魅了
事件発生から、34日目の月曜日。
その日の朝早くに、15階へと進んだ良治達は、新たな追加要素について知ることになった。
『ぴんぽんぱーん。はーい神様だよ。15階到達者がついに出たね!』
「「「「……」」」」
到達するなり業務連絡が流れた。
聞きたくもない声を耳にし、後ろを振り向きすらしてしまうが、階段は勿論消えている。
到達したのは良治達。
大剣術士達は、まだ14階にいるようだ。
『到達したのは、おなじみ槍の派遣社員さんがいるPT。いやぁー…最初から君は出来る派遣社員だと思っていたよ。頑張った!』
「俺?」
いきなり持ち上げられしまった須藤は、目と口を大きく開けたまま高い天井を見上げた。
3人の視線が須藤へと集まり、ニンマリとした笑みを見せてしまう。
仲間の視線に気付いた彼が不機嫌そうに頬を膨らませたのは、管理者に馬鹿にされたような気持ちになったからだろう。
『さて、15階に到達したことで、今までにない追加要素が迷宮スマホに加わる事になる。それは【迷宮階転移】。これは、今まで踏破してきた階であれば、どこにでも移動可能となる機能だ』
管理者の声に、4人ともが目を大きく見開いた。
すぐに何かを言いたくなった面々であったが、その前に管理者の声が続けられる。
『いくつかの制約がつくからよく聞いてくれたまえ』
得意げに言う声から、胸をはって威張っているような子供の姿が思い浮かんでしまう。
その管理者がいう迷宮階転移については、こういった内容であった。
1.使用権限をもつのはPTリーダーのみで、1人の状態でもPTとして判断される。
2.使用できるのは、PTメンバー全員が休憩所の中にいる時のみ。
3.PTメンバーの中に到達していない者がいれば、その階には移動不可。
4.既に倒したボス階に、未討伐のメンバーを連れて行ってもボスは出現しない。これを利用し突破しようとしても階段が出現していない為、先に進む事はできない。
5.転移先の出現位置は下から上がってきた階段前になるけれど、一番上に進んだ到達階だけは別。位置座標が記録されているから、その場所に自動的に転移される。
6.時給は、移動した階の金額に変わるがボス階では0円。
「……引き籠りは可能だが、金が入らないって事か?」
「そうなるんでしょうね」
「ボス未討伐のメンバーを連れての階突破も無理らしいっすね」
「みたいだな。ほんと、色々やってくれる」
腕をくみ良治が言うと、3人共が小さく頷いた。
『迷宮スマホへの追加要素については以上。さて、15階に到達した時給1200円組PTさん頑張ってね。その階は楽しめると思うんだよ! 応援しているよ!』
「……よし、迷宮階転移を使って帰るか」
「係長!?」
「いやな予感がするっすよね……」
「帰りたいのは分かるけど、それじゃ駄目じゃない」
「分かってる。言ってみただけだ」
今度はどんな嫌がらせがあるのかと思うと、無理もない事だろう。
良治達が、まず迷宮探索を始めたのは、追加要素に不安を感じたからだ。
楽しそうに管理者が説明したからには、何かがあるだろうと感じ、迷宮階転移については後回しにする事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
15階と14階の風景は同じ。
地下に作られた1つの街といった風景は変わらない。
多少カビ臭い匂いが鼻から伝わってくるのは、噴水近くにある苔のせいと思われる。
天井が高く見える迷宮を、白チョークを使い目印を付けながら進んでいくと、モンスターが2体出現。
「……また、この手の嫌がらせですか。凝りませんね」
「須藤君。俺達はトカゲの方な」
「分かってますって」
「洋子さん落ち着いてね? いい?」
「ええ。もちろん分かっています雷光」
会話の最中に、出現した敵へと雷光を放つ。
その相手というのは、下半身が蛇であり上半身が人間女性のそれ。
アラクネと同じく、何一つ身に着けていない。
――洋子が敵として認識するのに十分なものを持つ相手であった。
長く青い髪を胸にかけ、チラリズムを演出しているモンスター。
皮膚が鱗じみていたり、目が爬虫類を思わせるものであれば救いはあったかもしれないが、新たに登場した蛇女は、下半身以外は人間と見間違えるのに十分な姿である。
洋子が香織との会話中に、雷光を放ったのは当然の行為であろう。
放たれた雷光は蛇女に命中。
麻痺効果がでたのか、両腕を上げ振るわせている。
香織が、小さな溜息をついてから近づいた。
早くも開始された女達の戦闘を余所に、良治と須藤は、もう一体の方にとりかかり始める。
それは、鱗の生えた大トカゲ。
4つ足を床につけペタペタ音を出し歩き、2つに分かれた舌を出している。
サイズは大きく、人の2倍といった所だろうか。
現実に存在すれば大騒ぎになっているようなモンスターであるが、下で見たモンスター達と比べれば大した事はないだろう。
14階もそうであったが、なぜ、今になってこのサイズのものを?
理由が分からないが、管理者の言った事が気になる。
どんな嫌がらせを用意しているのか分からなく、離れた場所から火球を放った。
「グェ……」
大トカゲの顔面に命中し爆破が起きる。
ただし、ほんの少し焦げ目がついたといった程度。
(魔法は効果が薄いな……この先も俺の通常魔法じゃ、駄目か?)
それなら剣でやるだけだと身構える。
良治がそうした行動をとる一方、須藤は槍を構え、闇鎧と火+を発動させていた。
初見の敵は、何をしてくるのか分からない為、少し慎重な様子。
ジャイアントスパイダーのように毒液や、蜘蛛糸のようなものを使われたら厄介だと思ったのだろう。
大トカゲは、火球をぶつけてきた良治を見つめ、ちょろちょろと赤い舌を出し入れしていた。須藤が矛先を向けながらゆっくりと近づくが、彼には時折目を向ける程度。
(パワーも使って一気に片付けた方が良くないか?)
管理者の言った事を考えれば、戦って情報を得るよりも、何かされる前に処分した方が良いようにも思えた。
須藤に、そう伝えようとした、その時――
「キャッ!」
「うん?」
すぐ側から洋子の悲鳴が聞こえてきて、出かけた声が止まった。
何があったと目を向けると洋子が床に倒れ、その前に香織がヌンチャクを持ち仁王立ちしていた。
「ッ!?」
床に倒れた洋子に向け、香織がヌンチャクを振り下ろすように構えた。
良治は思う前に動き、2人の間に割り込む。
横やりをいれてきた良治を見るなり、香織が構え直した。
「怪我はないか!!」
「だ、大丈夫です。あの蛇女に香織さんが近づいたら、突然動きを止めて……」
倒れた洋子にむけ聞くが、彼女もそれ以上の事は分からないらしい。
何がどうして香織が?
混乱しつつも、香織に対し盾を向けると、彼女の背後からラミアが顔を覗かせ、下卑た笑みを良治に向かって見せた。
「……こいつ……何かしたか?」
「何か? ……治癒! 状態異常系の事がされたなら、治癒の魔法が有効かもしれません!」
背後から聞こえてきた声に、ハっと目を見開く。
「また、そんな感じの嫌がらせか!」
蛇女の正式名称は、ラミア。
このモンスターは、敵対した相手の瞳を見つめることで魅了させる力をもつ。
それは男女関係なしに働く為、今の香織はラミアに魅了されてしまった状態であった。