お調子者
「だぁああああ!」
大きな声を出し、床に座りこんだ男が一人。
一体どのくらい槍を振り回していたのかと思える程に、汗が滲み出ている。
「参ったっす!」
「あら、もう?」
相手をしていた香織も汗はかいているようだが、須藤のように呼吸が荒くない。
「ちょっと休憩させて下さいよ」
「いいわよ」
休憩時間をもらえると即座にペットボトルを取り出した。
彼の好みはポカリスェットのようで、一気に喉に流しこんでやった。
(ふぅー…生き返る)
この一杯の為に生きている。
ではないが、それに近い感覚であっただろう。
ついでに回復魔法も使い疲労をとった。
休憩している須藤を、香織がジーっと見つめると、彼の鼓動が高鳴った。
惚れている女に見つめられて、何も思わない訳がない。
それが期待した類の感情からくるものではないだろうと、分かっていたとしてもだ。
「須藤君。強くなったわね。前と比べて、大分差が縮まっているわ」
「――そうみたいっすね」
戦っている最中、その事は理解できた。
7階で稽古した時と比べれば、大分戦えるようになったと感じている。
それは、この迷宮で戦い抜いてきた事や、現実での特訓の成果だろう。
しかし……
(強くなれば分かる事もあるんだよな……)
前に立つ香織の力量の高さ。
それがどこまであるのかが分かるようになった。
大分縮められたとは思うが、その高さに届くまであとどれほどの修練が必要だろう。
例え届いたとしても、その時の香織の高さはどこにある?
もしかすれば今が最短の距離ではないだろうか?
これ以上、自分は伸びる事がなく、彼女だけが上にいくのでは?
そうした考えが心の底から湧き上がってくると、須藤の唇が曲がり始めた。
「また、妙な事考えているわね?」
「へ?」
「何を考えたのか知らないけど、自分を卑下していない?」
「……」
須藤は黙ったまま槍をギュっと握りしめた。
香織の言葉から逃げるように、顔を背ける。
「……今の貴方より、7階にいた貴方の方が良かったわ」
「!?」
須藤の視線が香織へと勢いよく戻る。
「前の方が恰好よかったっすか!!」
「え、えぇ? ――まぁ、今よりは?」
「そうなんすね! つまり香織さんに追い付いたら、俺に惚れてくれるんすね!」
「……どうしてそうなるの?」
「違うんすか?」
今度は香織が困りだした。
少しは元気づけようとしただけの言葉なのに、まさかここまで反応するとは思わなかったのだろう。
須藤は固まったまま返事を待っている。
何かを言わないと、そのままでいそうで少し怖い。
「……その時は、考えてあげても……」
「!?」
聞いた!
確かに聞いた!
とばかりに須藤が勢いよく立ち上がった。
さらにスタスタと歩き、香織の両肩に力強く手を置いてしまう。
「わかったっす! 本気の俺を見せてやるっす!」
「そ、そう?」
「惚れてもらいますよ、香織さん!」
「……」
これは不味い。
香織はすぐに確信した。
実力が並んだら、香織が須藤に『確実に』惚れてくれると思い込んでいる。
(違う。そうじゃない! 少しは考えてもいいって話なのよ!)
そう口にしたかったが言えなくなった。
須藤は彼女の前で燃え盛る炎の如しとなっている。
気のせいか、彼の背後で爆発が起きたようにすら見えた。
「惚れてもらう為にも、もう一勝負いきましょうか!」
「……」
ぶらーんとヌンチャクを垂れ下げながら、香織は判断に迷ってしまう。
昼が近いというのに、空腹を我慢しながら再度の稽古を始めた。
火がついた須藤の槍捌きは烈火の如し。
気合の入った声を出しくりだしてくる連続突きなぞ、手をだしようものなら火傷しそう。
(どれだけ力を隠していたのよ、この子は!?)
まだまだ力量差はあったはずなのに、香織が放った言葉一つで、その差が大きく縮んだかのように見える。
だが、まぁー…それも悪くはない。
なぜなら、
(私を惚れさせる為に変わろうとしてくれるなら……)
香織の唇が緩んだ理由を、須藤は知らなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
雑談スレ Part67
102 名前 名無しの迷宮人
連絡がないって事は、係長達は、また失敗したのか?
個別相談会なんて馬鹿な事するからだ。
103 名前 名無しの迷宮人
これで、少しは現状維持を真面目に考えるかもな。
104 名前 名無しの迷宮人
ボス討伐だから、失敗してもしょうがないだろ。
105 名前 名無しの迷宮人
まだ現状維持派っているのかよ。うぜぇな。
106 名前 名無しの迷宮人
偉そうに相談会なんてしたから、言われてんだよ。
結局口だけじゃないか。
107 名前 名無しの迷宮人
そうだよな。
108 名前 大剣術士
仮に失敗していたとしても、データは取れたはずだ。
難易度が高いボスはトライアンドエラーの繰り返しだぞ。
109 名前 名無しの迷宮人
負け惜しみ乙
110 名前 名無しの迷宮人
言い訳が、見苦しいw
111 名前 名無しの迷宮人
>>109-110
お前ら、ネトゲ経験ないだろ?
難易度高いボスなんて最初はそんなもんだぞ。
112 名前 杖術士
ガチャとかないかな?
あるいは課金アイテムとかさ。
俺の右手が疼いてきた。
113 名前 剣術士
>>112
お前は病人か!
114 名前 名無しの迷宮人
なんだよ、つまり先行組は廃人ってやつか。
ダサすぎる。
115 名前 短槍術士
同じくらいゲームをやっている最中だというのに、自分達は違うってどういう理屈だろ?
116 名前 名無しの迷宮人
まだやっているのか。
休憩所の中にいても暇だし、金出ないのによくやるな。
まぁ、やる事があるやつは良いかもしれないが……
117 名前 467
呼ばれた気がした。
何をやるんですかねぇ~
あぁ、現状維持派が、まだ声を上げているのはそれが理由か。
ある意味リア充か? 爆発しろ。
118 名前 名無しの迷宮人
そりゃ、大剣術士とか短槍術士だろw
119 名前 名無しの迷宮人
>>118
そいつらが、先行組なのにお前は何を言っているんだ。
廃人度もリア充度も負けてどうする。
120 名前 槍の派遣社員
よっ! お前ら! 待たせたな!
13階のボスを討伐したぜ!
121 名前 大剣術士
来たか!
って、槍の派遣社員?
係長じゃなくて?
122 名前 槍の派遣社員
>>121
文句あるのかよww
いや、まぁ、係長は死んでいて報告できないから、俺がしておこうかなと。
123 名前 名無しの迷宮人
うわッ、ダッサw
死んでんのかよw
124 名前 槍の派遣社員
>>123
あぁ? お前馬鹿だろ?
攻略手段の決め手は、係長とYさんが見つけた融合魔法だったんだぞ。
いやぁー。あの一撃は、凄まじかったぜ。
125 名前 杖術士
融合魔法って、前に係長達が話していたやつか?
あれよりパワーを使ってからの魔法の方が強かったじゃないか。
話がおかしくないか?
126 名前 槍の派遣社員
いや、それが違うんだなぁー
係長とYさんが使ったのは、パワー+火球の融合魔法なんだよ。
127 名前 杖術士
……何を言っているのか分からない。
融合魔法でパワー?
128 名前 名無しの迷宮人
もしかして、パワー+魔法同士の融合バージョンって事?
129 名前 槍の派遣社員
>>128
正解
凄かったぜぇー……あれは、マジでゲームだ。
VRゲームの醍醐味ってこういう所かもな~って感じだったぞ。
130 名前 大剣術士
>>129
もう少し具体的に教えてくれ。
勝利はしたようだが、なぜ係長が死んだ?
細かい話をしてくれないか?
131 名前 名無しの迷宮人
というか、槍の派遣社員のテンションがやけに高いな?
ボス討伐して浮かれるのは分かるんだが、係長死んじゃったんだろ?
そこまで浮かれていいのか?
132 名前 槍の派遣社員
>>131
それはちょっと理由があるんだよ。
後で話すから、それよりまずは、ボス討伐の流れを話すぞ。
お前ら、ちゃんとメモとっておけよwww
133 名前 467
何故だろう?
俺好みの匂いがプンプンしやがる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうした流れから須藤によってサイクロプス討伐における報告がされた。
闇鎧や宝箱が有効である事や、融合魔法の詳しい話。
その一撃の威力や光景を話すと、すぐに試したがる人々もいたが問題は宝箱。
闇鎧で耐性をあげたとしても、全員が石化光線を無効化できるわけではない。
前衛に立って注意を惹き付けるプレイヤーはどうしたらいいのだ? と言う話になる。
そこで話に出たのが、サイクロプスが使う岩石だった。
使われ地面に落ちた岩石は残るのだから、これの影に隠れたらいいのでは? という話となり、大剣術士達がチャレンジする時、実験を行うという話で落ち着いた。
その後、討伐報酬についても触れ、武器の品質と比べ自分の力量が足りていない事も話した。
最後に、香織との話について触れると予想どおり467や棍術士が大暴れ。
おまけに須藤は、香織の話を多少脚色してしまったものだから、袋叩きにされて当然だ。
須藤が報告を行った事によって、減っていた現状維持派の数がさらに激減。
彼と、それを聞いて反応を示したいつものメンバー達のやり取りが楽しそうで、どうせなら楽しんだ方が良いとでも考えたのかもしれない。
全ての話がされると、大剣術士が率いるPTが融合魔法の実験を行い、13階へと挑戦。
岩石を適度な場所に落とさせる為に時間はかかったようだが、誰一人死ぬことなく討伐を成功させる。最後の岩石攻撃については、発生する前に止めを刺してしまえばいいだけの話だったらしい。
こうした大剣術士達がやった討伐方法が、用意された正式な攻略方法ではないか? と推測がされた。
サイクロプス討伐を成功させた大剣術士達は、今後の事を考え、宝箱を拾ってから14階へと向かう。
13階ボスを最初に討伐できたのは良治達であったが、14階に到達し業務連絡が行われたのは彼のPTとなる。
この時の業務連絡で『大剣術士が係長』という事が判明するのだが、それが、ちょっとした笑いを呼んでしまう結果となった。
大剣術士のPTが14階へと進むと、8階にいた人々が9階へと強制移動。
この時、8階に残っていたのは現状維持を言っていたプレイヤーのみだったらしく、彼等は散々な目に合ってしまうのだが、知っているのは管理者のみだ。
この事で残っていた現状維持派が再度声をあげたが……
212 名前 名無しの迷宮人
移動させているのは管理者だぞ。
先行派が先へと進むのをやめても、こいつがやってきた事を考えたらどうなるか分からないか?
こんな書き込みの後から、彼等は完全に黙ってしまう結果となった。