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少年の声

 部屋は、灰色の壁で覆われていた。

 天井から降り注ぐ淡い光によって照らされているが、電灯といったものが見当たらない。


 部屋の中で、映し出されている立体映像は、遺跡内部のような光景。

 たった今、一つの戦闘が終わった所であった。


 映像を見つめるは、短い白髪少年の水色の瞳。

 触りたくなるほどに若々しい顔の肌を歪めているのは、目にしている光景に不満があるからだろう。

 白いシャツに黒い蝶ネクタイ。そして黒の半ズボンという姿の彼は、座り心地の良さそうな黒い椅子へと身を静め、ギィーという軋む音を出した。


 映像に映し出されているのは、良治と洋子たちが最後にやられた場面である。


「駄目だったか。攻略法さえ分かれば、簡単なんだけどな……」


 悔しそうな声で言うと、少年の横に背丈の高い青年が現れた。

 頭に天使の輪をつけた青年の顔は、まるで造形物かのように整っていて、身に着けている白衣は、穢れをしらない神官のよう。


 現れたばかりの男は少年の隣に出現するなり、片膝をついた。


「様子はいかがでしょうか?」

「駄目。7階で躓いた。特殊能力値が低い吸血鬼に苦戦しているんじゃ、まだまだだね」

「そうでしたか。難易度の調整を希望なさいますか?」

「それも考慮しないと駄目かな……。でも、この先の事を考えると……ん?」


 現れた天使青年には目を向けず、次々と映像を切り替えていると、槍を持った男とチャイナ服姿の女が映し出され、口から出かけた声を飲み込んだ。

 光景を見た少年は、一度目をパチクリさせてから両肩を軽く落とした。


「用意したアイテムを色々取り逃がしているのにクリアしちゃうとか……」

「クリア者が出ましたか?」

「出ちゃったね。なんだか強引な気もするけど、まぁ、クリアはクリアだ」

「では?」

「うん。このままいく。肉体の管理に問題はない?」

「現状の所、問題は見受けられません」

「よし。じゃあ、このまま続けるよ」

「了解しました」


 最後に深く頭を下げると天使青年が消え去る。

 残された少年は、映像へと手をむけ再度画面を切り替えていった。


(7階クリア者が出たのは良いけど、相変わらず先へと進みたがらない人達が多いな……)


 さて、どうしたものかと、椅子に深々と背をつけ悩みだし始める。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 2度目の敗北。

 恐らく、そうなるのだろうと意識を取り戻した良治は考えた。


「……はぁー…痛かった」


 最後にやられた脇腹の辺りを触ってみる。

 着ていた作業服に穴は開いていないが、狼男の爪に内臓を触られた嫌な感触が記憶に残っていた。それだけでも吐き気を覚えるようなものであるが、洋子の背後に立っていた男の行動。アレは……


「洋子さんが言っていた通り吸血鬼か。……ただでさえ強いのに、俺と相性が最悪すぎだろ」


 落ち込んだ表情を見せながら、冷蔵庫前へと移動。

 薄緑の扉を開くと冷えた空気が流れだす。

 中にあった黒ラベルの缶ビールを1本手にし、扉を閉めた。

 プシュっという音を出し蓋を開けると、ゴクゴクと中の液体を喉へと流しこみ、テレビ前へと移動。

 テーブルの上から黒いリモコンを手にし、テレビをつけると、


『連日続く会社員拉致事件が、本日で8日目を迎えたわけですが、ここに来て新情報がいくつか浮かびあがっています。すでにネットでは話題となっている、20階突破による解放について……』


 見慣れてきたニュースアナウンサーが良治も知っている事をペラペラと喋っていく。

 ああ、それなー…と思いながら、ツマミをどこにやったのかと探し回った。


(あ、無かったんだ。後でスーパーに買い出しにいくしかないな)


 と思っていたら、良治が知らない話題に切り替わった。


『また、迷宮内で使用されている掲示板について新たな情報が入りました』


(ん? なんの話だ?)


 続けられ話された事は、掲示板が分割されているのではないか? という事。

 そう考えられた理由として、噂の係長とY氏の会話についてアナウンサーが口にした。

 その言い方が、完全に誤解を招くように聞こえてしまう。


「……はぁ?」


 えっと、ちょっと待って。

 掲示板が別ってなんだ?

 それに『噂の2人』とかどういう事?

 もしかしなくても自分と洋子さんの事だろ?

 何故、全国放送で自分達の事を言われなきゃならないんだ?

 ニュースで誤解を招く言い方していいのか?


 頭の中で様々な思考が巡った結果、彼はスマホに手を伸ばす。


「こ、抗議を! 電話番号何番だ!」


 頭は巡っても番号までは出てこない。

 テレビを注視し、電話番号がないか探してみるが、そんなものはない。

 そうしている間にスマホの着信音がなり、相手は洋子であった。


「……もしもし」

『もしもし。係長? 大丈夫ですか?』


 電話には出たが、良治の声のトーンが低い。

 それは、声を聞いた瞬間、洋子がやられた姿を思い出したからだ。


 もっと上手くやれていれば……。

 側を離れた時点で駄目だったのではないか?


 そう思うと、何を口にしたらいいのか分からなくなったが、洋子の方から口を開きだした。


『ニュース見ました?』

「あ、あぁ」


 洋子の方はいつもの通りに思える。

 元気だというわけでもないだろうが、気落ちしているというわけでもない。

 自分が参っていてどうすると、頭を左右にふり、気持ちを切り替えた。


「今、見ていたよ。迷宮掲示板の事で話が出ているんだが、あれって全員が同じものを見ているんじゃないのか?」

『あっ。すいません。係長に言い忘れていました』

「いや、謝らなくていいよ。それより詳しく教えてくれないか?」

『はい。分かりました』


 洋子が掲示板で知った出来事を話しだすと、ちょっとした疑問が湧いてきた。


「……すると、この話って今日知ったばかりの事だよな?」

『私達はそうですね』

「なのに、もう流れたのか? まだ不確かなんだろ?」

『言いたい事は分かります。同じ掲示板を見ている人が情報を流しているって事ですよね?』

「あぁ」

『でも、他の掲示板を利用している人達の方でも気付いた可能性がありますから断定は出来ないんじゃないですか?』

「……それもそうか」

『それに、掲示板が別である可能性はありますけど、まだ確定じゃないです。……まぁ、ほとんど確定だと思いますが』

「――」


 洋子のいう事は尤もだと頷いた。

 それに、掲示板は一つだけしかないと思っていたから、例え自分達のグループにテレビ局の社員がいたとしても今更のように思える。


 ただ、自分と洋子の関係を、誤解を招くような言い方をするのは駄目だろう、と、そこだけは納得できていない様子。


『私達の関係についての噂は、気にしない方がいいですよ』

「……それでいいのか?」

『私ですか?』

「あぁ。誤解されたら、困るんじゃないのか?」

『……もう、今更ですから。迷宮掲示板だけではなく、こっちの掲示板の方でも完全に誤解されていますから、火消しなんて無理なんです』


 聞こえてくる声から洋子が諦めている事が良く分かった。

 迷宮掲示板でも散々言われてきたし、色々言い返してもきたが、まったく鎮火する様子がないのだから無理もないだろう。


『そっちの方はともかく係長が戦った相手。どんな感じでした? 私は変態を相手にしていたので良く分からないんですよね』


(変態……いや、それは置いておこう)


 突っ込むのは止め自分が経験した事を話し出す。

 ただ、最後にスラッシュを放とうとした瞬間、洋子の声が聞こえてきて止めた事は伏せた。

 動きはかろうじて付いては行けるが、変身することで回復する事ができる能力。

 そして、洋子の土鎧すら、ほぼ無効化するだけの攻撃力を有する事。

 再戦して確実に勝てるかどうかと聞かれれば、返事はNOであった。


『……何か対策を考えないと駄目みたいですね』

「だな」

『分かりました。私も考えてみるので係長も、お願いします』

「分かったよ。じゃあまた明日」

『はい』


 電話が切ると、ホッと息を吐いた。

 クスリと口元を緩めたのは、洋子の声で安心したからだろう。


(全然落ち込んでいないか――洋子さんらしい)


 多少は傷ついているかもしれない。

 あるいは、先へと進む事を恐れるかもしれない。

 そんな事を考えはしたが、心配する必要もないようだ。


「よし。俺も何か考えるか! ……っと、その前にメシだ」


 対応策の前に、まずは腹ごしらえだと馴染みの定食屋へと向かった。

 たまには奮発しようとカレーラーメンを大盛で頼み、満腹感を味わう。

 その帰りに、対策と呼べるかどうか分からない事を思いつき、この夜は良治にとって恐怖の一夜となってしまった。


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◆現在この作品の書籍版が発売中となっています
web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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