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予想外

 事件発生から17日目が過ぎた金曜日の朝。

 その日、良治達は10階へと進んだ。

 時を同じくし、洋子達も進み始める。

 これは良治も知っている事で、昨晩のうちに聞かされていた。


 9階と風景が変わらない10階へと到達すると、神からの業務連絡が流れたが、本人達は気にする事なく目の前にいるソレを見ている。


「ボスだったんすか……。しかも、キマイラっすかね?」

「キマイラっていうのか? 頭が多い、ヘルハウンドって感じだが……」

「そうっすよね……」


 須藤が言うように、彼等が見たのはキマイラ。

 あるいはキメラと呼ばれるモンスターであった。


 山羊、獅子、竜の顔。

 体は獅子で背に蝙蝠のような黒い翼。

 尻尾は蛇となっており赤い舌まで出している。


 それを見つめる2人であるが緊張感が薄い。

 理由は、目の前にいるキマイラが、見慣れたヘルハウンドと変わらないサイズだから。

 感じる気配もヘルハウンドとほぼ変わらないし、上を見上げてもグリフォンのような生物がいない。


 これ一体ならば、そう難しくはない相手のように思える。


「……何か隠し玉とかあるんすかね?」

「分からないが……まぁ、戦ってみよう。須藤君は好きにやってくれ。俺の方で合わせる」

「お願いするっす!」


 互いに獲物を握りしめ、通常の土鎧を使った。

 パワーを使いたくもあったが、いつ襲ってくるか分からない。

 一歩前に出たのは盾をもった良治。

 須藤は、若干身を低くし、良治の背に隠れるように動いた。

 その行動だけで、良治は須藤が何をしたいのか分かったようで、苦笑して見せる。


 相対したキマイラがそれぞれの顔から威嚇する声をだす。

 竜の口からは火の息が軽く漏れるが、それはヘルハウンドで見慣れたものでもあった。

 今更感があるなー…と思いつつ、正面から戦闘へと突入。


 やってきた獲物へと竜の口から火炎のブレスが放たれる。

 地面に焼き跡がつくが、そこに良治と須藤の姿は無かった。

 どこへ? とキマイラの顔達が動いたが、すでに遅い。

 良治は左へ。

 須藤は槍を利用し高くジャンプし、キマイラの背へと飛び乗った。


「おらぁ!!!!」


 手にしていた槍を力の限り突き刺す。

 ジャンプによる攻撃力を槍に載せきれていないのが残念であるが、痛烈なダメージを与えられた事は間違いがない。


 開始早々与えた槍の一撃はキマイラを暴れさせる。

 背に突き刺さった槍と、その持ち主を振り落とそうとするが、須藤は突き刺した槍をさらに深々と押し込めた。

 キマイラがさらに暴れ、尻尾ともいえる蛇の牙が須藤へと襲い掛かる。

 気付いた須藤は、槍を引き抜き飛び跳ねた。

 さらに、


風牙(ウィンドカッター)!」


 唯一取得している攻撃魔法を使い、追加のダメージを与える。


 床に降り立ち槍を一振り。

 赤い血を、床へと飛び散らかす須藤の目に、良治の姿が飛び込んでくる。


(マジィ!)


 この立ち位置は危険だ。

 準備が整っていると知った須藤は、その場から逃げてしまう。

 パワースキルによる力の充電が済んでいた良治は、須藤が逃げ出すのを見てから、必殺のスキルを放った。


「スラッシュ!」


 剣を振り下ろすと三日月の衝撃波がキマイラへと向かう。

 ヘルハウンドを切り裂き、地形にすらダメージを与える凶悪な攻撃スキルが命中し……出た結果は同じであった。


「……本当にヤバイ威力っすよね」

「なんだかな……」


 弓術士が発見したパワーの本質。

 そしてバランス設定を間違えたというスラッシュの威力。

 この2つが組み合った時の威力はチートともいえる効果を発揮してしまい、手ごたえといったものを一切感じさせない。


「今までで最短攻略されたボスじゃないっすかね?」

「たぶん、そうだろうな」


 互いに拍子ぬけのようだ。

 キマイラと言えば強敵の部類のはず。

 それが、こうもアッサリというのは、奇妙な感覚を覚えてならないのだろう。

 まだ何かあるんじゃ? と疑いすら感じている2人の前に、見慣れた色調の宝箱が出現。


「出たっすね……本当に今ので終わりかよ」

「楽に倒せたけど、このまま報告していいんだろうか? なんだか違う気がする」

「敵の情報がほとんど無かったっすからね。その辺りの事はYさんに任せたほうがいいんじゃないっすか?」

「それが良いかも……とりあえず開けてみよう」


 自分が言うよりもと、報告する事については忘れ、宝箱を開けてみる。

 中には銀光を放つ武器があった。

 良治は剣を。須藤は槍を手にする。


「うゎ、コレめちゃくちゃ、手に馴染む! それに形が違うじゃねぇか!?」

「使い慣れてきた鋼の剣より手にしっくりくるな……それにこの色……」


 それぞれ驚いているようだ。

 手に吸い付くような持ち手もそうであるが、須藤が持つ槍の穂先が変化しているのも理由だろう。

 今までは、ただ突く事に特化していたが、手にしたばかりの槍の穂先が若干幅広くなっている。これならば突くだけではなく、切る事もできそうだ。


「銀製か? 少し違う気もするが?」

「どうっすかね? 見てみるっす」


 剣の光沢が気になりポーチから鑑定虫眼鏡を取り出し見てみると『ミスリルの槍』とでてしまう。


「ミスリルきた!?」

「え? なに? 凄いのか?」


 須藤は歓喜に体を打ち震わしたが、良治は全く価値が分かっていない様子であった。しかし、とにかく凄い事だけは理解する。


(武器を入手できたのは良いんだけど、なんだか俺達って人間離れしてきている気がする。これでいいのか?)


 10階のボスを、ほぼ瞬殺と言っていい結果には不安を抱いたようだが、ミスリルの槍を手にし無邪気に喜ぶ須藤の様子を見ていると、自然に霧散していった。


 この新しい武器を使い、出現した宝箱にパワー+スラッシュを試してみたが、やはり無駄であり、須藤が目を丸くしてしまう。

 良治と言えば、嘆息をつき「やっぱりか」と言うだけであった。

 同じサイズの宝箱を持っていた事もあり、良治は回収する事なく次の階へと進む事にした。




 良治達が鮮やかな勝利を飾っていた頃、洋子達も同様に勝利する。

 良治達同様に、これでいいのだろうか? という不安を覚えている様子だ。


 香織は良治達と同じく、ミスリルヌンチャクを。

 洋子は、茶褐色をした『ハンノキのスティック』というものを入手できた。


 問題は掲示板だ。

 ボス攻略情報らしきものを上げる事が出来ない為、両PT共が、もう一つの方に報告を任せようと判断し11階へと進んでしまう。


 階段を上がった良治達は光景を見るなり、足を止めた。


「広い!」

「これはまた……もう、迷宮じゃないな」


 彼等の目に映った風景というのは、広々とした荒野。

 鼻から入ってくる枯れた大地の匂いは、本当にゲームなのか? と、思わずにいられない。

 壁というものが見当たらなく、代わりにあるのは大地を走る亀裂。

 その亀裂の中を自分達は歩いて来て地上へと出た?

 そう思える場所であった。

 頭上に輝く太陽があるが、それほど熱さを感じないのが唯一の救いかもしれない。


 11階の風景に驚く2人であったが、そこで聞きたくもない声が聞こえだす。


『……なんだか、予想外のものを見た気がする神様です。業務連絡するのも嫌なんだけど、槍を使う派遣社員さんのPTが10階ボスをあっさり片づけ11階へと到達。これで時給は1000円となったわけだけど、ここでもう一つ追加要素が発生するんだよね』


 耳にした瞬間、11階へと到達した面々が嫌悪を露わにし、今度は何をする気だと身構えもした。


『11階到達のご褒美として、今度は4人PTが可能となる。すぐに到着する、もう一組のPTと組ませたくないんだけど……この追加、止めようかな……』


 最後に呟かれた声に、両PT共が拒否反応を示す声をだしてしまう。


『駄目? しょうがないなぁー…じゃあ、サービスってことで迷宮スマホに追加するね。良かったね、感謝してもいいよ?』


「感謝するより殴りたい」

「同感っすね。とりあえず休憩所出すんで、係長も一緒に来てください」

「分かった」


 言葉どおり須藤が自分の休憩所を出現させ2人そろって中へと進む。


「係長。Yさん達も、到達したようっすけど、誘っていいっすよね?」

「もちろん」


 現在11階にいるのは自分達しかいないのだから、必然的にそうなるだろう。

 須藤がスマホを使い洋子達と連絡を取りだすと、すぐに了承の返事をもらう事が出来た。


 いつも通りノイズが走り、洋子と香織が出現。

 初めて会う面々同士が自己紹介を済ませた時、香織が良治の顔をジっと見つめた。


「……なにか?」

「香織さん?」

「どうかしたんすか?」

「……」


 須藤と洋子が、状況を怪訝そうに見ている。

 視線を向けられた良治と言えば困惑顔。

 重みすら感じそうな空気の中、香織がゆっくりと口を開いた。


「鈴木 良治さん……だったかしら?」

「そうだけど?」

「……いいえ、何でもないわ。これからよろしくね」

「こちらこそ……」


 一体全体何がどうしたのかと良治は困惑気味。

 それは他の2人も同じであって、香織は何が言いたかったのだろうと興味ありげの様子だ。


(気に入られたのか?……逆のような気もするが、面倒な事にならなければいいけど……)


 11階の敵を知る前に、一抹の不安を抱え込んでしまった良治であった。


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