得られたもの
『ぴんぽん……今しがた、ミミックちゃんが血も涙もない係長によって倒されてしまいました』
「今度は俺か……」
「前は、須藤君を褒めていましたね」
「まさか、管理者と通じているんじゃないでしょうね?」
「香織さん!?」
身に覚えの無い疑いをかけられた須藤が大声を出すと、香織は手をふって誤魔化した。その須藤が銀の鍵を持っているのだが、これが何であるのかを調べようとした時に、管理者の声が聞こえてきた所である。
『悲しいねミミックちゃん。仲間の宝箱を好きなように痛めつけて、あまつさえトリスに売りつけるような非情な仕打ちをする係長達に復讐出来ずに倒されちゃった。……冥福を祈るよ』
「……さっさと、その鍵を調べようか」
「長くなりそうですからね」
「俺が見てみるっすよ」
「何に使うのかしら?」
それもそうだと須藤が自分の虫眼鏡をポーチから取り出した。
『……人の話は聞こうよ』
「そう思うなら用件だけを話せ」
「耳だけは貸します」
「端的かつ明快に話をして消えなさい」
「お前、うぜぇんだよ」
文句を言いたいのは自分達だと不快そうに言葉を並べるのだが、他のプレイヤー達にとってみれば、何が起きているのか分からないだろう。
『その鍵は罠を解除する為の鍵さ。宝箱の鍵穴に差し込んで1度回せば鍵がかかる。その後もう1度回せば罠が解除されて普通に開けるようになるっていう代物。そして何度でも使える』
「おぉっ!?」
「須藤君、どうですか?」
「本当に罠の解除用らしいっす!」
「これで面倒な事で悩まされずにすむわ」
4人が喜び合うが、その喜びを消すかのように管理者の話が続けられた。
『ただし確実に罠が解除されるってわけじゃない。それに同じ宝箱に使えるのは一度だけ。意味が分かるかな?』
耳にした途端4人の動きが彫像のように固まった。
『そういうアイテムだから上手く使ってね。無くてもクリアは可能だけど、あった方がいいアイテムではある。僕に感謝して罠の解除に使うんだよ。以上業務連絡でした』
久しぶりに聞いたセリフに、4人が怒りを露わにする。
喜ばしておいて、それかよ! といった苛立ちが湧いたのだろう。
だが、良く考えてみれば……。
「確率がどれほどかは分かりませんが、無いよりは良かったはずですよね?」
「そうなるすっね……」
「管理者が言うから腹が立つんだろうな……」
「あの声と口調というだけで無理。生理的に受け付けないわ」
洋子の言った通りだと考える面々ではあるのだが、不快さが完全に消えたという事でもない様子。
ミミックによって食われかけた良治の盾は須藤のものと交換され、出現した特殊宝箱は良治が回収。宝石箱のように小さく珍しいものなので、売る気はないと思われる。
残された本日分の時間も残りわずかになった事だし、探索を続行しようかと思ったが……。
「なぁ。この鍵って、ガチャ要望のように騒動の種にならないか?」
「……あっ」
良治が思った事が3人に伝わると、沈みかけた苛立ちが再び湧き出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
探索を続行しようとしたが、騒がれる前に先手を打った。
とはいえ、要望に応える為ではない。
4人の間で決めた事を、書き込んだだけである。
ミミックの討伐経緯や、鍵があっても成功確率が不明な事。
ミミックを見かけた場所については、必ずブログに記載するという確約。
要望があっても、それらに応える事はできない等。
こうした出来事を掲示板で一気に流した。
良治が書き込んだこれらの事に不満を漏らす者もいたが、同時にフォローしてくれるものも多かった
彼等が知らない場所で動いている、各社の社長命令による影響も少なからずあっただろうが、そうした事が無くてもフォローに回る者もいた。
良治達がハッキリと意思を伝えた事によって、鍵に関する話は思った以上の騒動にはならずに済んだ。
事件発生から35日目の迷宮は、この報告をもって終わる事になる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「嫌がらせされているのは、むしろ僕の方な気がする……」
そう愚痴をこぼしたのは、誰も居なくなった迷宮を見ていた白髪の少年。
誰も聞いてはいないというのに頭を垂らし、ぶつくさ言っていた。
「いくらミミック討伐条件が揃っていたからと言っても1時間以上も粘る? 逃げなよ!」
独り言が好きなようだ。
天使の輪を頭上につけた青年がいるはずだが、普段は近くにいなくて寂しいのかもしれない。
「強制移動も全員が11階に移動しちゃっているから出番が無かった……。なに、このグループ? 順調すぎない?」
良治達が聞いたら『ふざけんな!』的な事をペラペラ喋っている様子は、今までとは違い不機嫌な様子。だが、良治の姿を映しステータスを見つめると薄れていった。
「……数値の方は計算以上に伸びたな」
さらに画面を切り替え、他の3人の姿とステータス数値を表示させていく
少年が目を向けている数値は一か所のみの様子。
同じグループにいるプレイヤー達についても同じ場所だけを凝視している。
目的どおり。
いや、それ以上だと言わんばかりに顔が緩んでいく。
少年にとって、それは望んだ以上の数値なのだろう。
満足したのか画面を切り替えた。
他のグループの数値を見ていくと、少年の表情が曇りだしてしまう。
「……足りない訳じゃないけど……うーん……」
不満な声を出してしまうのは、良治達のグループと比べ見劣りしてしまうからだろう。納得出来ないのか腕を組み考え込みだすと、少年の背後に天使の輪を付けた青年が現れた。
白い布地を纏った神官のような青年は、少年が据わる椅子の側に近づき表示されているステータス画面を見つめる。
「何か問題でもありましたか?」
「問題はないよ。だけど納得できなくてね」
「と、言いますと?」
「あるグループの順応値だけ計算以上に伸びている」
「良いのでは?」
「良いんだけども、他のグループと違い過ぎていてね…」
その理由についても大体の察しがついていたのか、手をふり良治の姿を表示させた。
「たぶん、このプレイヤーの影響とは思う」
「プレイヤー№625。鈴木 良治ですか……。何か特別な力でも?」
そう尋ねた青年の目が細まった。
何かしら特別なステータス数値が無いかと凝視している様子。
黒革が張られた椅子に座っていた少年は、首を左右にふった。
「君が思うような力は無いよ」
「……そうですか。念の為に、私達の方でも注意はしておきます」
「そこは任せるけど、他のプレイヤー達の体についても注意を払わなきゃ駄目だよ」
「仰せのままに」
淡々とした会話しながら、少年が映像を消した。
椅子から降り歩き出すと、その後ろを青年が付いて歩く。
2人が部屋から消えると、部屋の灯りが自然と消え静かな場所となった。