自演
昼食後に、気になっていた情報の一つが舞い込んできた。
それは洋子が手にしたはずの魔法『火+』について。
弓術士は他の人々と同じく武器への属性付与。
短剣術士は洋子と同じく反応がなかったらしい。
この事から、洋子に問題があったのでは無いという事が証明されたのだが、納得できたわけでもない。魔法なのに、自分達が覚えられないのは、設定ミスではないのかと疑いたくもなる。
この話を発端として、『火+』によって発生する火属性攻撃が、12階のモンスター相手に有効じゃないのか? という意見がでたので、さっそく試してみる事になった。
そのついでにパワー+スラッシュ攻撃も使用して見たところ……
「燃えた!!」
「すげぇ……なんすか今の……」
「赤い衝撃波……本当にゲームですね」
「……私も試してみていいかしら?」
出現したのは真っ赤に染まった三日月の衝撃波。
命中した箇所の肉を切り裂き、さらに炎が燃え上がる光景は筆舌にしがたい。
香織ですら使用を希望するのはよっぽどの事であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
12階で、初の宝が見つかったのは、翌日であった。
罠がある事を思い出し、試しに鑑定虫眼鏡を使ってみると『中級宝箱:毒針』と表示される。
自分の役目だろうと、香織が宝箱の横から近づき、少しだけ蓋を開けてみる。
針らしきものは飛んでこない。
隙間から中を覗いてみると、うっすらと張られた糸を発見。
「……分かりやすいわね」
不満な顔つきのまま目を動かすと、針の発射口らしきものまで発見。
発射されるであろう方向を確認し、宝箱を大きく開く。
シュっという音ともに針が発射されるが、誰にも当たることなく、地面へと虚しく落ちた。
「……なんだか違うんじゃないか?」
「イメージと違います。刃物をつかってプチプチっと……」
「さすが香織さんっすね!」
1人だけ反応が違ったようだが香織は無視。
被害が無ければ、それでいいのだ。
中にあるもの見れば、羊皮紙が4枚。
今度は何だ? と鑑定虫眼鏡を使って見る。
「ジャンプ? ……ってなに?」
「……スキルでしょうか?」
「高く飛べるとか、2段ジャンプができるとかっすかね?」
「覚えたら早いだろ」
尤もだと良治のいう通り手にしてみると……
「おぉ!?」
「これは……えぇ―――!?」
「いいんすかこれ!?」
「……みんな一緒?」
香織が尋ねると、それぞれが視線を合わせ笑みを浮かべる。
誰かが合図したわけでもないのに、ほぼ同時に地を蹴り上げた。
飛び跳ねた足が、今度は空を蹴り上げ……また、蹴って……また……と、彼等の体を空高くへと運んだ。
自重しようと考えたはずの良治ですら浮かれ気分。
ポンポン飛び跳ね性能を堪能している彼等の姿は、実に楽しそう。
もし須藤が、香織よりも下にいれば良いものが見れたであろうが、そんな事を思いつく事も無いまま楽しんだ。
それぞれがワイワイキャーキャーと声をあげ空を駆けまわっていたが……
「……うっ」
一際高い場所にいた良治がバランスを崩したように急落下。
重力任せに落ち始めた良治に気付き3人があとを追う。
地面へと衝突しかけた良治であったが、階段を降りるように空を蹴り着地を成功。
しかし、すぐに両膝と両手を地面につけてしまった。
「急に力が……あぁ!」
理由が分かったのか、自分の胸に手をあて回復(中)をかける。
大きく息を吐いて立ち上がった時、3人が駆け寄ってきた。
「係長どうしたんすか?」
「体力切れだと思う。……これは、扱うのが難しいぞ……」
力の入り具合を確かめるように手を握り須藤に言うと、洋子が不安そうな顔をし良治の顔を見上げた。
「大丈夫……ですか?」
「平気だ。感じなかったか? 上にいくにつれ、なんだか力が消えていくような感じ。それが突然酷くなった」
「あるにはあったっすけど……」
「ありましたけど、私でも平気でしたよ?」
「私も平気だったわ。……どういうこと?」
体力という面でいうなら、洋子が一番低いだろう。
その洋子が平気だという事は……
「高度の問題――でしょうか?」
「……どうだろうか?」
落ちてきた空を見つめるが、自分がどの程度まで高く上がっていたのか分からない。
「もしそうだとしたら、自分がいる高度の把握が必須なのか?」
「練習が必要そうですね」
「そうなるな。練習……どうしたらいいと思う?」
「……多少危険ですけど、交代で戦闘中に練習してみるのは? 高さの物差しのようなものが無いと高度が分からないし……」
「敵を物差し代わりに使うのか? 危ない気もするが……ものは試しか」
結論がでたようだと、須藤と香織が視線を合わせる。
互いに首を一度倒してから話し合う2人に近づくと、そろって微笑を見せた。
「私達も賛成だわ」
「いいと思うっすよ!」
4人の意思が即固まった。
それが嬉しかったのか、青空の下で全員が笑い声をあげてしまう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ギィーギィーという軋む音がする。
発生源は、滑らかな白髪少年が座る黒く大きな椅子からであった。
「……もう社長の出番は不要かな?」
目の前に映し出されている立体映像を、思案するような顔つきで見つめながら呟いた。
その映像というのは、良治達がいるグループのプレイヤー達のもの。
「先に進み始めている人達が増えてきたし……うん。このグループで追い込み役を出すのは控えるか」
そう決めると、サっと手をふり映像を切り替え、彼が一番注目をしているPTの状況が映し出される。
良治達がいたグループで初期時に出ていた某社長の書き込み。
あれは少年が、掲示板に書き込んだものであり、他のグループでも同様の存在を出していた。
時には平社員。
時には係長。
はたまた課長や部長であったりと、そのグループごとに使い分けをし、テストプレイヤー達を上へ動かす事に使っている。
「順調に育っているなぁ…」
遭遇したばかりのトロルを相手に、周囲を飛び跳ね奮闘する男が一人。
映像を眺めていた少年は、手すりを指先でリズム良く叩いた。
近くに、槍を手にした男がいるが、攻撃を仕掛ける様子はない。
トロルと空を飛び跳ねる剣士の様子を交互に見ているだけ。
「あっ!」
空を駆けまわっていた男がバランスを崩し地上へと落ちていくと、思わず声を出してしまった。
槍を持っていた男が駆け付けトロルに襲われる前に救い出すと、安堵したかのように椅子へと深く腰掛けなおす。
「調整が難しいか……。かといって数値データを表示させるわけにもいかないし……こっちはどうだろ?」
今度は、ミノタウロスを相手にしている女2人に注意を向けた。
隙をついてヌンチャクを何度も打ち込み注意を惹き続ける女と、ミノタウロスの顔に向け魔法を放つスティック術士。
互いにどのくらいの攻撃を与えれば、誰に攻撃が向かうのかが分かっている様な息のあった戦い方。
「こっちの2人も順調か。さすが、キマイラを余裕で倒した人達だ。あれには、驚かされたなぁ……」
その時の光景を思い出すと、自然と表情が綻んだ。
10階ボスであるキマイラは、何一つ設定変更をしていない。
良治達以外が苦戦したのは単なる実力の差。
驚きはした。
設定を間違えていたのかとすら思った。
しかし、そうではないと知った時の驚きは、少年を愉快にさせてくれた。
「早く20階までおいで。その時には、全て教えて解放もしてあげるからさ」
その時が来るのが待ち遠しいかのように呟く声は、誰に届くこともなく、周囲の壁に溶け込み消えていった。