素顔
水と火が衝突した結果、濃い霧が発生しドラゴンの姿が隠された。
「洋子さん、飛ぶぞ!」
「はい!」
敵の姿は視認できないが、状況に構わず走ってくる音は聞こえる。
ここに居てはいけないと、場所を変える為にジャンプを使い空を蹴って逃げた。
少し遅れ2人がいた場所をドラゴンが走り抜けていく足音がし、すぐ後に建物が崩壊する音を耳にする。
「頭でもぶつけたか?」
「分かりませんが霧が晴れるまでは相手にしない方が良いです。ドラゴンには私達の位置が分かるでしょうし不利ですよ」
「わかる? 匂いでか?」
「それは知りませんが、最初、遠くにいた私達に向かって歩いてきたのは偶然じゃないはずです。たぶん、プレイヤーの位置関係は分かるように設定されていると思いますね」
「……ずるい」
自分達にもそんなスキルや魔法が欲しいと考えていると、背後の方から走ってくる音が聞こえてくる。
(洋子さんが言った通りか……。このままじゃ、追いつかれるな)
空を蹴りながら走る良治達よりもドラゴンの方が速い。
須藤達の位置が分からない状況で、この危機を乗り切るには……
「あれは、俺を狙っていると思うか?」
「おそらくは……」
「……なら、このまま真っすぐ逃げろ。あとで合流する」
「何言ってるんですか!?」
「いいから俺に任せろ! 君はくるんじゃない!」
止める暇もなく、良治が横道へと向かい走り去ってしまう。
洋子はついていこうとしたが、何か考えがあるようにも見えたし、自分は邪魔だと言われたような気持ちにもなり迷ってしまう。
そんな洋子の耳に、遠ざかっていくドラゴンの足音が届く。
すぐに建物が倒れる音が数回聞こえてきて、何が起きているのかを察した。
良治は自分を囮にし、ドラゴンを建物にぶつけダメージを与えようとしているのだろう。そう考えると不機嫌そうに眉を寄せる。
(無茶な真似を!)
そう考え走りかけた洋子の元に、須藤と香織がそろってやってきた。
「洋子さん!」
「1人だけっすか?」
「係長は、ドラゴンを連れて行きました」
「連れて?」
「それって囮になったんじゃないっすか!?」
須藤が言った事に誰も返事をしないのは、分かり切った事だからだろう。
「追うわよ!」
「わかったっす!」
香織と須藤がそう決め走り出すと洋子も後を追った。
倒壊する音やドラゴンが出す気配。
そんなものを頼りに良治を探していると、霧よりも埃が視界を邪魔し始めてきて咳き込みすらしてしまう。
一体どういう状況になっているのか分からないまま探していると、
「スラッシュ!」
『グララァ――――!!!!』
スキルを使う声が聞こえ、すぐ後にドラゴンの声がした。
戦っている?
この視界が悪い状況で?
それも1人で。
一体どうして、そんな馬鹿な真似を?
良治の行動が分からなくなり、おおよその見当をつけた場所へと向かうと……
「なんだありゃ?」
「挟まってる……でも、あれじゃ……」
「すぐに動き出しそうね」
ドラゴンの背に倒壊した建物が積まれ動きづらそうにはしている。
だが、身動きが全く出来ないというわけでもない。
駆け付けた時に見た限りで言えば、今すぐにでも動きだしそうだった。
「氷結!」
状況を把握した洋子が、瓦礫の山を凍てつかせる。
パワーが無い状態で放った氷結が瓦礫の表面を凍らせ補強するが、少しの時間稼ぎ程度といった所だろう。それに首は動くようで……
『グラァアア―――!!!』
口を大きく開き、その奥から火の玉が良治へと向け放たれた。
見ていた洋子が声を出しかけた時、良治のポーチから宝箱が出る。
蓋を開き裏に隠れようとするが、その前に攻撃が届き爆発が起きた。
ドラゴンが放った火の玉は、魔法ではなくブレスの扱いだ。
それによって発生した爆風にも金剛鎧は反応するが軽減するのみ。
それに、宝箱は無敵ではあるが支えているのは良治。
結果、起きた爆発によって隠れきれなかった体の一部に大ダメージを受け、支えきれなかった良治と宝箱をその場から吹き飛ばした。
「!?」
その瞬間、洋子が息を飲んだ。
一瞬で起きた出来事は、良治を建物の壁にたたきつける。
盾をつけた左腕が黒く変色しているのは、爆破の影響だろう。
血が口から垂れ流れているという事は、建物の壁に背をぶつけ時に大きなダメージを負ったからだ。
意識があるかどうか……。それすら分からないように見える。
「洋子さん、行きなさい!」
「――はい!!」
生死すら不明の良治に洋子を向かわせ、香織と須藤がドラゴンに向かって走り出す。
「スラッシュ!」
自分達の方へと注意を向けるため、香織がスラッシュを使うものの、それだけではドラゴンの敵対対象にはならなかった。倒壊した建物によるダメージも、良治に対するヘイト値として加算されていると予想される。
再度口が開かれ、その奥に赤いものが見えた時、
「邪魔すんじゃねぇ!!!」
須藤がドラゴンの頭上から槍を手にし降ってくる。
アダマンで出来た鋭い矛先が、ドラゴンの口を上から下へと貫いた。
全体重が圧し掛かった会心のジャンプ突きが決まり、ドラゴンの口が閉ざされると『よっしゃ!』と拳を握りしめてしまう。
そんな須藤の足元がなんだか、熱く……
「やべ!?」
気付くなり、横に飛んで床に転がった。
竜の口内で起きた爆発が、須藤や香織の衣服をバタつかせる。
「須藤君!」
大丈夫だろうか? と香織が声をかけると、ぐっと親指を立ててみせた。
顔は上げないが大丈夫と思える。
ドラゴンの方を見てみると、目を逸らしたい状態になっていた。
内部でおきた爆発によって、ドラゴンの口内が外からでも見えているからだ。
赤い血で床が濡れ、畏怖を感じさせた鋭い牙も落ちていた。
口内で起きたダメージが頭部にも影響したのか、ドラゴンの目は閉ざされ身動き一つしない。
しかし、姿が消えないという事は戦いが終わったという事ではない。
サイクロプス戦で起きた出来事を繰り返させない為、須藤と香織が止めを刺す事でドラゴン討伐は成功を告げた。
2人がそうした戦闘を行っていた最中、良治の元へと向かった洋子と言えば、まず回復(大)を使っていた。
良治の左手は綺麗に回復したが、目は閉ざされたまま。
生きているのかどうなのか分からないのであれば脈を測るかもしれないが、今の洋子にそんな心の余裕が無い。
「蘇生!!」
ポワっと優しい光が灯る。
この状態で効果があるのかどうか分からないが、良治の顔を食いつくように見ていた。その間にドラゴン討伐が終わったのだが、彼女は知らないまま良治の眼が開かれるのを待った。
「うぅ……」
「――!!」
唇が動くなり、洋子は体を小刻みに震えさせ『係長!』と出しかけた言葉を飲み込んだ。
「洋子さんか……助かったよ」
「……」
「洋子さん?」
意識を取り戻した良治が最初に見たもの。
それは……
怒りと悲しみが入り混じった洋子の素顔であった。