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会社への報告

 事件発生から24日目の金曜日。

 ジャンプスキルによる体力の消耗具合が掴めてきたところで1日が終わり、自宅へと戻る。

 着がえてから定食屋に向かおうとした良治であったが、スマホから着信音が鳴り響いて彼の足を止めてしまった。


『もしもし、良治君か?』

「はい。そうですけど、どうかしましたか?」


 電話の相手は部長の浩二であった。

 また何かあったのだろうかと、テレビリモコンに手を伸ばしかけたが、彼の用件はそうした事では無い。


『明日の土曜日、現状報告をして欲しいんだが、大丈夫か?』

「勿論です。洋子さんは?」

『一緒だ。俺の方から連絡をしておこう』

「分かりました。じゃあ、明日の朝出社します」

『頼む』


 浩二がそう言うと、ガチャりと電話が切られる音がした。


(……報告書類でも作った方が良いか?)


 ここ最近は、そうした仕事をしていない事を思い出す。

 しばらくやっていないが為、色々と忘れ始めている様な気持ちにもなり、食事を終えてから久方ぶりの書類作成の仕事を行った。


「上手くA3にまとまらん!」


 成労建設において上司に出す書類関係は、出来る限りA4かA3用紙1枚に収めるよう言われている。本来の仕事関係なら慣れているが、ゲーム状況を報告するとなると別であったのだろう。

 頭をかきむしり、ノーパソに向かって唸り声をあげている姿は、迷宮にいる良治とは別人のようであった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日の土曜日。

 通常勤務のように8:00に会社へと出社。

 久しぶりにきた会社内では、良治と洋子が会社員拉致事件の被害者であることが知られており、同僚達から色々尋ねられた。


「ウォホン!」


「「「「おはようございます!」」」」

「あぁ。おはよう」


 社長の友義と、部長の浩二が現れると、蜘蛛の子を散らすように同僚達が去る。

 現れた社長と部長は、そのまま良治達に近づき、ついてくるよう命じた。



 ――ちょっと狭い会議室


 良治と洋子。そして友義と浩二が白い長テーブルを挟みパイプ椅子に座る。

 まずは、昨晩中に作り上げた良治の書類を2人に見せる事になった。


「……犯人の事は、相変わらずこの程度しか分からんのか?」

「はい。時折声が聞こえてくるだけですから」

「業務連絡が流れるとか言っていたな……ふざけた奴だ」


 友義が報告書類を読み終わると、隣にいる浩二に渡した。

 彼が読み終わるのを待ってから、社長が質問を始める。


「部長から聞いたが、大人しくできんらしいな」

「……」

「勘違いするな。責めているわけではない。むしろそれでいい」

「え?」

「いいんですか?」


 てっきり叱られるのかと思いきや、そうでは無かった。

 表情を緩ませ、手を軽くふってみせている。


「色々と調べて分かったのだが、幾つかのグループ内で、妙な事が起き始めていてな……」


 そう話しだすと表情を曇らせ、隣にいる浩二へと視線を向けた。

 説明は自分の役割かと、気の付く部長は嘆息を一つ出してから話し始める。


「簡単に言えば、意見の対立が始まっている」

「意見の対立? それって……」

「先週聞いた話じゃないですか?」


 浩二が話し始めたのは、ここ数日のうちに話が拡散されたものである。

 少し前から現状維持を訴え始めた人々が出始めており、意見の対立が幾つかのグループで発生していた。


「なんだ? 君達の所でも起きているのか?」

「いや、俺達は、そんな話をテレビ番組で耳にしただけですよ」

「ええ。たまたまですが」

「……君達が聞いた話が、どの程度なのか知らないが、先日ストライキじみた行為まで行われたらいし。だが、それがすぐに駄目になった。裏切り者のせいだ。と、連呼されていたよ」

「裏切り者?」

「その話は知りませんね」

「そうか……まぁ、暴露されたのは、つい昨日らしくてな……」


 浩二が言いづらそうに話し始めると、隣に座る友義の不機嫌さがましていった。


 とあるグループで現状維持派の声が高まりだし、先行派の声が減ったらしい。

 そうなってきたある日の事、自分達がいるグループは、もうこれ以上先に進むのを止めよう。という事が掲示板の中で決定事項として扱われるようになった。


「現状維持派の理屈も分からなくはない。犯人の意のままに動くのが嫌なのだろう。それに金銭的な問題もある。時給は低くても、敗北し放置されている時間分がもらえないのであれば、生き残れる階にいた方が得だ」

「……理解はできますが、掲示板の中で決定しただけですよね? それを全員が承諾したんですか?」

「そこでさっき言った裏切りが出てくる。翌日には上へと進んだ者達がいたらしく業務連絡が流れて……まぁ、掲示板とやらで酷い悪態をつかれたようだな」

「翌日に!?」


 良治が驚きの声をあげたが、洋子はそうでも無い様子。

 話されている最中に予想したのだろう。

 隣で聞いていた友義は、不快そうに顔を歪め、剃ってある自身の頭をペシっと一度叩いた。


 その先へと進んだPTというのは、掲示板で何度も書き込んでいた先行派の人々だったらしく、彼等が言うには、自分達が組んでいるメンバーの中に、会社の状況が(かんば)しくない人がいたようだ。


 その人がいる会社は元々少人数しかいない為、そのメンバーがいないだけで大幅な戦力ダウンになる。

 そうした状況にあったが為、効果が有るかどうか分からない現状維持によるストライキという考えは受け入れられなかった。


 この会社問題を抱えていたプレイヤーは、迷宮が終わった後も会社に顔をだし、出来る限りの仕事をこなしていたようで、そうした事情を知るPTリーダーは、現状維持派の声を無視し、上へと進んだとの事。


「……分からなくはないですね」


 良治が裏切った人々に対し理解を示す声を出した瞬間、友義が少し大きい声をあげ言い出した。


「むしろ当然だ。ストライキが有効な手段だという確証があるなら納得もできるが、調べた限りで言えば行き当たりばったりというしかない」


 不機嫌さを隠さずに言う社長に、今度は部長が口を挟んだ。


「しかし、社長。そうした行動で、何かが分かるという可能性もあります。無駄というわけでもないと思うのですが?」

「行動を起こす事で反応を見る。という理屈は分かる。しかし、ストライキを何日行うつもりだった? 掲示板を見ていない連中とているんじゃないのか? それを破ったら裏切もの扱いだと?……魔女狩りでも始めるつもりか?」

「少なくとも先行した人々は、掲示板を見ていた人々です。なら、先へと進む前に反論するべきではないでしょうか?」

「多数に対する少数意見というものは、理屈抜きで潰される事がある。それに、現状維持を望んだ連中には余裕があったのかもしれんが、先へと進んだ者の中には、そんなものがないようだな。その点はどう思う?」

「……」


 矢継ぎ早に、社長と部長との間で口論がされた。

 どちらの言い分にも一理はあるとは思うが、自分達の前でやるのは止めて欲しいというのが良治と洋子にとっての素直な心情だっただろう。

 部長が押し黙ると、社長が良治をジロリと睨みつけた。


「これは君達にとって良い前例だ。いつ君達の所でも同じ事が起きるとも限らん。その時がきたらどうするべきか、前もって考えておくことができる」

「……はい」

「理解できたか? ならばいい。俺からの話はそれだけだ」


 話は終わったとばかりに、パイプ椅子から立ち上がると「この2人をさっさと家に帰せ」と部長に言い残し会議室からいなくなった。


「……という事だ。もう帰って良いぞ」


 浩二が、社長のいう通り2人を帰そうとするが、良治は座ったまま動こうとしない。

 洋子は諦めたように溜息をついた。

 そんな洋子を見て、浩二が苦笑したのは、彼女が何を考えたのか知っているからだろう。


 良治を見れば一目瞭然だ。

 聞かずにはいられないといった目付きで浩二を見ている。


「不満そうだな?」

「……部長は、どう考えているんですか? 聞いた限りだと、部長は社長とは正反対な意見だと思うんですが?」

「迷ったか?」

「……はい」

「そうか……バレないものだな」

「バレナイ?」


 良治が困惑すると、浩二が頬を緩めた。


「実は芝居だ。意見対立を目の前でやってみせれば、その時がきても冷静に判断できるだろうと社長がな……上手く出来たか?」

「……騙されました」

「俺や社長の演技力も中々なものだな……」


 自分の顎を軽くなで言う仕草は、どことなく嬉しそうである。


「それを俺に言っていいんですか? 芝居した意味がないのでは?」

「構わん。社長にも言われている。迷うくらいなら教えてやれとな。だから、さっさといなくなったんだ。あの人は、昔からそういう役を俺にやらせようとする」

「大変ですね」

「そう思うか? なら、言われた通り……とはいっても、君は、自分が思うようにしか、やらないだろうしな……」

「……いや、そんな事は……」


 自分を見つめる浩二の目を見ながら言いかけたが、途中から言葉がでなかった。


「誤魔化そうとしても無駄だ。いい加減、付き合いも長い。社長も分かっているから不安なのだろう。まったく、そういう所が無ければ、今頃課長になっているというのに……」

「……申し訳ありません」


 萎縮する良治を横目で洋子が見つめる。

 何かを言いたくなった彼女であるが、その前に浩二が話しを続けた。


「まぁ、俺と社長は言いたい事は言った。後の判断は、君と洋子君に任せる。先に進むも良し、ストライキも可能だと思うならやればいい。あるいは君達なりのやり方をするのも良いだろう。とにかく会社に一日でも早く復帰できるならそれでいい」

「気を使わせて、すいません」

「会社の為だ。気にするな」

「はい」

「よし。なら、今日は帰って――あっと、そういえば……」


 まだ何か? と、2人がそろって浩二をみると、彼の視線が洋子に向けられる。


「分かっていると思うが、洋子くん。君の有給はもうないぞ」

「ウッ!?」


 告げられた洋子は、何か大きな衝撃をぶつけられたように顔を仰け反らせ、良治が言う残念で面白い顔を見せてしまう事になった。

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