変な虫眼鏡
『ぴんぽんぱーん。業務連絡です。ずっと休憩所に引きこもっている社長がいるようだけど、そろそろ強制的に2階に移動させるよ。仕事をしてくれない人に給金は上げないからね。僕ってしっかりしているでしょ。尊敬してもいいよ? 以上業務連絡でした』
(誰が尊敬するか! ……てか、その社長ってまさか……)
時折、自分は社長だと誇示してくる迷宮社員の事を思い出した。
恐らく雑談がされているだろうが、良治はそれを見るという誘惑に打ち勝った。
例え推測どおりだったとしても意味が無いだろうなと思っただけでもあるが。
(さて、行くか。少しでも情報を集めておいた方が、後の人達の為になるだろうし)
剣と盾を構えながら良治が歩みだした。
目的は、ゴブリンとの戦闘に慣れる事。
そして迷宮の地図を作り上げ、本当に1階と同じかどうか確かめる事。
この2点に絞り先へと進んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「くそ!」
迷宮の先へと進んだ良治の前に、またもゴブリンが現れた。
イメージしたとおり動くことができなく、苦戦した末の勝利。
ほぼ偶発的にゴブリンの喉元に剣先が向けられ、ブスリという鈍い感触すら味わってしまう。
思ったとおり、切るという事には向いていない剣のようだ。
突き刺す事は出来たものの、突き抜けることもない。
その時の感触を手に残したまま、苦虫を噛み潰すような表情をし、剣についた青い血から目をそらした。
(匂いには慣れてきたけど、この感触に慣れるのは難しいぞ。畜産関係をやっている人達って、ほんと凄い)
自分とは別種の仕事をしている人間を、尊敬する切っ掛けになったようだ。その人達が聞けば、一緒にするなと言うかもしれないが。
「でも、慣れなきゃな。ジっとしていたら、どっかの社長のように強引に飛ばされそうだし……ん?」
フッと思った。
もし、このまま先へと進み3階へと到達したとしよう。
その時、1階にいる人達はどうなるんだろう?
今の所は、初期地点から動かなかった某社長のみとされているが、これがさらに先へと進んだら?
何もしない奴は、強引に先へと移動させる。
と言う事は、2階へと進まない人達は、この先どうなる?
これが更に先へと進んだ場合……
(あれ? それって不味いんじゃ?)
おそらく自分は先へと進んでいる人達の中に入るだろう。
そしてもし、自分が進み過ぎた場合、戦いすらできない人達はどうなる?
強制的に階移動が行われることもあり得るというのであれば……
(かといって俺以外にもいるから、俺だけが進むのを止めても意味ないよな? だけど……いや、今は止めよう。こういう事ってゲームや漫画に詳しい人達の方が、深く考えてくれるだろうし……俺は、俺で出来る事をやるだけだ)
浮かんだ考えを頭の中から振り払い、その出来る事を考えた。
(思ったとおり、迷宮の構造が1階と同じだ。だとすれば、宝箱の位置も同じってことじゃ? ……これも確認してみよう。まずは木の盾があった場所にいくか)
1階と同じく右側の法則にのっとって進んでいるのだから、宝箱の位置もすぐ近くにあるはず。手近な所から確かめるのが常道というものだろうと、向かってみるが……
(無い! あれ? ここじゃなかった? あるいは、そもそも配置していない? 1階と違って宝箱が最初からない? ……どうとでも考えられるな。もっと確かめてみよう。ここからなら回復(小)があった宝箱が近いし、そっちに向かってみるか)
一瞬、ガッカリとしたが、無いという情報だけは分かった。
それだけでも1つの情報だろうと気を取り直し先へと進む。
その進んだ場所で、小石を手にしたゴブリンが出てきて、良治へと投げつけてきた。
「火球!」
「キシャァアア―――!」
投げつけてきた小石をよけようともせずに魔法を放った。
それが見事に胸へと命中し、遭遇したばかりのゴブリンが口から血を吹き出し前へと倒れる。
「いてぇ…」
投げられた小石は、しっかりと良治の額へと命中していて、手を当ててみるとズキンという痛みが走る。
(血は無いか。痛いだけで済んで良かった。でも、回復だけはしておこう)
痛いのは嫌だと回復魔法をかける。
即座に痛みが消えていき、同時に、この魔法でどの程度まで回復できるのかと気にはなった。それを試す気にもならないが。
(傷程度なら治療できると思うけど、どこまで治せるんだろう? 体力的な面も回復出来ている気がするけど……あれ? じゃあ、回復魔法さえあれば、スタミナ的な部分はある程度大丈夫ってことか? 何の代償もなしに? ……だとしたら、凄いな)
そう思う良治であるが、本当にそうなのかは不確かだ。
これも掲示板で尋ねてみようと考えながら、その回復(小)があった宝箱の位置へと進んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんで、こんな場所に?」
次なる宝箱があった場所に向かって歩いていた時、まったく別の場所で宝箱を見つけてしまう。発見出来た事は嬉しいのだが、予想と違った場所にあるのは少し悔しい。
「なんだか、行動を読まれている感じだな。神っていうなら当然だろうけど……まさか嫌がらせ? ……あり得る」
そんな事をブツブツいいながら宝箱に近づき開けてみると、中には虫眼鏡が入っていた。
「何これ? どういうこと? 昔、理科の勉強で使っていたような虫眼鏡を何に使えと?」
意味が全く分からない。
懐かしい気はするし、なんだか、ホッとするような気持ちもあるのだが、同時に小馬鹿にされたような気分にもなった。
「とにかく取っておくか。はぁー…まったく馬鹿らしい」
この歳になって、何を観察しろというのだと、何気に虫眼鏡を覗きこんで見ると……普通じゃなかった。
「『低級宝箱』……なんだこの文字?」
入っていた宝箱を見てみたら、そんな文字が虫眼鏡に表示された。
「……他のはどうだろ?」
気になり、手に持っていた青銅の剣を虫眼鏡で見てみると、今度は『青銅の片手剣』と表示されてしまう。
(見たまんまなんだけど何の意味が? 文字が表示されているせいで見づらいし拡大もされない。虫眼鏡の意味がないぞ。嫌がらせか?)
機能が全く違うと不満を覚え、ポーチにしまい込んだ。
とにもかくにも、これも後で報告しておこうと思った良治である。