助けられてきた
良治の休憩所内に4人が集まり話し合いが始まった。
香織に事情説明がされるのだが、その途中で手を出し説明を止めてしまう。
「もういいわ。早い話が今のままが良いという人と、早く終わらせたいという人達で、意見対立が起きているって事でしょ?」
「そんな感じっすよ」
「その現状維持派って今何階にいるの? 確か、7階までは強制移動させられたはずよね?」
「掲示板の内容だけで判断すれば、8階がほとんどといった状態です。ハーピーとガーゴイルが出る階ですね」
「あー…なんか分かるっすわ……」
「あの階じゃ、私達も苦戦したわね……」
まだ4人PTになる前。
槍の派遣社員と香織は8階にいるのが辛くなり、9階へと急いだ経験がある。
その事を思い出した2人が、現状維持派に対し共感じみた気持ちをもった。
洋子と言えば、話に加わってこない良治を見つめ、何かを考えている様子。
その良治は、3人の話を聞いているのかどうか分からない顔つきだ。
「私は、無視してもいいと思うわ……何かしてあげられるなら別だけど……」
香織はそう思った。
須藤も同意見なようで頷いて見せる。
洋子は悩む良治を黙ってみていた。
その良治は、無視するという選択が最初からない様子。
沈鬱な空気が流れだしたのは、香織が言った事が良治の耳に届いているのかどうか分からないからだろう。
集まって相談しようといったばかりなのに、またも1人で悩んでいる様子。
癖というのは、そうそう消えるものではないだろうが、周囲の者にとってみれば苛立つだけである。
日本人離れした香織の顔が、険しくなり大きく息を吸ったとき、良治が口を開いた。
「……俺に、時間をくれないか?」
小さかった。
良治が出した声は、小さな水滴がポタリと落ちたようなものだった。
落ちた水滴は小さいながらも波紋のように静かに広がる。
顔を伏せている良治をみた面々は、どういう意味だ? と問いたい様子。
3人が戸惑っていると、良治は、頼みこむように3人に向かって頭を下げた。
洋子は、自身の顔に手の平をかぶせ「やっぱり」といった様子。
須藤は、大きな溜息をついて持っていた槍で、自分の肩をトントンと叩いた。
香織だけが良治を見定めるように目を細め、問いを投げかけ始める。
「ここで足を止める気?」
「それは違う。少しの間だけ、13階に行くのを待ってほしいだけだ」
「その間、どうするの?」
「休憩時間を使って、掲示板で話しをしてみたい」
「それが危ないと思ったから、こうして相談しているんじゃ?」
「あぁ。俺を何とか説き伏せようとしている人達と、どう話せばいいのか分からなかいからな……だけど、そこから逃げたら、この先やっていけないと思う」
「やっていけないって……どういう事?」
「……言葉どおりだよ。ここから解放される為には、俺達だけじゃ駄目なんだ」
ボソっと呟いた良治の返事に、香織は意味が分からないと、洋子と須藤の方に顔をむけたが、その2人も困惑している様子。
そんな香織。
いや、3人に向かって顔をあげ、言葉を選びながら話しだす。
「今まで、色々な情報を集めて掲示板で流したけど、それは俺達だけじゃない。他の人達だって一緒だ。実験に協力してくれた人もいたし、知らない情報をくれた人もいる。ちょっとした笑い話にだって心が救われていたと思う。……ここまで来れたのは、掲示板を通して皆と話し合えたからだ……それは、この先も変わらないはずだ」
不要な存在だから切り捨てる。
関わるのが面倒だから無視をする。
簡単だ。
全部無視して先に進もうとするだけなら簡単だ。
今まで通り得られた情報を流すのも出来る。
掲示板を使うのではなく、洋子のブログの方だけで流すのも手だろう。
だが、それだけでは駄目だ。
「私達だけじゃ進めなくなるという根拠があるの?」
「ある。というか、香織さんも経験があるだろ?」
「私も?」
「須藤君が、俺にメンバーチェンジを頼むのに使ったのは掲示板だ。あのまま須藤君と一緒に先に進めたか?」
「……ちょっと無理だったわね」
「その須藤君だって、最初から今のように会話ができたわけじゃない。言っちゃなんだが、最初の頃のように荒れたままなら、メンバーチェンジは受けなかったぞ」
「……まぁ……そうっすよね」
「俺や洋子さんだって、結構掲示板での話には助けられている。俺なんか、最初の一歩を踏み出せたのは、モンスターが弱いっていう書き込みがあったからだ」
「……そうですね。私も最初は、パニクって頭が回っていませんでしたし……」
開始と同時に、休憩所に引きこもった面々。
彼等が先に進み始めたのは様々な理由からだろうが、その切っ掛けが掲示板でのやり取りにあったプレイヤー達も多い。
特に良治の場合は、それが大きい。
そんな良治だからこそ、逃げるわけにはいかないと思った。
「だから、その……上手く話せるかどうか分からないが……少しだけ待ってほしい」
このとおりと両の手を合わせ、拝むような仕草すらしてみせると、3人共が諦めたように大きな溜息をついた。
「相談する必要もなかったわね。鈴木さん1人で答えを出せたんじゃないの?」
香織が眉を寄せ呆れたようにいうと、良治は即座に首を左右にふった。
「俺が1人だったら、もっと悩んで……」
「……なに?」
「係長?」
「どうしたんすか?」
良治の声が突然とまる。
何かを思いついたかのように、腕を組みだした。
顔を伏せると「相談?…その方が……」小声でブツブツと言い出して……突然、顔をあげた。
「洋子さん……」
「……」
洋子は良治の愛想笑いじみた表情を見て悟った。
それは面倒な仕事を頼んでくる時の表情。
長時間残業が必要になる時の表情だ。
嫌な予感を覚えた洋子は、逃げたくもなったが、
「この件が片付くまで、俺の近くにいてほしい」
そう良治が頼みこむなり、洋子の動きがピタリと止まってしまう理由は、お察しである。