お稽古
「これ、俺達の勝ちって事で良いんすよね?」
「だと思うけど……」
サイクロプス討伐が成った証として、生存者である須藤と香織の前に、横長の大きい宝箱が2つ出現した。どちらも7階や10階ボスと同サイズのもので『中級ボス宝箱』と表示され、罠の類はない。
宝箱が出たからには勝者扱いという事になるのだと思えるが……。
「参ったわ……」
降り注いだ岩石は消えているが、そこは、真っ赤に濡れた大地となっている。
大地の上にあるのは、岩石によってつぶされた良治の体。
洋子も離れた場所で、同様の状態だ。
回復(中)を使ってみたが全く効果がない為、放置するしかなかった。
そちらには、あまり目を向けようとはせず、問題となる宝箱を開き見る。
出たのは2つだけ。
もしかしたら、良治達の分はないのか? と思いきやしっかりと入っていた。
2人共が安堵した表情を見せてから中に入っていたものに手を伸ばす。
香織が開いた宝箱には、良治のものと思われる剣とヌンチャクが。
須藤の方には、彼の槍と洋子の杖が入っている。
ミスリルが放つ光が暖かなものだとするならば、新武器が放つ輝きは鋭さだろう。
香織がまず手にしたのは、良治用と思われる剣。
刀身をみつめた香織が、喉を鳴らしてしまう。
同じ宝箱にヌンチャクも入っていたので、まずは片手剣をポーチにしまい込み、自分用のヌンチャクを手にする。
「鑑定してみるっす」
須藤が自分の武器を鑑定してみると『アダマンの槍』と出て、目を大きく見開いた。
驚きはした彼であるが、すぐに喜びの声をあげた。
その場に洋子がいれば、一緒に喜んだかもしれないが、その洋子がいないのが残念そう。その彼女の物と思われるスティックを手にすると、妙な手触りを感じた。
「……なんだこれ?」
須藤が戸惑った。
気になり、これも鑑定してみると『アカシアのスティック』と表示される。
薄赤い指揮棒に、細かい文字がビッシリと刻まれていて、それがまた異様な怖さを覚えさせた。
2人が宝箱から武器を回収すると、今度は、その宝箱をジッと見つめた。
すでに、驚くべき防御性能があるのは証明済み。
これらの宝箱も回収しておきたいと考え、互いのポーチにしまいこむ。
良治のポーチであればまだ余裕はあるだろうが、この2人のものでは、すでに入っている1箱と今回のもので限界だろう。後日良治か洋子へと渡される事になる。
2人は離れ、それぞれの武器を試すように使い勝手を確かめ始めた。
仮想敵をイメージし武器を振るう様子は実戦さながらだ。
鍛錬を積むように振り回していたが、そのうち須藤が動きを止めた。
小さく息を吐くと、まだ満足していない香織を見つめる。
時折蹴りを混ぜながら戦う姿に、須藤が見とれはじめた。
以前、掲示板で羨ましがられたことがあったが、その時言いたかった事が一つある。
(香織さんの場合、戦っている姿の方が綺麗なんだよな………)
こういうのは何というのだろう? と頭をひねる。
あの時も上手い言葉が出て来なくて、後を続ける事が出来なかったなぁー…と悩んでいると、香織の動きが止まった。
「須藤君。そんなに見られると、やりづらいんだけど?」
「いやー…あんまり綺麗なもんで、つい……」
「暇なら稽古をつけてあげるわ。ご希望なんでしょ?」
「へ?」
「前に、私に言っていたじゃない。また稽古をお願いしますって」
「それは、現実の方での話じゃないっすか!」
「土日は忙しいのよ。さぁ、やるわよ」
香織が土日に何をしているのかと言えば、自分の仕事をしているだけ。
彼女の家は服を取り扱う会社であり、休職状態になっている香織も、土日は顔を出している。
その香織の稽古を希望していた須藤が逃げ腰になった。
理由は、7階での稽古を思い出した為だろう。
香織が扱うヌンチャクの使用方法は変幻自在。
通常通り使われるだけならともかく、時には真っすぐ棍のように伸び、時には腕や背に隠れ暗器となる。武器としてだけではなく、身を守る盾としても使う事があった。
巨大な相手やゴーレムのような相手ともなれば心もとない武器ではあるが、同サイズや、多少大きいぐらいの相手ともなれば別。
一度だけ須藤は、香織の手からヌンチャクを奪えた事もあるが、即座に奪い返されるという始末。香織のリズム感についていけず、常に先手を取られるような戦闘になってしまったのは須藤の記憶にこびりついていた。
「それでブッ叩かれたら洒落にならないっす!」
「土鎧があるし大丈夫よ」
「いやいや、一撃で消すじゃないっすか!?」
「安心しなさい。あの時と違って回復できるんだから」
「それって、手加減無しってことっすよね!?」
「男ならぐだぐだ言わない。いくわよ! 土鎧」
「ちょッ!?」
須藤が構えるまえに、香織のヌンチャクが風鳴り音を出し始める。
身の危険を察知した須藤も土鎧を使った。
パワー込みでないのは、香織がすでに戦闘態勢にはいっていたからだろう。
槍の穂先を下げ左右に揺らし始めると、その穂先を香織が踏みつけ止めてしまった。
その行為が癪に障ったのか須藤の歯が強く噛み合う。
力ずくで穂先を持ち上げ、槍を半回転させると香織の腹へと打ちこんだ‥‥が、ガシャっという音と共に動きが止まった。
「甘いわね」
動きが止まった理由は、ヌンチャクの鎖によって杖先を絡めとられたからだ。
グルンと香織の体が槍を中心とし渦巻き近づくと、ヌンチャクから手を放し拳を放つ。
さらに、
「水弾」
「ッ!?」
拳と水弾の2連撃。
同時に襲ってきた2発の衝撃は、土鎧を消滅させ須藤の腹に拳を届けさせる。
そのまま香織の体が捻られたのは、大地を踏んだ力を拳に伝える為。
足から腕へと螺旋運動であがっていく力が、拳に集約され、須藤の腹から背へと突き抜けた。
「ッ!?」
須藤が背を曲げ、槍を掴む手を緩めた。
香織は嘆息を一つつき、自分のヌンチャクに手をかける。
――突然香織の動きが止まる。
須藤の顔が上がり、下唇が強く噛まれていたのを見たからだろう。
「!?」
ガシっと片手で槍を掴んだ。
強引に横ふりをした時には、ヌンチャクと香織の姿が眼前から消え、数歩後ろへと移動していた。
距離を置く。
香織はジャラっと音をだしヌンチャクを片手で持った。
荒野に悠然と立つ、赤いチャイナ服姿の女。
普段なら見惚れる須藤だが、そんな真似をすればどうなるのか分かっている。
ブォンという音が数回。
幅広の剣のような矛先が香織の眼前を2度3度と通るが、全てが空を切った。
「――」
「――」
命のやりとりのような稽古が2人の間で続き、時間が過ぎていく。
須藤は必死にくいつこうとし、香織は段々と笑みを見せた。
何が楽しいのかと苛立ちが増していく須藤と、その姿が嬉しそうな香織。
次第に、須藤からも険しさが消えていき、いつしか時間というものを気にしなくなっていった。