使うんじゃない!
3人が前に立ち、後ろに洋子がいた。
「またか!?」
「こっちは任せたわ!」
「俺も!!」
「あなたは、そっちでしょ!」
戦いが始まって、かれこれ1時間は過ぎただろう。
持久戦になった事により、他のモンスターも戦いに加わりだしている。
現れたラミアとバジリスクには女組で対応し、男組はミミックの動きを抑え込んでいた。
出現したモンスター達の処理が終わると、ミミックとの戦いに2人が戻るという流れになっているのだが、ミミック討伐に集中できない上に魔力消費が酷い。
目眩が起きる前に魔石を使用しながら戦っているのだが、体力や魔力よりも先に精神面で疲労が出てきている。
このままではマズイと良治が下がり、洋子の隣に並んだ。
「融合魔法を試すぞ」
「どれでいきますか?」
「水弾だ。この距離での火球は、いくらなんでも危なすぎる」
「分かりました」
下がった2人が話をすると、須藤と香織が手をあげ了解の合図をして見せた。
香織がスラッシュ放ち、ミミックを軽く吹き飛ばす。
「距離を離すわよ!」
「わかってるっす!」
すぐに須藤が前に出た。
後ろにいる良治達から少しでも距離をとろうとミミックに圧力をかけていく。
『カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ』
「うぜぇ!!」
あざ笑うかのような蓋の開け閉めが、須藤を苛立たせる。
連続突きを放つが何もダメージが与えられない。
通常のスラッシュですら、傷がつくがどうかといった程度。
(水弾でもどうなんだか……って、あぶッ!)
考え事をしている間に、ミミックが攻撃をしてくる。
防御力は尋常ではないし、噛まれたら須藤の土鎧なぞ一発で効果が消え去るだろう。再度かけなおす事は容易だが、その手間が惜しい。
香織が横へと並び、須藤の隙を埋めるように攻撃をしかける。
ダメージ目的ではなく、ミミックに妙な行動をとらせない為。
左右ではなく、必ず前面へと押し込もうとする意志が目に見えるかのよう。
近くにあった建物側へと追いやるが、壁をつかってミミックが三角飛びを行った。香織の頭上を飛び越えようとするが、これに須藤が反応。
ジャンプスキルを使い空中で追いつくと、槍をふるってミミックを地面にたたきつけた。
床へと落ちると香織の出番。
再度跳ねだしたミミックをヌンチャクで殴りつけ、壁際に追い込んだ。
「いくぞ!」
「「!?」」
聞きなれた男の声によって、2人が左右に分かれる。
道が出来ると、巨大な水の塊がミミックに向け飛来。
弾く事もなく、ミミックを水の中へと入れ動きを止める。
操作は出来ないが、一体の敵を中へと封じ込め圧するという効果までは自動で働く。後は魔法の効果任せ。
さぁどうなる?
4人が固唾をのみ込み見守りだした。
ぐぐっと水弾ならぬ水牢が縮まり始めた。
トロルの巨体を圧殺した力がミミックの体に集中すると、ベコっという音が水の中から聞こえ、箱の歪みが目に見えた。
「いける!」
「そのまま!」
効果がしっかりと確認でき、須藤と香織が喜ぶ声を上げる。
ここまで効果が出るとは思わなかったからだろう。
後ろにいる良治や洋子も、体に力を込めている。
これで終わるか?
いや、終わってくれ。
そんな気持ちで一杯になっていると、水弾の魔法が彼等の前で弾け飛んだ。
「うぉ!」
「キャッ!」
間近にいた須藤と香織が、あふれ出した水流によって足を取られる。
押し流されるほどに生じた大量の水から、ジャンプを使い退避。
後ろにいた良治達の足元にも水が流れたが、須藤達ほどではない。
宙を跳ねた2人が良治達の近くで着地し、ミミックがどうなったのかを見ると……
「弱ってる?」
「……っすかね」
「これでも駄目か……だが効果はあったな」
「もう一発使えば……」
それぞれが感想を口にする前で、歪な形となったミミックがガタガタと音を出し始めた。前は笑うかのようだった音であったが、今は怒りに震えているようにも聞こえる。
「係長、もう一発頼むっすよ!」
「行くわよ須藤君!」
効果があるのは分かった。
ならば気持ちは保てる。
須藤と香織が再度前に出た。
――その時。
『即死』
開け閉めされている蓋の奥からそんな音が聞こえてくると、良治の両膝が床に付き前のめりに倒れてしまう。
「係長!?」
「なにぃ!?」
「今度は何!?」
唐突に良治が死亡したのだが、それが分かったのは洋子と須藤。
香織は何が起きたのか分かっていない。
その香織に向かって、ガタ…ゴトという鈍い音をたてながら、ミミックがゆっくりと近づいた。
「ハァ!」
身の危険を感じたのか、ミミックを近くの壁へと蹴り飛ばした。
須藤が走り寄り、遅れて香織も攻撃に参加。
また魔法を使われてはいけないと、2人の攻撃が絶える事なく続く。
その間に洋子が、良治の側に近づいた。
「蘇生!」
習得している蘇生魔法を使うと、良治の体が緑の光に包まれる。
光はすぐに消えたが、魔法が発動したのは確かだ。
洋子は、気持ちを抑え黙って見つめた。
ミミックを攻撃し続ける音がするが、倒れた良治に意識が集中しすぎていて耳に入っていない。
目を開けるまで、弓術士が言うように数分待った。
「……何が起きた?」
「!? 大丈夫ですか! 体の方は異常がありませんか!?」
「体? ……おかしなところは無いが、一体どうした?」
良治は状況が理解できていない様子。
その耳に、須藤と香織がミミックと戦っている音が聞こえてきた。
目を向けることで、自分が何かしらの魔法をかけられた事を思い出す。
「あぁ、分かったが……」
「どうかしました?」
「終わるんじゃないか?」
「……え?」
起き上がった良治がそう言うと、洋子の視線もミミックへと向けられる。
歪んだ場所に攻撃はいると、その歪み方が増しているように見えた。
確かに、このままいけば原型が分からない程になりそう。
洋子がそう思っている間に、ミミックの体がさらに歪む。
最後に須藤の一撃が決まり箱が飛ばされると、蓋のみが彼等の元に残った。
反応がない。
どちらも消滅せずに残っている。
これはどう判断したら?
須藤と香織が困りだした。
立ち上がった良治が、飛ばされた箱のみとなったミミックへと近づき見てみるが、中には何もない。
……いや、まさか。
(何もなしか! ここまで頑張ったのに、何一つ無いのか! それは無いだろう! 高級宝箱って出ていたよな!)
流石に納得が出来ない。
逃げるという事も考えていたし、ジャンプスキルを使えば可能だったと思える。
それでも討伐する事を選んだのは、高級宝箱という表示が確認されていたからだ。
なら、倒したら何かが手に入る!
そう確信していたのに、何も無いというのは詐欺ではないのか!
「ひど過ぎる……」
愕然となり力が抜けた。
詐欺は駄目だ。許してはいけない犯罪行為だ。
騙される奴が悪いというが、騙す方が悪いのだ。
盗まれる方が悪いのではない。盗む奴が悪いのだ。
そうだ、これは犯罪だ。
犯罪は許してはいけない。
――なので、スラッシュを放つ。
単純に腹が立っただけのようだ。
床を削っていく衝撃波が、残された胴体を浮かび上がらせ、ガタンと床に落とした。
周囲から雑音が消える。
それまでの戦闘が嘘のように、空気が音を伝えるのを止めた。
徒労感を強く感じながらもアダマンの剣を鞘に納めようとした時、ミミックの体が消えた。
「……ようやくか」
終わった。
消えたという事はそうだったのだろうと考える。
もうミミックについては何も考えたくはない。
とにかく終わったという事だけは分かった。
体に溜まった疲労を抜くかのように溜息を出し振り向くと、
「ん?」
なぜか良治以外の3人が、一か所に集まり顔を下げていた。
そこに何かがあるかのようで良治も近づいて見ると、今まで見た事もないくらい小さな宝箱が置かれている。
鑑定虫眼鏡で見てみると『特殊宝箱』と出ていたらしい。
中に入っていたのは……
銀色の鍵であった。