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英雄はいらない

「むちゃくちゃだ!?」


 戦闘を見ていた少年が、意図せず声をあげ椅子から立ち上がる。

 死にかけのドラゴンに指先を向け数値を表示させると、全ての数値が赤くなっていた。


「気絶!? マズイ!!」


 そう叫ぶ少年ではあるが、ドラゴンが須藤と香織によって止めを刺されてしまう。


 行われた戦闘経緯は少年にとっても計算外。

 動きを止めて攻撃を行うという点は良いが、建物を意図的に倒壊させるような真似をする必要は無い。水弾と火の玉の衝突はともかくとして、竜の口内で爆発が発生する事も考慮になかった。


「こんなのないよ……」


 翼や知性がない下級のドラゴンとはいえ、攻略法以外のやり方で成功させる気なぞ無かった。須藤の一撃は大きな計算ミスといってもいいだろう。

 火の玉が発生しているのに、槍を突き刺すばかりか自分も圧し掛かるとか、そんな命しらずなプレイヤーがいるとは考えてもいない。サイクロプスの時と比べれば真っ当な攻略手段と言えるはずなのに、喜ばしい事ではない。


 討伐を成功させるのは良い。

 それは少年にとっても望むべき事。

 しかし、その為にとった行為については違っていたし、気絶さえしなければ……。


「ちょっと無理やりすぎでしょ。もうちょっと自分の命を大事にしなよ!」


 プレイヤー達が聞いたら、どんなセリフで言い返すだろうか?

 幾つか言葉が思い浮かぶが、少年なりに思う事があっての発言のようだ。


「……まぁ、こっちのプレイヤーに比べたら、まだいいけどさ」


 両者とも命知らずな行為をしているが、問題になるのは須藤よりも良治の方。

 須藤の場合は香織と行動を共にしていたが、良治は自分の意思で1人になっている。


 その上、自分だけで攻撃をしていたというのは、少年にとって大問題。

 不満な様子であったが、ある事が起き始めると、面白いものを見るような目つきに変わった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「洋子……さん?」

「……なんですか」


 声は聞こえる。

 床に腰をつけていた良治の耳に、洋子の声は聞こえていた。

 その洋子の涙によって、良治の胸当てが濡れている状態での小さな声だが。


「いや、その……」

「黙っていて下さい」

「……はい」


 何がどうしてこうなったのか分からない。

 自分へと抱きつき顔を隠している洋子を、どう扱えばいいのだろうと考えた。

 空いた両手を背に回したい衝動にかられるが、そんな大胆な真似をするのは難しい。

 せめてもと声を出したら黙るように言われてしまった。


(どうしろと)


 自分の胸元で泣き声をあげずに涙を流している女がいて、しかもその相手は惚れてしまった相手。

 ぎゅっと抱きしめてやりたい衝動はどうやっても消えないが、それをやってしまったら、色々と終わるような予感もあって、もう何をどうしたらいいのか分からん! という状況である。


 困り果てていると、そのうち洋子が呟いた。


「……1人で戦わないでください」


 耳に聞こえた瞬間「あぁ、それか」と思った事を口にしかけたが、出なかった。

 軽く返事をしてはいけない雰囲気を感じ取ったからだろう。


「それとも英雄気取りですか?」

「そんな気は、まったく無いぞ」


 本心からそう言うと、洋子の顔が勢いよく上げられた。

 涙で濡れた瞳が、まっすぐ良治に向けられる。


「じゃあ、どういうつもりなんですか!!」

「――」


 どうもこうも、洋子に危険が迫るのが嫌なだけだった。


 このままでは洋子が危ない。

 どうしたらいい?

 自分がドラゴンに狙われているのなら、それを利用し建物にぶつければ、何とかならないか?


 洋子と分かれる前に考えたのは、そんな程度。


 本当に自分が標的になっていたのか?

 倒壊する建物に自分が巻き込まれる事は考えたか?

 なぜ、動きを止められたからといって自分だけで攻撃を始めた?

 ほとんど考えなしで動いている。


 その起点となったのは洋子に対する想いであるが、それをこの場で言えと?

 ドラゴンがいたはずの場所に、香織と須藤が立っているのが見えている自分に『君の事を守りたかった』から、と歯の浮くようなセリフを37歳の自分に言えと?


(無理だぁ―――!!)


 それは何の罰ゲームだ! とすら叫びたくなった。


 きっと洋子が出した声は、2人には聞こえていただろう。

 状況が見えてしまっている良治と違い、洋子は目の前の男しか見ていない。

 返事を待っているのではなく、良治の目を通し内面を見透かすかのように見つめている。

 近くに須藤と香織がいて、聞き耳を立てている可能性が高い等とは、全く考えていない様子。


「これがゲームだから、やったんですか?」

「ゲーム……」


 洋子の声に動かされたように、良治の頭が思考を始めた。


 理屈は知っている。

 洋子が言った理屈どおりに、自分達はゲームをしていると考えてはいる。


 しかし、それは問われれば、そう答えるという程度でもあった。


 肌を通じて感じられる空気の状態。

 鼻を伝わって香ってくる複数の匂い。

 本当に生きているかのようなモンスター達からは殺意を。

 口にする食事からは旨味を得られるし、喉の渇きだってある。


 それらは現実と何一つ変わらなく『ゲームをしている』と感じる事の方が少なかった。


(同じじゃないのか?)


 ゲームだと考えずにいた上での行動であるならば、もし現実で同様の事があったとしても同じ事をしたのでは?

 ドラゴン討伐なぞ現実ではありえないだろうが、何かしらの危険が起きた時、自身の命を投げ出してまで洋子を守ろうとしてしまうかもしれない。

 上手く行けば英雄的行為と言われるのかもしれないが、それは良治が望むことではない。

 なのに、それを選んだ自分がいる。


「ゲームだからじゃないですよね?」

「……そう、だな」


 ゲームだから大丈夫。

 そんな事は全く頭になかったと知る。


 それに『今日も死んでやったぜ!』等という男がいて、そんな人にはならないでくれとも言われたはず。

 状況や動機は違うが、似ている部分はある。


 こんな事を続けていれば、洋子が危惧した通りになる可能性は少なからずあるだろう。どう言われても仕方がないと、自分に呆れたような表情を浮かべた。


「係長は自分がどう思われているのか分かっているんですか?」

「……馬鹿だと思われている?」


 尋ね返すように言うと、洋子の顔がコテっと横へと傾いた。


「まさに今、そう思いましたよ」


 良治の口がパカッと開かれ馬鹿面を見せてしまう。

 だったら、以前言われた罵倒の数々は何だというのだ。

 色々と言いたい事がある良治の前で、洋子がゆっくりと立ち上がると涙の跡を軽く拭い去った。


 顔つきを緩ませ良治を見下ろし小さく言う。


「係長のままでいて下さい」

「……へ?」


 なんだ、それは?

 どういう意味だと混乱している良治に向かって、洋子が手を差し伸ばした。


「あっ……」

「支えはいらないですか?」

「……いや。悪い」

「どういたしまして」


 出された手を掴むと、グイっと力強く引かれてしまう。

 少しバランスを崩しかけてしまい、驚いたように洋子を見た。


「私だって強いんですよ?」

「…それ……いや、そうか」


 危うく『それは分かっている』と言いかけたが、危険は回避した。

 洋子が落ち着きを取り戻したのをみて、2人そろって須藤達の元へと近づく。

 ドラゴン討伐の証として宝箱が出て……。いや?


(13階の時と同じにしては妙だな?)


 今まで通りであれば、大きめの宝箱が2つ出るはずだ。

 それなのに見当たらない。

 ……まさか、それで須藤と香織は話し合っていたのか?


 嫌な予感がし、近づくと2人が良治達の方へと目を向ける。


「終わったっすか?」


 須藤がそう言うなり、香織の拳骨が彼の頭に飛んで「あいたっ!」等と言った。


「まったく……ちょっと、これを見てくれない?」

「ん?」

「どうかしたんで……えっ?」


 困ったような声をだし香織が離れると、そこには1つだけの宝箱があった。

 大きさは羊皮紙が入っていたものと同じ。

 中に入っているのも同じく4枚の羊皮紙であった。


「武器じゃないのか?」

「それがね……」


 良治達が事態を理解したのを知ると、須藤へと顔を向けた。

 その須藤と言えば、手に鑑定虫眼鏡を握っている。

 すでに調べたのだろうという事は分かるのだが、なぜ、子供が新しい玩具を得たように嬉しそうなのかが分からない。

 その須藤が、もったいぶったように、ゴホンと咳を1つすると、香織にキっと睨まれてしまう。


「それの名前は【白地の羊皮紙】っていうらしいっす。鑑定によると、使った人が固有スキルを得られるらしいっすよ」


 須藤が説明をすると、洋子の目が大きく見開かれ「キマシタァ――!!!」と叫ぶ声をあげるのだが……


(さっきまでの洋子さんは、どこに行ったんだ……)


 不可解なものを見ているかのような良治が近くにいる事を、洋子は気付いた方が良いだろう。


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