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 出た宝箱は1つだけ。

 横長の宝箱に入っていたのは、2人の武器である。

 良治用と思われる鋼の剣。

 そして洋子用に……


「木……だよな? 劣化したのか?」

「いえ……もしかしたら……」


 白木で作られたスティックがある。

 表面に小さな文字らしきものが無ければ、指揮棒と変わらないだろう。

 洋子が鑑定虫眼鏡で覗いてみると『ブナのスティック』とでた。


「ブナ? って、ブナの木?」

「でしょうね……この方が魔法使いらしくていいです」


 ニヘラっと洋子の頬が緩んだ。

 残念というかなんというか、当人が喜んでいるようなので良治は何も言わない。


 手に入れたばかりのスティックを使い水弾の魔法を使用してみると、操作や形状変化がやりやすくなった。水弾の大きさが変わったわけではないが、これならさらに数を増やせるかもしれない。


 一方、良治の剣と言えば、形状は鉄の剣と全く一緒だ。

 ただし色合いが異なる。

 良く磨かれた金属光沢は、良治の男心をくすぐるのに十分なものであった。


「係長。剣はどんな感じですか?」

「……いい」

「え?」

「重さもバランスも、この色ツヤも……いい」

「……そ、そうですか」


 満足した様子だ。

 これが刀だったら、さらに喜んでいたかもしれない。

 両刃の剣なのが惜しい所である。


 使っていた鉄の剣をアイテムポーチにしまい、軍手を外した。

 素手で剣の持ち手をギュっと握りしめ、剣を振り始める。

 その様子を見ていた洋子は、胸元でスティックを握りしめたまま動かなくなった。


 ……どのくらいたっただろう。

 数分程度なのかもしれないし、1時間程かもしれない。

 いつもと違う別種の時間が流れたかのように思えた。


 ポタ……ポタっと良治の足元に水滴が落ちている。

 良治から出た汗が、綺麗に切られ組み合わさった石床を濡らした。

 剣をふるう音がピタリと止まったのは、軽い疲労感が出てきたからだろう。

 ふぅーっと息を吐きだすと、一度刀身を見てから鞘へとしまった。

 満足した様子の良治に洋子が近づく。


「まだ、時間は有りますけど、8階はどうします?」

「……できれば、今日は遠慮したいな。休憩してから試したい事がある」

「試す?」

「ほら、さっきの光陣。あれと同じような事が、他の魔法でも出来ないか気にならないか?」

「……それ、いいですね。じゃあ、今すぐにでも」

「だから休憩後ね。少し掲示板を見たいんだよ……7階ではずっと我慢していたんだから」

「あっ。分かりました」


 洋子から言われた通り、7階にいる間は掲示板を見なかったので、気にかかっていたようだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 良治が掲示板にて報告を開始すると、『係長キター!』という声があがった。


 戦闘結果や取得情報を報告すると、更なる騒ぎになった。

 騒ぎの元は、光陣の合体効果。

 そんな事ができるなら、もっと楽に勝てたかもしれないのに! と槍の派遣社員が言う。

 しかし彼とヌンチャク課長の場合、光陣の合体効果は無い。

 もし出来るのであれば、槍の派遣社員達が戦った時に、同様の効果があっただろう。


 掲示板で少し騒いでから、実験を開始してみた。

 さっそく、火球、水弾、風牙、土鎧と試した所、火球と水弾については威力がアップするが、風牙と土鎧に変化は無かった。


「できるのと出来ないのがあるか……風牙は形状が違うからだろうか?」

「どうでしょう? 土鎧も形状という点では一緒ですが、性能が上がってはいませんよ」

「それが、残念すぎる」

「同感ですけど、それ以上に……」

「……あぁ。このままじゃ、駄目だ」


 出現したばかりの宝箱と、遺跡の壁両方に打ち込んでみた結果、壁には穴が開いているが、宝箱は無傷。周囲に向かって勝ち誇っているようにすら見えるが、通常の宝箱よりも大きいせいに違いない。


 威力は申し分ない。

 洋子が単体で扱うよりも威力はあがる。


 問題なのは『操作不能』になるという点であった。



 火球の魔法で例をあげよう。

 

 まず、洋子が火球の魔法を発動させ、良治の前におく。

 それに向かって良治が火球の魔法を放てば、2つの火球が融合し威力があがるのだが、操作ができなくなる。また威力も、洋子が放つ火球の2発分程度といった所。


 これなら、洋子1人で魔法を操った方が効率的だ。


 光陣の魔法融合と比べ、使い勝手や効率といった面で、いまひとつという結果となってしまう。




 人も入れそうな大きな宝箱は、その珍しさが良治の好奇心をくすぐった。

 使い道が全く思い浮かばない為、他の宝箱は放置してきていたが、今回は回収する事にしたようである。アイテムポーチの中身が宝箱だらけになっているのは、彼だけであろう。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 試行錯誤を繰り返している間に退社時間となり、各自の家へと強制退社。

 8階に誰かが上がったという報せもないという事は、ヌンチャク課長達も今日は止めたのだろう。


 帰ってから、さっそくニュースを見た所、


『会社員の拉致事件に関係した事ですが、彼等が手にしている日給に関し調査が行われました。その結果、偽物といった物ではないとの事です。多額の金銭が動いているにもかかわらず被害届が出ていない事と、被害者達の生活を考慮にいれ、使用に対する罪は問われない事が発表されましたが、これによって……』


「……えっ?」


 ニュースを聞いた瞬間、良治には、何かが歪むような音を耳にした。

 現実に戻っているはずなのに、まだ迷宮にいるかのような錯覚を覚えたような感覚。


 良治が目にしているのは、事件が発生してから9日目の夕方に流れたニュースだ。

 わずか数日で金銭の調査がされたばかりか、こんな事まで決められた。

 異常事態なのだから、当然の反応速度なのかもしれないが、もし、ピーな神の手が、自分達以外にも伸びているのだとしたら?


 そんな考えが浮かんだ良治は、安易に喜ぶことが出来なかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『ぴんぽん――いや、今回はやめようか。そういう気分にもなれないでしょ』


「「……」」


 いつも通りに迷宮にきた良治と洋子は、黙したまま続く声を待った。


『掲示板の事で気付いた人達も多い様だから、ハッキリさせておこう。君達は幾つかのグループに分けられている。サーバーが異なるといった方が分かりやすいかな? 僕の業務連絡も同様と考えてくれていい。グループごとに別々の業務連絡をしている』


「……別々なのか」

「もしかしたら、別サーバーにいる人達の迷宮図は違う可能性がありますね」

「そう、なるのか?」

「分かりませんが……とにかく続きを聞きましょう」


 今は、話し合うよりも聞く時だと、洋子が黙ってしまう。


『なぜ、そんな面倒な事までして、こんなことをしているのか? という点については、あいにく教える事が出来ない。どうしても知りたければ、20階までたどり着けばいい』


「……ん? 今の言葉……」

「はい。自分から否定してきましたね」


 2人共が、同様の気持ちを抱いた。

 開始当初渡されたマニュアルに、神の世界でダンジョンゲームが流行っている等と言う文面がある。

 それを素直に信じていたわけではないが、理由が別にある事をピーな神自身から言ってくるとは思いもしなかった。


『ただ、これだけは本当の事だと言っておこう。君達がやっているのはダンジョンゲームだ。そして君達のおかげでゲームバランスの悪い点がいくつか判明した。だけど、まだ未到達階が半分以上残っているよね。その分のテストも引き続き頼む。しっかり日給は払うからさ。もちろん君達の世界の金銭でだ……出所に関しては心配はいらない。君達は何一つ罪に問われる事は絶対にない』


 最後にそう締めくくる声からは、何かを含んでいるように聞こえた。

 良治達は目を合わせ、疲れたように大きな溜息を一つ吐き出してしまう。


「……テストプレイ。それも嘘だって事はないか?」

「あり得るとは思います。でも、今の時点では分かりませんね」

「そうか……。じゃあ――」

「はい。確かめる為にも……」


 良治の目が、8階へと続く階段に向けられる。

 軍手をつけた手をギュっと握り締め拳を作り出す。

 洋子の目も階段に向けれると、良治が口を開いた。


「行こうか――」

「賛成です」


 返事をしたとき、洋子は少しだけ微笑んで見せた。

 不機嫌そうにした良治であったが、すぐに微笑み返す。

 覚悟を決め、そろって階段を上り始める。


 肩を並ばせ歩く2人の後姿は、互いの意思が一つである事を示すかのようだ。


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◆現在この作品の書籍版が発売中となっています
web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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