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対立の発生

 意識が戻った良治に、洋子から電話がかかってきた。


『係長大丈夫ですか!?』


 出るなり大声で叫ばれてしまい、何が大丈夫なのか混乱してしまう。

 一呼吸おいてから、サイクロプスの光を避けそこなった事を思い出す。


「……俺どうなったんだ?」

『石化したんですよ? 全然覚えていないんですか?』

「石化? ……あの巨人の目が光って……危ないって思った所までしか記憶がないぞ」

『……体は平気なんですね?』

「ああ、無事だ。普通に動く」


 スマホを耳にあてながら指先を動かしてみる。

 胡坐を組んでいる足も動かし、何一つ問題が無い事を確認すらした。


『よかったです……』


 スマホ口から聞こえてくる洋子の声は、心底安堵したかのよう。

 不安にさせてしまったかと、眉を曲げた。

 洋子が落ち付いたのを確認してから、自分が石化された後の事を尋ねだす。


『同じですよ。係長がやられてからは、次々に石化させられました』

「全滅……したのか?」

『そうなるんでしょうね。たぶん、明日は12階からになると思いますが……』

「――」


 今までの事を考えると洋子の言った通りだろうと考える。

 13階から始まった場合、相談もなく再戦となってしまうから、12階スタートというのは助かるが、かといってどうやって戦う?


(あの光線。視覚してからじゃ遅いな。常に動き回っていないと駄目ってことか? だが、そうなるとパワーを使っている時間が……)


『係長?』

「……あ、ごめん。どうやったら勝てるのか考えていた」

『攻略方法ですか? 何か思いつきました?』

「……いや……何も……悪い」

『いえ。私も考えてみますけど、明日みんなで相談した方が良いかと思います』

「分かった」

『じゃあ、今晩はこれで。おやすみなさい』

「――あ、あぁ」


 ガチャ……と切れた後、スマホを見つめながら首をひねった。


(やっぱり様子がおかしいな。いきなり服装も変えるし態度もなんだか……)


 理由がわからないままスマホをテーブルにおきテレビの電源をつけた。

 どうやって13階のボスを討伐したらいいのか考えながら冷蔵庫に手を伸ばし、儀式のごとくビール缶を手にすると蓋を開けた。

 一気に流し込み喉を濡らすと、ニュース報道が耳に入ってくる。


『……迷宮にいる人々の間で、現状維持と早期の解放を望む意見の対立が激化しているもようです。当局が入手した情報によりますと、金銭的な問題や死亡率の増加が原因との事。これは、全ての掲示板で発生しているわけではありません。しかし、この状況が拡散するであろう事を、多くの人々が予想しており……』


「……またこの話か……というか、このニュース報道が拡散原因にならないか?」


 手にしたビール缶を、再度傾け口の中に含む。

 そのビールの味が、若干苦みを増したように感じられた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 迷宮へと連れて来られた直後にサイクロプスについて相談しようとしたが、その前に情報を流してしまおうと迷宮スマホを手にする。

 その時、良治は、自分が恐れていた事が起きているのを知った。


「……ここでもかよ」


 それは、先行派と現状維持派の意見の対立。

 開始から間も無いというのに、精神的疲労を感じてしまう事になった。

 話されている内容を読むに、社長と部長に聞いたストライキの一歩手前と言った所。

 前もって、この時が来る可能性を示唆されていたはずの良治であったが、何一つ書き込む事が出来ない。


 それもそのはずだ。

 現状維持派が、良治に意見を求めている。

 おそらくは良治を説き伏せる事によって、自分達の声を大きくしようとする考えなのだろう。


 そうした話し合いの中、名無しの迷宮人の1人が『有給と迷宮で手に入る日給で、ウハウハだぜ!』等と言う書き込みがされると、『お前、槍の派遣社員だろ!』と言われ、話の論点がズレ始めた。


「違うだろ!」


 休憩所の中で良治が声をあげた。

 確かに言葉遣いは須藤に近いものを感じる。

 だが、彼であれば必ず『槍の派遣社員』と名をつける。

 それに、須藤であれば現状維持派を無視するか、感情に任せて怒鳴りつけるように思えた。


「……俺達がそんなに迷惑なのか?」


 会社で話を聞いた時と比べ、ショックが大きい。

 リアルタイムで行われている掲示板での意見対立は、良治に何かを書き込みたいという衝動を抱かせる。

 しかし、自分が書き込むという事が、どういう意味をもつのかという事が理解できてしまい、指先を動かす事が出来なかった。


 こうした出来事によって、同じく掲示板を見ていた他の2人も不機嫌状態になってしまう。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 香織だけが戸惑っていた。


「休んでいる間に、何かあったの?」

「聞かないでください……」

「俺、書いてないっすよ?」

「私達の誰かを味方にしたいんだと思います。……もし係長が書き込んでいたら……」

「分かってるよ。俺だって、あれは危ないって思った」


 良治の様子を見ると、気落ちしているのが良く分かった。

 洋子は声をかけようと手を伸ばしかけたが、その指先が良治に触れる事が無いままに戻される。


 4人の周囲にある空気が(よど)む。

 社長と部長に言われていた事であるが、実際に見てみるのとでは大違いだ。

 しかも、先行派の代表として扱われてしまっているという事が頭になかった為、突然責任を肩に載せられたようなもの。


「……あんなに俺達がしている事を迷惑がっている人達がいるとは思わなかった」

「係長……」

「迷惑? どうしてそうなるの?」

「これ、香織さんにも、ちゃんと説明した方がよくないっすか?」


 須藤が、気落ちした良治や心配している洋子に向かって言うが、反応は無かった。

 香織のみが状況把握を出来ていない状態になりつつあったが、洋子が覚悟を決めたように表情を変えた。

 そして……


「係長、ちゃんと私達を見てください!」


 洋子の大声に良治が反応。

 気落ちしているのは変わらないようだが、彼の視線が動く。


「私達はそんなに頼りないんですか?」

「……いや、そんなつもりじゃ」

「なら相談してください。香織さんも含めて。皆で休憩所の中で相談するべきです」

「――」

「私も洋子さんに賛成ね。何があったのか知らないけど、私だってどうなっているのか知っておきたいわ」

「俺も賛成っす」

「……そう見えるのか……いや、そうだな」


 3人に諭され、幾らかは笑顔を取り戻した。

 しかし、まだ愛想笑い程度だろう。

 それでも、気落ちした状態で戦闘を行うよりは良かったはず。

 洋子に救われる形となり、彼等は良治の休憩所に入り相談し合う事にした。

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◆現在この作品の書籍版が発売中となっています
web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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