柊 洋子
会社に置いてあった作業服を持ち出し外にでると、すぐ側にある電柱に背を付け、洋子という女に電話をかける。目の前にある8階建てビルからスーツ姿の男女が出てくるのを見て、改めて日常に帰ってこれたと実感した。
トゥルルー…ガチャ。
『はい。もしもし、今日休んだことなら部長に聞いてください。では』
「ちょっと待て! その件で話があるんだよ! 君も迷宮に拉致られたんだろ?」
『私も? ……まさか、係長もですか!?』
「そう。俺もなんだ。その件で話があるんだが、今いいかな?」
『え、えっと……分かりました。私も相談に乗ってほしいことがあるんで……』
「相談?」
『はい。あの……スティックと回復(小)しかない私は、何を買って武器にしたらいいんでしょう?』
「……ん?」
何かを思い出す。
なんだか、そんな話を掲示板で見たような……
でも、それを書いていた人物は男のような書き方だった気が……
『掲示板。見ましたよね?』
「見たけど……いや、え? ちょっと待て。まさか、あれって君だったの?」
『そう…です。だってネットで女だってバレたら色々面倒になる事があるんですよ! そういうのは、もう嫌なんです!』
「『もう』? 何があったんだ?」
『それ聞きますか? 聞かないでくださいよ! それより、私は何を武器にしたらいいんです? どれも自信なくて2時間近く迷っているんですけど! もう、ほんと嫌!』
「わ、わかった。分かったから落ち着いてくれ。電話じゃなんだから……って言っても、そろそろどこの店も閉まるんじゃないのか?」
『その時は、現場の鍵を開けて、中にあるもの借りてきます』
「おい!」
それは盗むという事だろう! と考えたが口には出さなかった。
追い詰められている事を考えれば仕方がないようにも思えてならなかったから。
「俺のように、火球の魔法を覚えていればな……」
『え?』
ボソっといった言葉に、洋子が反応した。
『まさか、掲示板に『ヒャッハー! 俺の時代がきたぜ!』と書いたのは、係長だったんですか?』
「そんなの書いてないぞ! 誰だそれ!」
『あ、違うんですね。良かった。ちょっとびっくりしました。でも証明できないですよね? ……係長、もしかして色々ストレス溜まっています?』
「あんな迷宮に拉致られたんだから、ストレスは溜まったけど関係あるのか?」
『ストレスからくる精神分離というか、そういう……』
「……無いから。だいたい、こんな話をしたい訳じゃないんだよ。部長からの言付けもあるから、ちょっと会えないか?」
『部長から? なんでしょう? 電話では駄目なんですか?』
「駄目ってわけじゃないけど、武器の相談はいいのか?」
『会ってください。お願いします』
「……わかったよ。じゃあ」
『後、工事現場の鍵もお願いします』
「そっちは却下だ!」
こういう人だっけ? と、内心で疑問を抱いてしまった良治であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
柊 洋子。
歳は26。独身。
家賃6万のアパート住まい。
株式会社 成労建設勤務4年の平社員。
彼氏いない歴不明。
スリーサイズも不明だが、スレンダーな体形と言える。
胸は恐らくA。あるいはBと言ったところか。
入社時はロングのサラサラヘアーであったが、現場に出るようになってからはバッサリと切り捨て、ショートヘアへとチェンジ。
吊り目をする事が多い女であり、気が強そうな顔をしている。現場にいる職員達とも何度か口論しねじ伏せた。将来楽しみな強者というのが会社での評価だ。
そんな彼女を見ると、上下一体型の油汚れが付着した作業服姿。
そういえば、今日は朝から現場に行く事になっていたなー…と彼女のスケジュールを思い出す。
その洋子と、駅の案内図前で待ち合わせしていたわけだが、彼女の両手が、しっかりと紙袋を握りしめていた。
「ずいぶん買ったね」
「武器以外はですけどね。本当にどうしたらいいのか分かりません。係長はどうする気です?」
「今の所は2階に行く気が無いんだよ。明日も迷宮の地図を作ろうと思ってさ。ほら、君が言っていた回復(小)の魔法もあるかもしれないし」
「地図? 係長も作ったんですか?」
「俺も? もしかして、洋子さんも?」
「はい。ちょっと見てください」
そういって彼女は作業服についた胸ポケットから一冊の手帳を取り出した。
そこには、定規を使ってキチっと書かれた地図が書かれている。
「……あれ?」
「どうかしました?」
「俺も書いたけど、地図が消えていたんだよ。洋子さんは残っていたのか?」
「いえ、消えていました。これは、覚えている限りの範囲で書きなおしたものです」
「なんでまた?」
「もし、明日も迷宮に連れていかれたらと考えたんですよ。メモ帳の内容が白紙に戻っていたら嫌じゃないですか。なので、書いてさえおけばと思って」
「……なるほどな」
よくそこまで考えたものだな。と感心しつつ、洋子が書いた地図を見てみる。
すると、良治が書いていた地図と酷似しているように思えた。
「もしかして君がいた迷宮って、洞窟のような感じか?」
「違いますよ。近未来的な建物の中という感じです」
「……全然違うね。でも、道筋は似ている気がする」
「え? どういう事です?」
小さく漏れた声に、洋子が反応。
良治は、自分が思う事をゆっくりと説明し、見つけた宝箱と階段の位置も教えた。
洋子はそれをメモ帳に書き記し、良治は回復(小)の宝がある位置をしっかりと記憶することにした。
「もし、本当に同じだとしたら、私もそこにいけば」
「うん。洋子さんも火球の魔法を手に入れるかもしれないな。それに、俺も……」
現在でている情報で、良治が手にしていないのは回復(小)のみ。
もし、推測通りであれば、洋子が描いている地図頼みで、すぐに見つける事ができるかもしれない。
そう考えると、2人の鼓動が早まった。
今まで考えていなかった迷宮攻略の糸口的なもの。
その一端を手にしたような。そんな気持ちを抱いた。
「係長。また迷宮に連れていかれて、今の話のとおり宝箱を見つけたら、情報交換しませんか?」
「うん? また、こうして会って?」
「違いますよ。冗談言わないでください」
「……何か誤解されている気がするが、じゃあ、どうやって?」
「もちろん迷宮掲示板じゃないですか。私はYという名前を使って書き込むんで、係長はRという名前をつかって書き込んでください。それで情報交換ができると思います」
「……そういう手があるのか。そういえば、クリアした派遣の人が名前の所を変更していたね」
「まぁ、普通はしませんけどね。色々あるし……うん、色々……」
妙に気になる言い方をする洋子であるが、良治は気にしない事にした。
何か嫌なものを感じたのだろう。
「それより武器ですよ! 魔法が見つかるとは限りませんし、何か良いのありませんか?」
「その前に、部長からの言付けを言っとくよ」
忘れないうちに洋子に伝えると、がっくりと頭を前に倒された。
「あのー…私が連れ去られたのは、会社からではないんですよ。現場で打ち合わせしていた時なんです」
「……あ。つまり会社への出社は関係ないのか」
「だと思います。現場も対象内に入るというなら別ですけどね。たぶん、明日も一緒ですよ」
「嫌な話だなー…まぁ、明日の朝は会社関係に出ないようにしてくれ」
「ものは試しですか。それもそうですね。だけどこれは持っていきます!」
ガバっと両手をあげると、そこには紙袋が2つ。思いつく限りのものを購入したようだ。
「それは任せるよ。じゃあ、後は武器か――長いのがいいよね?」
「ええ。できれば槍とか、あるいは銃とか」
「銃は無理。槍か……それなら、もしかして……」
「あるんですか!?」
「代用品って感じになるけど……うーん、朝の方がいいけど、一応ライトもつくし資材置き場に行こうか」
「資材置き場!? ど、泥棒するんですね!」
「俺は許可とったからな! 泥棒じゃないぞ! なんで嬉しそうなんだよ!」
そういう良治から、逃げるように目線を反らした洋子であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝になる。
部長に言われた通り、良治は自宅で時間がくるのを待った。
一応、連れ去られてもいいように、会社のロゴが入った冬用の作業着を着こみ、足にはスニーカーを履いた。
通勤用の鞄にはバインダー式ノートと筆記用具関係。
背負った青いリュックにはコンビニ弁当や、オレンジジュースのペットボトル。
そして忘れてはいけない携帯式トイレとトイレットペーパー。
さらに頭には、ライトのついた工事用ヘルメットを。手には軍手を着用する。
その手で握るは、鉄パイプを斜めに切った槍の代用品。資材置き場で洋子と作り上げたものだ。
できるだけの時間を使い、これぐらいあれば大丈夫か? という状態にした。
失くせば困る様なものは全て部屋に置き、テレビで流れる時報を凝視し、その時を待つ。
朝の8:00まであと1分。
……50……40……30……20……10……0
結果は?
勿論……
迷宮2日目の始まりである。