リベンジ
(ふゎ~ 良く寝た)
某社長が5階に到着した事で掲示板で騒ぎが起きたが、良治はゆっくりと昼寝をしていた。
おかげで、体調は万全だ。
洋子が考えた対策についても熟知できた。
不安要素であった良治のアンデット怖い病に関して言えば、洋子のアドバイスによって軽減されている。
そのアドバイスというのは、こういったもの。
『係長。ほんと今更なんですけど、私も係長も死んでいますよね?』
『あ、あぁ……まぁ、そうなるのか?』
『ゾンビやスケルトンが怖いのって死んでいるのに動くからでしょ?』
『そうだよ! なんであいつら動くんだよ!』
『じゃ、なんで私や係長は動くんです?』
『……あっ』
こんな会話で、自分もまさか知らずのうちにゾンビに! という思い込みも発生したが、良治の葛藤を無視し話が続いた。
『ここは、そういう場所なんです。前に言いましたよね。ゲームなんです。だから、ああいった敵もゲームキャラだと考えてみてください。私だって死んで動いていますけど、怖くないですよね?』
顔を30度ほど右へと傾け微笑みを浮かべ言う。
可愛らしい微笑みだ。
心中は知らないが。
『――そういう事か』
『そういう事です。それで、私は怖いですか?』
『分かった。なるほど理解したよ』
『理解してくれましたか。で、私は?』
『もちろん怖くないぞ! 当然じゃないか!』
『……』
確かに怖くないと言われたが、洋子は今一つ納得できていない。
良治の言い方が普段と異なっていたからだろう。
いつもであれば、『洋子さんが怖い? なんの話だ?』といった感じだったはず。
洋子が納得できないのはともかく、そんなやり取りによって良治のアンデット怖い病は軽減された。
しかし、軽減されたというだけで、長年あった恐怖が綺麗に消えたわけでもない。
多少の不安を抱きつつ、2人は7階へと通じる階段を上がり始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あと数段上がれば7階といった所で、良治が光陣を発動した。
「洋子さん頼む」
「はい。土鎧」
良治の防御力を上げる土鎧を使用し、自分へも使う。
「準備終わり。係長、お願いします」
「あぁ。行こうか」
互いに頷きあい、良治を先頭にして階段を駆け上がった。
7階へ到達すると、良治が洋子の盾にでもなるかのように前に出る。
ワーウルフが良治を睨みつけ、低い唸り声をあげた。
吸血鬼と言えば、洋子を品定めしているかのよう。
(気色悪い……)
前回の時と違い、2人共落ち着いている様子。
どういう敵なのか知っているからだろうが、ねっとりと絡みつくような視線には、おぞましさを感じずにいられない。
そんな洋子の心を守るかのように、良治が吸血鬼の視線を遮って見せると、吸血鬼が不快そうに舌打ちを1度鳴らした。
『男をやれ』
「グルルゥ……」
命じられたワーウルフが良治に向かって歩み始めた。
良治は近づいてきたワーウルフに対し身構えるが、洋子から離れようとしない。
「グワァアアアアアアア―――――!!!!」
ワーウルフが咆哮をあげ走り出す。
姿は人間のままだが、爪は伸びている。
襲い掛かってきた爪が、良治の剣や盾とぶつかり始めた。
(このぐらい!)
良治が戦闘を考え始めたのは2階での事。
そこでの試行錯誤を基本とし、ここに来るまでの間で腕をあげた。
ゾンビやスケルトン相手には何も出来なかった良治であるが、近接戦闘の実践経験は積み上げてきている。
しかも、一度は敗れた相手。
敗北した相手であるからこそ、良治はワーウルフの動きを忘れる事が出来なかった。
(攻めるな。守れ!)
やることは決まっている。
洋子の近くから離れず、防御に徹するのみ。
彼女の気配を背で感じ、敵の攻撃から守る事。
「今は、それだけでいい」と、自分に言い聞かせながら戦い続ける。
『……あの男。邪魔だな』
傍観していた吸血鬼が苛立ったかのように呟く。
今すぐにでも加勢し一気に勝負を付けたい所であるが、光陣が邪魔だ。
その魔法は、アンデットにしか効果を示さないが、アンデットであれば絶大な威力を示す。
吸血鬼とは言え、魔法陣の中に立ち入るという事は敗北を意味している。
だから、離れないというのが気に入らない。
洋子の喉元に牙を突き立て、血を自分の喉に流し込みたい。
その衝動が抑えきれなくなってくると、自然と足が前に出た。
踏み出した足がすぐ止まったのは、洋子の背に5発の水針が隠れているのを見たからだ。
『貴様!?』
「行きます!」
「こい!」
見つけた時には遅かった。
良治が時間を稼いでいる間に作り出した水針が、洋子のスティックに操られるかのように発射され、ワーウルフを左右から襲い掛かった。
「グゥアア――――!!」
腕や脇腹にドスドスと突き刺さる。
突き刺さった水針は、水へと変化し滴り落ちた。
ワーウルフは大声をあげ、姿を変えようとしたが、そこへ、
「スラッシュ!」
良治のスキルが炸裂し、更なるダメージを与える。
間近で放たれたスラッシュは、ワーウルフの内臓にすら届き、変身による回復機能どころか、命そのものすら断ち切ってみせた。
ワーウルフが人間の姿のまま、前のめりで倒れると、良治がもつ剣先が吸血鬼に向けられた。
隣に洋子が並び、小さな声で話しかける。
「係長。良いですね。あれはゲームキャラ。ゲームキャラですから」
「わ、分かってる、大丈夫だ。光陣」
再度、光の魔法陣を展開。
効果時間はきれていなかったが、再展開することで余裕を持たせたかった。
「では、お願いします」
緊張感が一瞬緩んだが、良治はすぐに身を引き締めた。
ジリジリとした足取りで吸血鬼に迫るのは、怯えているからではない。
これは、槍の派遣社員の報告で確認されているが、吸血鬼は遠距離攻撃のようなものを持たない。つまり近接職が光陣の魔法を使っているかぎり、吸血鬼は無力だ。気付きさえすれば、攻略が容易い相手となるだろう。
ただし相手が近接職だけであればの話だが。
『グヌヌヌ。貴様ら……』
歯ぎしりまで始めた吸血鬼を、壁に追い詰めようと迫る。
一歩。また一歩と、微妙に角度を変え、部屋の隅へと追いやる。
先ほどまで、剣と爪を交差させていたのが嘘のような静かな空間。
後ろから付いていく洋子の頬を冷たい汗が流れ――落ちた。
その瞬間、吸血鬼が笑みを見せた。
2本の牙ばかりか、若干青みがかった歯まで見せた。
見た良治は足を止め身構えたが、眼前から吸血鬼の姿が消えるように移動した。
次に吸血鬼が現れた場所は……
洋子の背後であった。
『貴様だけでもぉおお!!!』
最後の一刺しと、洋子の喉に牙が向けられる。
「だと思ったわ! 光陣!」
洋子が、自身の足元に光の魔法陣を発生させた。
『グギャァアアア――――!!!!』
発生させた光陣の効果で吸血鬼の全身が一気に燃え出し、苦しむ声を上げた。
すぐに良治が蹴り飛ばし距離を離すと、止めとばかりに火球を3連続で放つ。
それは良い。
良いのだが……
「なんだこれ?」
「……大きい。どういう事?」
『ギャアアァ―――……』
次第に吸血鬼の声が細くなっていくが、そんな事なぞ構わず、2人は自分達の足元を見る。
洋子は、自分の足元に光陣を発生させた……はずだった。
だが、それが良治の光陣と合体し、一つの大きな魔法陣になっている。
良治が動くと一緒に動くのも確認できた。
やがて、吸血鬼についた火が消え、灰だけが現れる。
その頃になってようやく良治の光陣の効果が消えるのだが、もう一度試してみようと、2人は光陣の実験を試みた。
1度は敗北した相手である吸血鬼よりも、新たな発見に興味深々の様子だ。
「こう言う事も出来たんですね」
「でも、土鎧はだめだったよな?」
「ええ。あれは私の魔法に上書きされる感じですが、これは合体して性能を上げている感じです。……こんな事イメージにありませんでしたけど、係長はどうでした?」
「俺にも無かった……偶然出来たってことか?」
「分かりませんが……これも後で報告しておいた方が良いですね」
「そうだな」
2人の間で話が終わると、ワーウルフの死体と吸血鬼の灰が薄くなり消えていく。
そして、勝利者たる2人の前に宝箱が現れた。
「お、でた」
「新武器ですよ、係長!」
歓喜の声をあげ、洋子へと目をむけると、彼女もまた喜びの笑顔を向けていた。
良治は、そんな洋子の顔を見た事が無かった。
部下としての顔なら幾つも知っているが、ここ最近見かけるようになった洋子の表情は、良治が知るのとは別種のように思えて、知るたびに驚いてしまう。
「係長? どうかしました?」
「――何でもない。ほら、開けてみよう」
洋子が、動きを止めた良治を怪訝そうに見たが、当人は気にせず、出現したばかりの宝箱に手を伸ばした。