7階の敵
2個めの宝箱を見つけた。
中には『光陣の魔法』というものがはいっていて、これを習得。
良治の場合は自分の足元に光の魔法陣が描かれ、洋子の場合は意図した場所に魔法陣を描くことが出来た。
「これは、どういうものだろう? 光源関係?」
「いえ……係長。次にモンスターが出てきたら使ってみてください」
「意味が分かるのか?」
「それを知るための実験です」
洋子の目を見れば、確信じみたものを抱いている様子。
良治は、洋子が言うがままに出くわした2匹のモンスター相手に使ってみた。
「光陣!」
使った瞬間、良治の足元を中心に幾何学模様の魔法陣が発生。
その陣を恐れるかのように2体のモンスターが後ずさりを始めた。
今までにない反応に良治が困惑気味になると、後方にいた洋子が声を上げる。
「係長。パワーを使ってみてください」
「あ、あぁ!」
言われたとおりパワースキルを発動し力を蓄える。
ほぼ無防備状態であるのに、2体のモンスターは魔法陣を恐れるかのように近付いてこなかった。
良治は貯めた力を解放し、剣を横一閃に振るうと、それぞれの鎧がズバっと裂かれた。
「お、おぉー…これは、楽だ」
直接的な威力でいえばスラッシュ以上の破壊力。
力を貯めている間に動くと、効果が切れてしまうという欠点があるため、実戦で使ったのは今回が初となるだろう。その威力に驚く良治であるが、鎧が破壊された『だけ』とも言える。
スラッシュのように衝撃波が飛んだわけでもなければ、拡散したわけでもない。
鎧の胴部分が裂かれているが、それだけだ。
さらにスラッシュを放つ事でケリをつけた。
「お疲れ様です。どうです?」
「魔法の事なら凄いと思う。敵が寄ってこないのならパワーを貯める時間もとれる……切り方をもうちょっと考えれば、この組み合わせでかなり楽になるんじゃないか?」
若干切り方が甘かったか? と考えながら言う良治に、洋子は表情を歪めた。
「全部のモンスターが対象となるわけじゃないので、そこは勘違いしない方がいいですよ」
「そうなのか?」
「私の推測ですけどね。でも、この階は大丈夫でしょう」
「この階だけ? なぜ?」
「……まぁ、進めばわかりますよ。土鎧と同じく、過信だけはしないでくださいね」
「分かった」
洋子が何を不安がっているのか分からないが、そういうのであればと良治は頷いた。
その洋子と言えば、光陣がアンデット系にしか通用しないだろうなー…と思っている為、そこを誤解しないでほしいと考えている。
「これ洋子さんの場合、障害物代わりに使えるよね?」
「ですね……」
気のない返事をしつつ、内心では、
(敵の足元に陣を作ったら浄化されるか燃えると思うんだけど、そんなのを見せたら誤解しそうだし……)
そう考えていて、自分が使うのは控えようと思った。
そもそも洋子の光陣の場合は、任意の場所に発生させるものではあるが、良治のように維持できるものではない。防御用ではなく、攻撃用として扱うのが主と思える。
新たな魔法を取得した2人は、さらに討伐速度を加速していき、6階の地図が完成。後は7階へと進むだけ。といった所で、ちょっとした悩みが発生した。
「これ、また私達が上がったら業務連絡対象になりますよね?」
「だろうね。あれは、なんだか嫌だな」
「えぇ……」
「少し待ってみるか?」
「賛成です」
できれば槍の派遣社員達が7階へと上がってくれる事を祈って、彼等は休憩所を出し休む事にした。
ベッドの上でウトウトと眠りかけた時、例の声が鳴り響く。
『ぴんぽんぱーん。はーい業務連絡の時間です。6階を突破し7階にたどり着いた2人組が出ました! 今度はヌンチャック課長と槍の派遣社員というペアだね! いや~ 猛スピードで6階を制覇したよ。時給800円になるね。おめでとう!』
また眠りを妨げられたと、不快な気持ちを抱きつつ目を覚ました。
(これで俺達の事がアナウンスされないか。それは良いが……はぁー…目が覚めてしまった)
『さて、これで全員を5階に移動させたいのだけど、ほとんどの人達が5階に到達しているんだよね。まぁ、あの社長さんは、ボス部屋で死んでいるけど』
「「そりゃそうだろ(でしょ)……」」
別々の休憩所にいるにもかかわらず、2人そろって嘆息をついた。尤もこの2人だけではないだろうが。
『流石にボス部屋を僕が突破させたら駄目だろうから、今回は無しとする。社長さん以外にも敗れた人もいるようだし頑張ってくれたまえ! 応援する僕に感謝してもいいよ? 以上業務連絡でした~』
いつもの言葉を残し自称神の声が消えていく。
迷宮にいる人々は誰1人感謝する事もなく、それぞれの行動を再開した。
良治と洋子の2人は、休憩が終わった後に階段を上っていく。
しかし、そこで彼等は唖然とし足を止めてしまう。
なぜなら、そこはボス部屋だったからだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いたのは2人。両方とも人の姿をしている。
しかし、それが人間ではない。それだけは見た瞬間から確信できた。
今まで出くわしてきたどのモンスター達よりも、おぞましい気配を感じ、良治と洋子は即座に身構えた。
良治が警戒心を抱きながら、盾を前面に出し距離をつめ寄る。
突撃もしない。魔法も使わないのは、相手から感じられる気配が原因だろう。
何度も実戦を繰り返してきたせいなのか、相手と自分の間にある力量差のようなものを感じている様子だ。
「土鎧! 係長、光陣を!」
洋子が叫ぶ。その声から余裕が感じられない。
良治は言われるがままに光陣を展開。
ボスと思われる1人の男の顔が険しいものへと変わった。
敵は2匹。いや、2人というべきだろうか?
良治と相対し右にいる男は背を丸めている。
髪は茶色く背に届くほどに長い。まるで鬣のようだ。
目は血走ったように赤く、上唇から2本の牙がでている。
顔の作りは人間と等しいが、獣であるかの目つき。
もう1人の特徴といえば、肌が青白い事が上げられる。
一切、陽の光に当たったことがない病人のように青く、この男の唇からも牙が見えていた。
背には赤いマント。
体を覆うは黒と青の2色で染められた全身タイツのような服。
髪は白く短かった。心なしか、洋子の方へと強い視線を送っているように見える。
前を歩く良治と、部屋にいた2人のボスの間で緊張が走る。
守る? 攻める? どっちがいい? 良治の判断が迷走。
緊迫感が更に上昇した時、洋子の声が部屋の中で響いた。
「光陣」
洋子の魔法が、病人のような肌をした男の足元に出現。
しかし、それを見越していたかのように相手が飛び跳ねた。
もう一匹の方。
獣のように目を血走っている男がその場に取り残されたのを見て、良治が走り出す。
まずは、様子見と剣を一閃。
力任せにふるった剣が男の体を切りつけると思いきや、剣先が何かに包まれるかのように止められてしまう。
「!?」
「グルルル……」
コボルトにも似た声。
良治が放った剣は、その男の指先から生えている長い爪によって止められていた。
「クッ!」
すぐに剣を引き、今度は左手で水弾を放とうとするが、男の姿が眼前から消えた。
「そこ!」
見失いはしたが、一瞬見えた動きから方向を推測。すぐに体の向きを変える。
迷わず水弾を放つが、相手は体を軽く捻る程度で躱してしまう。
口角が緩んだ。
血走る目を見せつけている男の口が緩んだのを良治は確かに見た。
憎たらしい笑みだと、怒りがわく。
自然に、剣をつかむ右手に力が入った。
(スラッシュ……は駄目だな。こいつの速さが尋常じゃない。目前で放っても躱される気がする。まず足を止めないと……)
良治が迷っている頃、洋子といえば、青白い男と視線を合わせていた。
赤いマントをつけた病人のような男は、良治には目もくれず、ずっと洋子を見つめている。その目は、相手を値踏みするかのような気持ち悪さを感じさせるだろう。
(こいつ……)
7階に上がり、最初に見た時から洋子は1つの予想を立てていた。
その考えどおりであればと、光陣を放ってみた。
そして避けられる。
その避けたという行為と、自分だけを見るような視線。
洋子は自分の予想が正解だと判断した。
「あなた、吸血鬼ね?」
『……クク。だとしたら如何する。我が花嫁よ』
「は、花嫁!?」
もしや話が出来る?
そう思い声をかけてみたが、帰ってきた言葉は予期していなかった言葉だった。
『麗しき乙女は全て我が花嫁。その匂い。我が妻にふさわしい』
「なに言ってるの?」
『誤魔化す必要もあるまい。まだ真の快楽というものを知らぬのだろ? 我が教えてやろう』
「!? あんた、黙んなさい! 光陣! 光陣!光陣!」
顔を真っ赤にし、魔法を連発。
吸血鬼と思われる男の足元に次々と作られ消えていくが、男は残像のようなものすら見せる動きをし、回避に成功してしまう。
(……吸血鬼……聞かなきゃ良かった)
良治の耳にもしっかりと入っていたようだ。
聞いたばかりの事を頭から振り払おうと、対峙している男と、剣と爪を何度も交差させ始めた。
「グワァアアアアアアア―――――!!!!」
威嚇をするかのように咆哮を男が放った。
鼓膜を潰されるかのような大声に耐え切れず、良治は近接であるにもかかわらず風牙を使ってしまった。
「グウッ!!」
「イテテテテ!」
敵もろともだ。
良治も擦り傷を負う事になったが、ダメージは与えることが出来た。
コボルトのような声をだすが、防具といったものをつけていない。汚い服を身に着けているだけだ。風の牙が与えた切り傷は、男の体を切り刻み赤い血を流させた。
(通じた!? 今だ!)
即座に判断し、スラッシュを放とうとしたが、一足遅い。
相手が大きく下がると、良治の手が止まる。
敵の口から唸るような声が聞こえてきて衣服が破れだした。
気配が膨れる。
衣服を破りでてきた肉体と同様に気配が膨れ、良治を圧した。
男が放っている獰猛な気配が、良治の体を硬直させてしまう。
破れた衣服の下から体毛が現れ、男の鼻と口が伸び出した。
……狼? なのか?
下であったコボルトとは別格の気配。
コボルトが猟犬だとするならば、これは狩人だと察する。
「グヮアア――――!!!!!」
「なっ!?」
元々素早いと思っていたのが、さらに加速し良治を襲った。
下がった良治との距離を消し、鋭利な爪を振るう。
「グっ!」
青銅の盾をつかい防ぐが、その盾にザックリと爪痕が残った。
よく見れば、風牙で与えたダメージも消えている。
狼男と化した相手の勢いに飲まれ防戦一方となると、良治の足が止まってしまう。
やぶれかぶれなのか、装備していた青銅の盾ごと正面から走り寄るが、これも回避された。……が、そうなることは予測済み。
どの方向へ動いたのか、しっかり見ることが出来た。
避けきったと思っている今ならば!
そう決め剣に力を込めた時、
「あぁー……」
弱々しい洋子の声が耳に届いた。
良治の動きがピタリと止まる。
不安に駆られ後ろをみれば、作業服を破られ腹部や太ももが露わになった洋子の姿があった。
首筋に二本の牙が見える。
赤い血が垂れているのは、背後にいる吸血鬼のせい。
青白い肌をした男は、洋子に牙を突き立てたまま、悦楽に浸った顔を良治に向けていた。
(洋子さん!?)
そう叫ぼうと思った。
声から出そうとした。
しかし、それは叶わない。
なぜなら、動きを止めた良治の脇腹に、深々と爪が突き刺さっていたから。
「グラァア――――!!!」
背後から聞こえる咆哮と同時に、体の内側に異物が入ってくる感覚があった。
痛みと、熱い何かが喉からこみ上げてくる。
意識が薄れだすと、良治の口から、鮮やかな赤が吐き出され石床を濡らした。
体の中に入った異物が抜かれると、良治の体が冷たい石床の上に倒れてしまう。
そうした光景を見ていた吸血鬼は、洋子の体を両手で抱きしめたまま、感極まったかのように笑い出した。