提案
良治の部屋に4人が集まる。
ベッドや木床に腰を下ろし香織に説明がされた。
話を聞いた香織の方から、3人にどうしたいのか? と、尋ねられると、試したいという点で3人の意思が一致。それで話が決まり、さっそく洋子から1つの案が出される。
「PTを一時的に分けませんか?」
「何故だ?」
「実験用です。須藤君と香織さんでガチャ実験を。私と係長でPTの分離について試してみませんか?」
何故こんな事をするのかと言えば、ガチャ実験をするには、誰か見知らぬ他人をPTに入れる必要がある。この時、良治や洋子の身バレ問題が発生しかねないので用心の為。
洋子の提案は、すぐに採用される事になり行動が開始された。
まず、良治と洋子が2人そろって須藤のPTから抜ける。
その後、須藤が掲示板にガチャ実験について書き込み実験が開始された。
別れた良治と洋子はPTを組み4階へと迷宮階転移。
この時利用された休憩所は良治のものであったが、転移後の休憩所に洋子の姿が無かった。
「……駄目だったか」
残念そうに呟いてしまう。
もし強制分離しないのであれば、下で何かをする場合でも面倒が減ると思ったからだ。
面倒と言えば……
「身バレなぁ――いい加減、俺や洋子さんの事で騒ぐのは止めてもいいと思うんだが」
元はオーガがいた広い部屋の中で、心底嫌そうに顔を歪め呟いてしまう。
有名人になりたいならチャンスかもしれないが良治にその気はない。
出来るなら実家に帰って、近所の子供達を相手に野球チームなんかを作って悠々自適に暮らしたい等と思う男だ。
実家と言えば、年老いた両親と一緒に暮らしている弟夫婦の事を思い出す。
今の事は何も知らせていないが、もし知ったらどう言ってくるだろう?
そんな事を考えたら、首筋に痒みを覚えポリポリと軽くかいた。
(母さんや義妹から、近所に広まるだろうな……)
それは嫌だった。
盆と正月には帰る事にしているが、その時何を言われるだろうか?
考えるだけで怖いものがある。
(今年は帰れないか?)
このままずるずるいくと、正月になっても迷宮に連れて来られる可能性があるし、そうなると、否が応でも会社員拉致被害者の1人だと知られてしまうだろう。
しかも係長である事は当然知っているわけで、弟なら、もしかして……
(うーん……昔っから妙に鋭いからな……)
幾度かついた嘘がバレて、両親に告げ口までされた事が有り、その一つを思い出した。
小学生時代に、近所の駄菓子屋で玩具つきのガムを買い過ぎた事があるのだが、流石に兄の威厳に関わると隠した。しかし、あっさりとバレてしまい、その時は超能力者か!? 等と考えてしまった程だ。
超能力でも何でもなく、顔に出やすいと言うだけなのだが、本人は知らずにいる。
「――って考え込んでいる場合じゃない」
何時までもこうしているわけにはいかないと、迷宮スマホで掲示板を開き、洋子と連絡をとりあおうとした。
すると、ガチャ実験が成功したという報告がされていて、掲示板で祭りが始まっている。
それは予想していた事であるのだが、
「大剣術士さんが話?」
良治が呟いたように、大剣術士の方から直接会って話をしたいと書き込んでいた。
騒ぎがピタリと止まり、須藤の方から『掲示板で話したらいいだろ?』という事を書き込んだが、大剣術士の方では直接会って話がしたいらしい。
「どうしたんだ急に? ……会ってはみたいと思うが……」
大剣術士は信用できるし、良治は出来れば会ってみたかった。
彼が迷っていると須藤の方で『会うのは自分でもいいか?』という書き込みがされる。
大剣術士の方では誰でもいいらしいので、そのまま須藤達と大剣術士達が会う事になった。
「ガチャ関連?――だよな?」
タイミング的にはそうだと思えるが、まだ分からない。
判断に悩んでいると、洋子の書き込みがあった。
10階で合流し話が終わるのを待ちたいらしい。
合流したのは、洋子の迷宮。
そこにあった、10階の宝箱もついでに回収される。
現在持っている3つの宝箱でも、4人が隠れる事は出来ると思うが、個々に使う事も考えれば人数分あった方が良いだろうという判断。
そうなってくると、他の宝箱も……まてよ?
洋子は、わずかな間であるが1人でいたわけだが……
「……ガチャはしなかったよな?」
「しませんよ! というか、ここのガチャには、もう興味がないです」
「おぉ……?」
すでに自重する事を掲示板で言っているので、洋子の発言は嬉しかった。
しかし、洋子が何故、そう思ったのか?
良治の視線が何を意味するのか察した洋子が、素直に応えた。
「装備品もないし大当たりは1つだけ。ガチャは『集めないといけない!』という使命感で回すんです。管理者はそこが分かっていません」
「……そ、そうか」
断言され、それ以上は気にしない事にした。
なんであれ、洋子にやる気が無いというのは嬉しい限りだ。
他の宝箱回収については、保留となる。
現状ギニーが余っている事や、回収して回る手間暇を考えた上での判断だろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――15階にいる須藤と香織。
休憩所にいた須藤が、迷宮スマホにあるPT募集のアイコンをタッチし、現在15階にいると思われるメンバーリストを表示する。
その中に大剣術士と弓術士の名があり2人を誘った。
もし4名状態で募集アイコンを触ると、リスト表示がされない仕組みになっている。
須藤が、大剣術士と弓術士を誘いPTへと加入させた。
まず現れたのは、背に大剣を背負った男。
短い前髪を綺麗に真ん中分けしている男で、顔立ちも同様に整っている。
黒縁眼鏡をつけているのは視力が悪いからなのだろう。
風体から判断すれば良治なみの歳という印象。
きっちりとした性格が出ているような私服姿の上に、鉄の胸当てを身に着けているが、盾やアイテムポーチの類はないようだ。
そんな男の横に、弓を手にした女が並んだ。
無地の長袖シャツの上に付けた鉄の胸当て。
長く伸びた黒髪は、三つ編みにされ胸元にかかっている。
背につけた矢筒が妙に似合ったスレンダーな女性。
おそらく洋子よりも年上と思われる。
互いがもつ獲物から、誰が誰なのかを判断してから握手を交わし合う。
まず声を出したのは大剣を背負った細身の男であった。
「掲示板通り大剣術士でいいか? 本名を名乗った方がいいのならそうするが?」
当人がそう言いだした為、須藤と香織は小さく「いや、そのままでいい」と声を出し、多少ながらも微笑んで見せた。
「本当は、係長かYさんに会いたかったんだろ?」
「まぁ、そうなんだが警戒する理由は分かるし、話を伝えてくれるだけでもいい」
「伝える? 話があったんじゃないのか?」
「そうしたいのは山々だが、とりあえずは伝えてくれるだけでいいさ」
大剣術士はそう前置きしてから、話したい事とやらを須藤に伝え始めた。
「実はこの先についてなんだが、探索範囲を手分けしてみたらどうだろう? と思ってな」
「手分け?」
「俺達の方でも地図を作っているし、そっちでもだろ?」
「……早い話が、探索の効率化って事か?」
「そう言う事だ。例えば、俺達の方で北を重点的に調べて、そっちでは南側を調べるとか……。まぁ、その辺りは適当でいい」
大剣術士の言いたいことを理解し、須藤と香織は大きく首を前に倒した。
時間短縮を狙ってのアイディアだろうし、2人は良い事だと思った様子。
「俺は良いと思うが、なんで掲示板を使って言わなかった? こんな面倒な手間いらなかっただろ?」
「俺も最初は、そう思ったんだが……」
そこで弓術士へと目が向けられた。
大剣術士の視線を感じたのか、弓術士が前へと出る。
「この話を掲示板で話すと、効率化を図るなら、その分自分達の方に協力してほしいと言い出す人が出ると思うんです。ガチャの件もそうですが、色々手伝いを求めてきそうなので、その辺りを考えた上で相談した方が良いと思いました」
「……俺達に気を使ってくれたのか?」
「それもありますが、私達も無関係というわけにもいきません。こちらも15階にいますから頼んでくるはずです。掲示板で話す前に、まず私達で決めた方がいいと思いませんか?」
聞くなり、須藤と香織の顔に影が落ちた。
すでに掲示板の方では、ガチャをやって蘇生魔法を入手したいとか、取り逃したアイテム回収についても出ている。
もし、こういった効率化の話を掲示板でした場合、当人達の意思を無視し話が勝手に進みかねない。
弓術士は、それを懸念したのだろう。
さらに彼女は、もう一つ言う。
「それに、ここのグループで話されている事が、すぐニュースで流れている気がするんですよ。マスコミがいると思いますので、ちょっと言いにくかったんですよね」
「あぁ!」
須藤が突然大声を出して、激しく同意してみせる。
「用件はこんな所だ。返事は明日でもいい。少し相談してみてくれ」
「分かった。返事は掲示板ですればいいのか?」
「いや、またこうして直接会った方が良いと思うから、掲示板で呼んでくれ」
「分かった。伝えておくわ」
「よろしく頼む」
大剣術士と弓術士は、そう言い残しPTから抜けていった。
その後良治達と合流し、伝え聞いた提案内容を良治達に教えることにした。