませる事になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
男の名は、遠藤 満。
掲示板では、短槍術士を名乗っている男だ。
短い槍は、腰の裏側にある鞘におさめられていて、戦闘時は引き抜き使う。
リーチは香織のヌンチャクよりも若干長い程度で、穂先は突く事に特化したものだ。
そうした武器を扱う男をみれば、須藤と同じく荒々しいタイプのように思えるが、背丈は小さい。
実年齢が22という、この迷宮グループにおいて言えば若い部類に入るだろう。
その男が、大きな瞳を爛々と輝かせて入っていたのは、係長達の報告を見た為である。
「満君、駄目だって……」
「あんなの知ったら行きたくなるだろ!」
満と一緒に入ってきて止めようとしているのは、短剣術士ごと中川 美甘という。
満よりも1つ上の歳らしく、彼のストッパー的な役割を担っていた。
ちょっと長めの黒髪をポニーテールにしていて、非常に可愛らしい顔立ちの女。
満よりも少し背丈が小さく、本当に23だろうか? と思える外見をしており、高校生と言われても十分通りそうだ。
そうした2人共が着用している衣服は、色彩の明るいカジュアルなもの。
その上に、満は鉄の胸当てを。美甘の方は魔術師のローブを装備している。
この2人のそうした姿は、まだ大人になり切れていないという印象を受けてしまうだろう。
満は鉄の盾を。美甘の方は洋子と同じで木の盾を腕に付けている。
また、この2人はアイテムポーチを腰にぶら下げていた。
「掲示板を見たなら分かるだろ。係長達の戦い方は参考にならないんだぞ」
「俺達だってやれるって!」
「満君、ほんと止めてよ。また死んじゃうよ……」
「満君にも困ったものですね」
徹に迫り16階へと進もうとする満。
その服を掴み止めようとする美甘。
徹の横で、言葉どおり困った顔をしながら嘆息をついた紹子。
そんな3人と一緒に、15階まで進んできた大剣術士こと峯田 徹は、会社にいるのと同じく胃が痛む思いをしている。
そうしたストレスからくる痛みに対しては、回復や治癒魔法の効果がないようで、せめて胃薬だけでも持ち込めるようにしてくれと願う徹であった。