薄れる不安
週末が過ぎると、やってこなくて良い月曜日となってしまう。
事件が始まって20日目の朝、これからの事について話し合おうとしたが、その前にピーな神の声が聞こえてきた。
『はーい。今日からまた一週間頑張ってね。もう半分超えしている人もいるようだし、遅れている人達は、そろそろ次の階行っちゃおうか。7階はもう知っているだろうけどボス部屋だ。がんばって挑戦してみてくれ!』
開幕からこの声か……と、良治達の顔に嫌悪感が浮かんだ。
「先週はやらなかったのに、今日になってか……」
「嫌がらせなんでしょうかね?」
「ここの管理者らしいっすよ……」
「管理者?」
香織が須藤に尋ねると、嬉しそうにペラペラ喋りだした。
単純に言えば、ピーをつけたとしても神と呼ぶのは嫌らしく、管理者と呼ぶ人が掲示板で増えてきているらしい。
『あともう一つ。会社から解雇されたらどうなるのか気にしている人がいるようだけど、その場合でも君達を連れてくるから安心していいよ。これを聞いている、マスコミ関係者は特ダネに感謝してくれたまえ! でも、機材の持ち込みは許可しないよ。じゃあ、今日も頑張ってレッツ迷宮だ!』
誰一人として感謝しなかったようだが、声の主は気にしないで業務連絡を終えてしまう。
「やっぱり、そういう連中っているんだな」
「いたんですね……」
「色々言われているっすよね……」
「アレはうんざりするわね。いくらなんでも番組数が多すぎるわ」
いきなり疲労を感じてしまった良治であったが、気を取り直し須藤と香織に顔を向ける。
2人に地図を完成させつつ進みたい事を口にすると、すぐに快諾してくれた。
「会社の方はいいのか? ……その、解雇の話だとかは……」
「大丈夫っすよ。俺の契約って1ヶ月更新なんすよね。ここから解放されたら、派遣されている会社と再契約って形で話が落ち着きました」
「それは大丈夫って言うのか? 金はどうするんだ?」
「有休を全く使ってなかったんで、それを使わせてもらってるっす。それにもう少し上に行けば、元々の時給と変わらなくなるんで、有給が切れても生活の方は困らないっすね」
「……そうか……香織さんは?」
「うちの場合、家族経営なの。今は休職扱いにしてもらっているわ。だから――まぁ、貴方達が気にする必要はないわよ」
「……休職か……俺達も言ってみればそんな扱いかもな」
「そうですね……3ヵ月の期限つきですけど」
良治と洋子が視線を合わせ苦笑し合う。
それを見た時、香織の中にあった良治への不安が、微かに薄れるのを感じた。
(……洋子さん次第なの?)
それは直感的な閃きともいうべきものだろう。
香織は自身の考えを確かめようと、良治だけではなく、洋子の様子も気に掛けることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
11階の風景は、荒野そのものだ。
壁といったものが見当たらないが、変わりに亀裂がある。
これを壁代わりと見立て迷宮図を作っていくわけだが、他の階と違ってどこまでも果て無く広がっているように見えた。
この階の敵であるゴーレム達は、突如として現れる。
それはPTを組む時に見る光景と変わらない出現だ。
遭遇したゴーレム達を倒しながら探索を続けているうちに、宝箱を発見する。
「あった!」
「ありましたね」
遠くに見えた宝箱に、全員が駆け寄った。
喜び開けてみると、中から何かが飛び出て、良治の首に痛みを与える。
「ッ!」
「係長?」
「何か見えたっすね」
宝箱を開いたのは良治。両隣に須藤や洋子がいた。
香織は少し遅れてきたので、分からなかったらしい。
「針だ。今頃になって罠か?」
「目に入っていたら洒落にならなかったすね」
「針? ってもしかして……」
「……ちょっと見せてくれない」
「え? あぁ、はい」
肩から抜いた針を香織に手渡すと、自分の鼻へと近づけた。
「――異臭がするわ。おそらく毒ね」
「やっぱりですか……治癒の魔法を使ってみます」
良治に治癒の魔法をかけると、針が刺さった部分から靄のようなものが発生し消え、傷口はすぐに塞がった。
「ゲームだと解除する道具や能力などが用意されているものですが、今の所無いですね……香織さんは、罠の類に詳しいですか?」
「昔、修行の一環で似たような事を経験したぐらいよ」
「罠が修行なんですか?」
「洞窟の奥に用意された物をとってこいっていう感じでね……。目的物を見つけて油断して箱を開くと毒蛇が出てきたり、落とし穴があいたり……あぁ、やだやだ。思い出したくない!」
「「「―――」」」
香織が両手で自分の体を抱きしめるようにし、身震いをしてみせる。
見ていた他の3人は、映画の1シーンのようなものを頭に浮かべてしまい、身を震わせた。
「と、とりあえず出たものを拾おう」
逃避するかのように、見つけたばかりの宝箱の中身を見ると、4人分の羊皮紙が入っていた。鑑定してみると『火+』と表示される。
「+? ってなんだ?」
聞いてみるが、3人共が首を横に振った。
意味は分からないがイメージとして頭に思い浮かぶだろうと触れてみる。
すると、良治の頭の中に、赤く光る剣のようなイメージが浮かびあがった。
「?」
「どうしたんすか?」
どう説明したらいいのかと悩んでいると、香織が手を伸ばした。
「……赤いヌンチャク? どういう事?」
「俺の場合、赤い剣だった。ちょっとやってみるよ」
その場から離れ、鞘から剣を抜くと、脳裏に浮かんだ言葉を唱えてみる。
「火の剣!」
口にしたと同時に、良治が持っているミスリルソードが真紅の輝きを放ち始めた。
「「キタコレ!!」」
洋子と須藤が声を重ね出すと、意味が分からない2人組が説明を求め始める。
2人の推測は同種のもので、持っている武器に火属性を与える魔法だろうと言う。実験は後にし、須藤と香織も使用してみせた。
……が、洋子だけが違った。
「私……何も思い浮かばない」
「え? なんでだ?」
「マジっすか?」
「どうしてなの?」
脳裏に何のイメージも浮かばない。
スティックなのだからと、ファイアースティックと唱えてみたが当然効果がなし。何かしらの手段が無いかと他にも試みるが、全て無駄に終わった。
洋子が不満そうにスティックを振り回すと、見てしまった良治がクスっと笑ってしまう。
途端に洋子の頬が膨らんだ。
ずんずんと洋子が迫ると、良治はその分後退。
苦笑しながら謝る声を上げ出すと、洋子が顔を反らした。
まだ不機嫌なのかと、宥めるような声を良治がかけるが、すでに彼女は許している様子。
そんな2人のやり取りを見た香織は、自身の勘を信じる事にした。