新たな階
短槍術士が蘇生魔法をガチャで出してしまった発言は洋子と杖術士に火をつけた。
「さぁ、行きましょう!」
「……洋子さんが元気過ぎる。今度は何があったの?」
「いや、何と言うか……須藤君。ガチャって、掲示板に書かれていたように危険なのか?」
「人によるっす。俺はあんまり回さないんすけど、洋子さんはどうなんすか?」
「給料を結構使うとか、10連ガチャが、どうとか言っていた気がするな」
「そりゃ駄目だ。確実に駄目なタイプっすわ」
「本当に何の話? また私だけ仲間外れなの?」
「香織さんには俺から話しておくっす。係長は洋子さんを止めておいてください」
「分かった……」
いつものごとく、話が分からない香織に須藤が事細かく説明を始める。
それが終わるまで良治が洋子を止めていた。
両手をしっかりと上げた状態なのは、セクハラ発言を回避する為だろう。
一通りの説明が済むと、香織は「ふーん」と一言いい、腕を組んだ。
「持ち込んだ現金を鈴木さんが確保しておいたら、大丈夫じゃない?」
「俺?」
「いや、香織さん。それじゃ駄目なんすよ」
「駄目ってどうして?」
「誰の休憩所でもできるんで、ちょっと目を離したら、手に入ったばかりのスティックをゲームマネーと交換してやりだしかねないっす」
「そこまでしませんよ!」
「やる人は、最初そう言うんすよ。ついでに言うと『そこまで』って言うのも駄目っす。その一歩手前までなら良いと思ってるっしょ?」
洋子を目端で捕らえながら断言するかのように言うと、香織と良治のジトっとした視線が向けられた。その視線から、当人が顔を逸らした事を考えると、須藤の言った事が正しいように思えてしまう。
「しないです。大丈夫です」
「給与を結構使っておいてか?」
「だ、大丈夫です。全部は使っていませんから!」
「「「……」」」
確信じみた3人分の視線が洋子に突き刺さる。
この件に関して言えば、洋子の信頼は皆無に等しいかもしれない。
須藤の言い分も納得できるような気がするので、3人共が悩んだ。
「どうしたらいいと思う?」
「個別相談会の時のように、4人で集まって休んだらどう?」
「質問してくる人が減ったし、昼寝だけはさせてくれ……」
「私、そこまでしませんからね! 疑いすぎじゃないですか!?」
3人が相談を始めると、洋子が顔を真っ赤にして抗議をした。
両手を振り上げ声を張り上げる洋子に、良治は生真面目な顔をし言う。
「……とりあえず、ガチャが本当に危険かどうか試してみたい。そうじゃないと判断がつかない」
「係長!」
振り上げていた洋子の手が降ろされ、良治を崇めるように組んだ。
信じてもらえたと思ったのか、あるいはガチャが出来そうだからなのか不明だが、洋子の瞳が爛々と輝いている。
「ただし、洋子さんがやるんじゃなくて、俺がやってみる。それで駄目そうなら、ガチャは禁止だ。その場合の監視役は香織さんに頼むよ」
「そんな!?」
「あら、私?」
「女同士の方が、何かと都合がいいと思う」
「……それもそうね」
そう返事をした香織であるが不満そうであった。
あわよくば、良治を監視役にしてしまおうかと考えていたからだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ガチャの事を気にしつつも、14階へと向かう。
そこで見たのは、地下をくりぬき作れられた街中のような風景。
かつては大勢の人間がここで暮らしていたのではないだろうか?
そんな哀愁のようなものを感じさせる場所であった。
「地下に戻るのか」
「みたいですね」
「でも、広いっすね。天井も高い」
「……なんだか水の音がするわ」
香織がそう言うと、全員が耳を澄ませた。
確かに雨が降っているような水音が、耳に届く。
顔を振り方向を確認。
全員の顔が同じ方へと向かうと、4人共が表情を緩ませ無言で歩き始めた。
柱がいくつも立ち並ぶ。
その柱と建物によって天井が支えられているかのよう。
彼等が歩く道の幅は、街の大通りに見えるほど広い。
柱にチョークで目印をつけながら、水音がする場所へと進んでいくと目的の場所へと出る。
そこは一際大きな広場となっており、噴水まで設置されていた。
もっと近くで見たいと思ったのか、良治が足を進めると……。
「ッ!?」
良治の中で警報が鳴った。
危険を感じ跳ね飛ぶと、そこにドサっという音と共にモンスターが落ちてくる。
さらに、近くにあった柱からもう一体……それを見た洋子の眼がピクリと吊り上がった。
「……へぇー。そう」
なにがそうなのかは、誰もが一瞬で分かった。
良治と須藤は、洋子の顔を見なかった。
今見れば、怖いものを見てしまいかねないとでも考えたのだろう。
唯一香織だけが、前へと進み洋子に声をかける。
「2人でやるわよ」
「はい」
女2人が標的に定めたのは、柱から出てきた一匹のモンスター。
男2人は、そちらには干渉しない事を即座に決め、良治の頭上から落ちてきたものへと武器を向けた。
良治の頭上から落ちてきたのは大きな蜘蛛型モンスター。
正式名称はジャイアントスパイダーというものだ。
人型サイズまで巨大化した蜘蛛である。
そして、洋子と香織が敵と認識したもの。
それは、アラクネという。
その蜘蛛の背には、人の体がついている。
具体的にいえば、人間の女としての上半身が何一つ身に着けていない形でついていて、弾むように動く2つの物体は、男を惑わすのに十分と言えた。
「火球!!!」
洋子が攻撃を開始する。
発生した火球が普段よりも大きいが、洋子の気持ちのせいではない。
新しく手に入れたアカシアのスティックによる増幅効果によるものだ。
アラクネが横に飛び回避をしようとするが、洋子の火球は操作可能。
赤いスティックをクイっと動かし、逃げたアラクネに向かわせる。
まったく問題なくスティックを使いこなしている様子だ。
『火球』
逃げられないと悟ったのか、アラクネも魔法を放つ。
2つの火球が宙で衝突し対消滅したかに見えたが、爆煙の中から洋子の火球が出て来てアラクネへとダメージ。
人には負けられない戦いがある。
そして、洋子の場合、このアラクネこそがそうであった。
香織の場合は、胸がどうとかではなく、男達に任せていたらどうなるか分からないと思ったに過ぎない。
男達は黙って、毒を吐きそうな大きな蜘蛛討伐に勤しむことにした。