ちょっとした軽食
12:00少し前にプールから上げる。
ランチをとるため着替えて館内にある食堂へと向かうと、大勢の人々が行列を作り並んでいた。
「うわ、混んでるな……」
「昼時ですからね」
来てみたはいいが待つだけでも疲れそうな光景。
いっそ外にいくか?
そう考えた時、洋子が手にしていたバックから白い四角のランチバスケットを取り出した。
「一応サンドイッチを作ってきましたけど、どうでしょう?」
「え?」
「量は足りないと思いますけど……」
「――」
「係長?」
返事に詰まり反応できずにいると、洋子が出したばかりのランチバスケットをしまい始めてしまう。
「食べるよ!」
「そうなんですか? 何も言わないから食べたくないのかと……」
「突然過ぎてびっくりしただけだ」
「少ないと思いますが、いいんですか?」
「あるだけでも助かる。ジュースでも買ってくるから、席をとっておいてくれ」
「分かりました」
そうして2人が一度別れた。
(洋子さんが何か作ってくるとか、考えていなかったな……)
良治が自動販売機を探している間、洋子と言えば、
(出すタイミングを間違えたかな? 言いづらかったけど、不自然じゃないよね?)
そんな事を考えながら、丸いテーブル中央に白いハンカチを広げ、上にランチバスケットを置く。
準備は万全。あとは食べてもらうだけ! さぁ、いつでもこい!
そう思った所で『何を期待しているのよ私は!』とツッコミを自分でしているのだが、誰も気づくことはない。
表情を崩さず内心でボケツッコミを1人でしている洋子の元に、良治が缶コーヒーを2本もって帰ってくる。さっそく食事を始めようとした所で、食堂に設置されていたテレビから昼の番組放送が流れた。
『――本日の迷宮ニュースでは、これまで分かった事をまとめたいと思います』
それは報道という名の娯楽番組。
この番組は最近になり始まったもので、良治と洋子は知らなかった。
「すっかり、ネタにされていますね」
「この手の番組が増えて困る。……それより食べていいかな?」
「あっ、どうぞ」
良治が聞くと、洋子の手が動きバスケットの蓋が取られた。
中には四角いサンドイッチが綺麗に並べられ入っている。
1人前としてはちょっと多く、2人前としては物足りない量といった感じだ。
早速一掴みし「いただくよ」と言い口にする。
「……マスタードを混ぜた?」
「色々やってみました。どうですか?」
「これは好きだな。他にはどんなの?」
「それは、食べてからのお楽しみです」
それもそうだな、と手にしたばかりのサンドイッチを食べきった。
テレビの方では、良治達が知っている事が次々と流れていく。
興味津々と見ている者や、まったく関心がない者。
当事者であるはずの良治といえば、ニュースの内容よりもサンドイッチを気にしている様子だった。
「ソースカツが、美味そうだな」
「美味そうだな。じゃなくて美味しいですから、どうぞ」
「遠慮なく」
しっかりとソースが染み込んでいる厚めのカツサンドを見かけ、さっそく一口……良治の口元が緩んだのがハッキリと見えた
「歯ごたえも味も……うん。美味いよ、洋子さん」
「そうですか?」
「これは売れるレベルじゃないのか? 洋子さん、料理上手だったのか?」
「下手といった覚えはないです」
「いや、会社に弁当を持ってくるところ見たことないし」
「平日は料理する時間があるならゲー…あっ、これもどうぞ」
「――」
洋子が指さしたものを無言でとり食べてみる。
何を言おうとしたのかは分かったが、その事には触れずにモグモグと食べた。
オーソドックスなハムレタスサンド。
これについてはウンウンと頷くばかり。
良治の反応を一々気にしているようだが、そのうち『洋子さんも食べなよ』と言われ、彼女も口にし始めた。
次第に感想を言わなくなった良治であったが、表情は満足気な様子。
洋子は、ちょっと物足りなさを感じているようだが、そんな2人の耳に、気になる知らせが入ってくる。
『――迷宮掲示板の内容から考えてみると、真剣に解放を望み先に進む人々と、情報入手後に挑む人達。そして現状維持を考える人々に別れるようですが、坂崎さんどう思いますか?』
聞こえてきた瞬間2人の手が止まり、テレビ画面へと目が向けられた。
坂崎と言う男はコメンテーターのようで、黒縁眼鏡を指先でズリあげている。
『そう…ですね。それぞれ生活面や会社都合からの違いだと思いますが、上にいくほど現状維持を望む人が増えるんじゃないでしょうか? 理由として言えば、会社からもらえる給料と、ほぼ変わらなくなる人々が増えるからです』
『しかし、現状維持を望むという事は解放されないわけですから、会社から解雇されてしまうのではないでしょうか?』
『会社の方ではそうしたいのが本心だと思いますよ。ですが雇用契約の問題もありますから、すぐには出来ないでしょう。まぁ、ある局で雇っているテストプレイヤー達なんかは解雇されないと思いますけどね。なにしろ特ダネを拾ってくるわけですから。テレビ機材を持たせて迷宮に潜入させようとした事ぐらいありますよね? むしろ助かっているんじゃないですか?』
『ちょっと止めてくださいよ。ハハハハ』
「――何がおかしいんだ、この司会者は?」
「反応に困って笑っているだけじゃないですかね?」
「そうだろうけどさ……いや、悪い。せっかくの美味い飯が不味くなりそうだ」
不機嫌そうに眉を吊り上げたまま、残ったサンドイッチを口にしていく。
良治の気持ちを和らげるかのように、洋子の頬が綻んだ。
たがかテレビネタとして考えるのではなく、自分の事のように苛立ちを感じている様子が、洋子にとって嬉しく思えたのだろう。
その良治の手が、突然止まってしまう。
どうしたのだろう? と洋子が目をパチクリすると、自分の方へと目が向けられた。
心臓の鼓動がわずかに上がった。――が、
「洋子さん、本当に食べないな。もしかしてダイエット中か?」
「……違います。食べますよ」
あっという間に下がった。
「(少しは気にしますけど、ダイエットを必要としているように見えますか? 思っても口にします?)」
「洋子さん?」
「ちゃんと食べるので気にしないで下さい」
「――」
心の声が小さく漏れていたようだ。
不機嫌そうな様子もありありと分かる。
その表情は、伸びた良治の手を戻すのに十分なものだったようである。