やってみた
ヘルハウンドのブレス攻撃に闇鎧が有効かどうかについては、洋子も予想がつかないらしい。
現在9階にいる人に実験を頼みたくもあったが、回復魔法があったとしても失敗時には酷い目にあうだろう。それにヘルハウンドの場合、物理攻撃を使用してくる事が多いし、土鎧ではなく闇鎧で戦ってみてくれと頼む事はできなかった。
質問を行った人は、分からないなら仕方がないと諦め、無難に土鎧を使う事を書き込んだ。
さて、この質問が出た事によって、洋子が別の事を思いつく。
「石化光線に闇鎧が有効かどうか試したい?」
「はい。もしかしたら、それが対処法なのかもしれませんし、それに土鎧が無効化されている以上、試す価値はあると思います」
そう洋子は思ったが、問題が残っている。
石化光線が最初に放たれるとしたら、攻撃を惹き付けているであろう前衛組だ。
それなのに、パワーありきの土鎧ではなく闇鎧をつかっての近接戦闘というのはリスクが高いようにも思える。
「そうでした……」
「あぁ、でも、石化攻撃が始まったら、自分で闇鎧を使ってみるっすよ」
「そうね。それぐらいならいいんじゃない?」
少し表情を暗くした洋子に、須藤と香織が提案すると、洋子の顔から影が薄れた。
彼女が思いついた事はもう一つある。
それは、融合魔法を思いだした事。
以前、使いづらいと判断した時からすっかり忘れられたものであるが、もし、これをパワーありきで使った場合どうなるのか?
「まずは、やって見せてくれる?」
「そうですね。まずは試さないと」
「あぁ。また敵と遭遇したら試してみよう。俺と洋子さんでいいかな?」
「もちろんよ」
「お願いするっす」
話が済むと、掲示板に留守にする事を書き込み、休憩所を後にする。
まずはミノタウロスを倒し、トロルを仮想サイクロプスのつもりで魔法実験を行ったのだが……
「……いけるな」
「十分ですね」
「……俺の出番は? ……あれ?」
「ジャンプ突きもスラッシュもいらないんじゃない?」
敵の注意を惹きつける役は香織と須藤の役目となるだろうが、もしかしたら、自分達の役目はそこで終わってしまうんじゃないか? と思ってしまう程の威力。
2人が使ったのは火球の魔法。
パワー+火球を両者で使い融合させた結果、6mサイズのトロルの肉体が炎のドームに包まれ、それが消えた後に残されたのは消し炭になったナニカであった。
当然ながら、須藤と香織は放たれる前に逃げ出しているのだが、もし爆風等と言うものがあれば2人共多大な被害を受けただろう。その場合、須藤がまた良治に殺されかけたと掲示板で騒いだに違いない。
ここで不思議と思えるのは、通常の火球と効果が違った点。
普通は着弾点を中心とし周囲にも爆発の影響を及ぼすのだが、2人が行った融合魔法は違った。
着弾点で爆発がおきるという点は同じなのだが、その影響は炎のドーム内でのみ抑えられる。中の『もの』だけを燃やし尽くして消えるという効果なのだが、これは、今までの火球では無かったものだ。
予め用意されていた類の魔法。
そういう事になるのだろう。
この結果をしった4人は、他の魔法についても実験を行った。
良治と洋子のパワー型融合水弾は、巨大な水の塊となりトロルを包むと、そのまま圧殺。
良治と須藤のパワー型融合風牙は、トロルの全身を切り裂き、太い腕や足などを輪切りにした。
良治と洋子による光陣は、半径10mほどはあるだろう広大な魔法陣が大地に描かれ、辺り一面が光り輝く。
残念だったのは土鎧と闇鎧。
この2つについては、まったく変化が無かったが、ここ数日あった鬱な気持ちは、この実験によって全て消え去ったと言っても良いだろう。
この結果を知った良治は、宝箱に対する実験を頼んだ。
これで壊れなかったら、もう諦めようという気持ちでいる。
最後になるかもしれないだろうと、入手した中で一番大きな、7階の宝箱に使ってみる。
「「……」」
須藤と香織が呆然自失となったのは、宝箱が無傷であったからだ。
良治の両肩は、がっくりと落ちた。
やはり防具にする事ができないのかと、完全に諦めてしまう。
しかし、そんな良治の隣にいた洋子が、
「……これ、ダメージ結果が用意されていないんだわ」
「?」
意味が分からないといった顔を良治が見せると、洋子が目を輝かせて思う事を口にし始めた。
このゲームにある地形やモンスターは破壊可能。
良治が持っていた木の盾も同様であるし、青銅の盾も傷がついた。
当然、良治達の体もだ。
なのに、宝箱にはそうした形跡が一切ない。
触れる事も、移動させる事も、魔法で吹き飛ばす事もできるが、ダメージを受けた際の状態が最初から用意されていないと洋子は考えた。
「……ん? じゃあ、この影に隠れていたら、どんな攻撃でも平気?」
「かもしれませんね」
「……石化光線も?」
「……」
全員が沈黙し、実験に使われた宝箱を見つめた。
『よせやい、照れるじゃないか』
そんな事は勿論言っていないのだが、そう言いたくなるほどに、4人の視線が集中している。
「いや、でもこの宝箱じゃ、2人が隠れるのは小さすぎるっすよ!」
「そうよね!」
香織まで慌てている様子。
パワーの融合魔法結果からの宝箱実験。
そんなのを連続で見せられたが為に、珍しく動揺したのだろう。
石化光線対策として宝箱を使うのであれば、標的になるのは須藤と香織となる。
この2人が隠れる事が出来ないのであれば意味がない。
7階の宝箱というのは、鋼の剣とブナのスティックがはいっていたものだ。
香織や須藤が言う通り、2人が隠れて使うというには難しいものがある。
――ただし、これだけを使えばの話であるが。
「これも使ってみたらどうだ?」
そういって良治が出したのは、4階で拾った宝箱。
オーガ討伐を果たした時のもので7階のものと比べ、一回り小さい。
「でもって、蓋をあけて縦おきして並べれば……よし」
口にした通り、2つの宝箱を、蓋を開けた状態で荒野に縦置きし並べると、須藤と香織が近づいてきた。
4階で得た宝箱の影に香織が。
7階の方は須藤。
もちろん、全身が隠れるようなサイズではないが、身を屈めれば隠れることは可能だった。
「背を縮めて、箱の中を手で押さえれば……」
「こうっすね……なるほど」
物理衝撃があれば宝箱ごと吹っ飛ばされるだろうが、石化光線は衝撃と言ったものが無い。推測通りであれば、この手段は有効的とも思える。
須藤達を見ている良治に、洋子が近づき隣にならんだ。
「上手く行くかもしれませんね」
「あぁ。なんとなりそうだ」
そういう良治が、嬉しそうに微笑んでいた。
見た洋子の胸が、トクンと音を出すと顔を逸らしてしまう。
彼女が頬を赤く染めている間に話が進み、使用するであろう香織と須藤が宝箱をしまった。
その後、サイクロプスでの戦い方について作戦を決め、トロル相手に練習が行われる。
再度のチャレンジは、翌日へと持ち越された。